空の向席【sideシャッル】

■自キャラだけの話です。
※故人に対しての不快な表現を含みます。
 
 
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 誕生日おめでとう。と、祝われる側というよりかは、祝う側として矯正された記憶はある。
 
 幼い時の記憶だ。双子の姉は当時のシャッルよりも快活で明瞭で、そして自己愛と自己肯定が強かった。いや、当時の周囲の人間達と比べれば抜きん出ていたといってもいい。
 双子が生まれたその日も姉はシャッルにおめでとうの言葉を言いつつも、自らにも言うことを強制した。
 今となっては見る影もない程に大人しく聞き分けのよかったシャッルは姉に従順であり、また、純真故に姉の生誕を祝った。心の底からだ。姉のことは純粋に好いていたし、勿論他の家族のことも好いていた。
 至って普通の子だった。
 
 ように見えていただけだ。
 
 酒を注いだグラスの上に桃色の花弁を一枚垂らす。姉が最も好んだ花の色。好んだが故に桃の花をモチーフとして髪飾りさえも作っていた程だ。
 
「誕生日おめでとう。姉さん?」
 
 からん、とグラスを揺らす。中の液体が揺れれば、自然と浮いた花びらも揺れる。じわじわと酒が染み込んだそれは色を滲ませ、やがて酒の中に落ちていく。
 ここにはいない。世界のどこにももういない。死んでしまった姉に対して好意はあれど、悼む気持ちはシャッルにはありやしない。花びらが沈んだ液体の中にその味が薄く滲むのと同じぐらいに、愚かだと思う感情が混在するぐらいだ。
 
 シャッルはグラスに口をつけて、酒を口内へと招き入れる。唇に触れてきた花びらの感触は酷く疎ましくて不快で、反射のように舌で絡めとって噛み千切る。僅かな甘い味。まずいことだ、と笑いが抑えられずシャッルは嗤う。
 
「ほんに、阿呆なこと」
 
 もっと上手く、自分とともにいた時のように狡猾に悪人らしく生きていればよかっただろうに。
 下手くそに生み出した甘さが、姉を終わらせたのだ。誰よりも甘さや平凡な幸福が不似合いな女だったというのに。
 けれどもそれでもシャッルは姉を好いた。愚かであろうとも、姉は姉。自分が祝う存在だ。だから、愚かな姉に今年も祝福を告げよう。
 
 お誕生日おめでとうざまあみろ、と。
 
 

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