閉ざされた夢の扉【sideランタ・■■■】

こちらの流れをお借りしています。
 
■お借りしました:テオさん
(アメリーちゃんを出してあげられる箇所がなかったのですが一緒にいます……!)
 
 
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 素手で人と触れ合うのは、いつぶりだっただろうか。記憶の原初。レフティアと名を授けてもらった人間の記憶の遥か過去まで溯る。
 
 何もかもの記憶をなくしていた人間の身体の至る所には酷い傷があった。特に酷かったのは手と脚だ。幸いにも手を動かすことにはなんら支障はなかったものの、その手はあまりにも惨たらしく、醜く。人様に見せるものではないと思えたし、なにより、女の手として羞恥を抱いた。
 脚に関しては当時はわからなかったものの、数年前から主治医となってくれていたドティスから告げられて漸く知った。走る事は叶わない脚だと。
 
 つまり、レフティアという人間は欠陥だらけなのだ。どれだけ見てくれをよくしようが、布を剥がせば身体の至る所には消えない傷がある。
 何故そのような傷があるのか。何故首輪痕のようなものが首についているのか。何もわからない。わからないが、わからないからこそレフティアは自分が怖い。
 
 そうだろう、レフティア・ルミ。
 
 ”我”は君を憐れに思う。”我等”がどうかは知らないが、君が生まれた時から見守ってきた身としては、君にも情が芽生えてしまった。
 君はとても可哀想だ。何も知らない。何も分からないのに、扉を閉じた夢の代わりになったのだから。
 
 ____オヴィ・ハーヴェ。
 君は今、幸せだろうか。全ての記憶を失せさせ、レフティアになった君よ。”我等”が愛した子。”我等”が幸福を願った子。
 レフティアの君。”我”は君の幸福も、願っている。酷く都合のいい話であることはわかっているのだ。それでも”我等”にとっての宝であったオヴィの代わりとさせてしまった君のことも、”我”は愛してしまった。
 だからどうか。幸福であっておくれ。その氷を溶かし、冬を終えておくれ。
 
 その時が、”我”の代弁は不要となる時だ。
 
 
***
 
 
 握りしめてくれた手は、酷くあたたかかった。あたたかいものになんていくらだって触れてきたのに。
 わたくしは、いいえ、私は、どうしてかそのあたたかさが酷く愛おしかった。
 指先の芯からじんわりと温もりが伝わり、身体中を巡る感覚。それに困惑を抱きながらも、その人を見上げた。
 
「もう、大丈夫だよ」
 
 まるで自分にすら言い聞かせるかのようにテオはそう告げた。それをどうして、と問い掛ける余裕も、微笑んで頷く余裕すらなかった。
 
 どうして、どうして、どうして。
 
 熱が伝わり、罅が入ったそれはもう耐えられない。氷が、割れる。ぱきんという音が確かに心の中で響いて、割れたせいか雫が溢れた。
 
「……、…」
 
 声を出すことがどうしてか出来なくて、私はテオの手を握り返した。指を差し込んで、縋るように絡めたそれがどうしてかなんて、わからない。
 ただ、この温もりを離したくないと、心が求めていた。
 
「レフティアさん、……」
 
 こちらを見るテオの眼差しは困惑と心配に満ちていた。それもそうだ。だって、私は泣いているのだから。でもその泣いている理由がわからない。何もかもがわからない。わかるのは、ただ。
 
「ごめんなさい、もう少しだけ、こうさせて」
 
 震えた唇から渇いた音が発せられる。間違いなく私の声だというのに、聞き慣れたそれだというのに。
 
 ____はじめて聞く人間の声のように思えた。

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