演者と演出家【sideドティス・シャッル】

こちらの流れをお借りしています。
 ※明るい内容の話ではありません。後半は特に胸糞の悪い話ですので、ご注意ください。
  
■お借りしました:テイさん、フォンミイさん
 
 
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 "俺愛されてるなぁ……"
 
 嬉しそうに、幸せそうに破顔したテイの言葉には反論する気はなかった。実際俺はテイのことを愛しているし、でも、だからこそ俺は俺が嫌いでもあった。
 感極まって泣き始めたテイの涙を指先で拭いながら、呟かれる言葉への意見を呑み込む。
 これで、よかったのだ。
 
 "あなたが女らしくあることを、彼は望んでいるのでしょう?" 
 
 冬の寒さも厳しくなり始めた頃合から俺に届き始めた手紙の一番最初には、そんな内容が綴られていた。差出人も何もかもが不明なそれがただひたすらに気味が悪くて、直ぐに燃やした。
 差出人不明の手紙はその後も続いた。
 
 "世間体も視野に入れた方がいいのでは?"
 "女性らしさの欠けらも無いのは、あなたも彼も良くても、周りや彼の家族はどうなのでしょうね?"
 "あなたは甘えてばかりなのですね。羨ましいことです"
 
 "彼のためにあなたは何をしてあげたのですか?"
 
 そんな内容の手紙が何通も、俺だけが家にいる時に部屋に置かれていた。気味が悪くて、それでいて全ての的を得た内容だった。
 やがて手紙は届かなくなった。それに安心をしていたら今度は俺は不可思議な白昼夢を見るようになった。
 俺以外の女性らしい女性と、テイが共にある夢だ。
 俺はテイからのプロポーズを断ったことがあるし、あいつの想いをずっと蔑ろにしていた。むしろテイは俺以外の女性と共になる方が幸せだと、俺だって理解していた。
 だからそんな白昼夢どうでもいいはずなのに、気に留める必要などないというのに。
 
 母を残して消えた父。死んだと思っていたら、おそらく他に家庭を作っていた父。
 
 呪いのような残像が消えると、俺の目の前には届かなくなっていた手紙がまた落ちていた。拾いたくない。拾うな、と心は確かに警鐘を鳴らしたというのに。
 拾ったそこには、俺の父の"今の家族写真"が収められていた。随分と老けた父に、知らない女性に、父に酷く似た子供。
 写真には一文だけが添えられていた。
 
 "こうなりますよ?"
 
 吐いた。洗面鏡に映る自分の顔は酷く青ざめていて、人に見せられたもんじゃあなかった。
 
「ティスのドレス姿見たい」
 
 ____これでよかったんだ。テイから告げられたドレスという単語に、イアさんが求めていた夫婦での結婚式のあるべき姿に。
 ただ、俺が覚悟を決めて、女らしくあることを決断すればよかっただけなのだ。
 
 ドティスは、今のお前の目にはどう映っているのだろうか。
 少しでも女性らしく微笑めていたら、いいのだが。
 
 包丁を横に置いて、"私"はテイの頬をやさしく撫でた。
 
 
***
 
 
「随分と手の込んだことすんなァ」
「そうですか?」
 
 フォンミイから情報を受け取り、対価を支払う。確かに彼からすれば自分が行っていることは随分と回りくどく、手間と時間がかかり、金のかかることだろう。
 
「それでいていい趣味してるぜ」
「おや、そうですか?私はこの方達のことも好ましいですし、素敵な人生を送って欲しいと思っていますよ」
「へえ」
「だから私は舞台を整えて、そうですね。少しばかり演出を施したぐらいです」
「バッドエンドへの?」
「まさか。私は所詮彼等にとっては他人です。他人から何を言われたって、基本心は揺れないでしょう?」
「そりゃなァ。どうでもいい相手なら尚更だ」
「ええ、ええ。ですから、結局のところは"大切な存在からの一言"が大切なのですよ」
 
 他人からの一言に心が揺さぶられる人間はただの心が弱いだけの人間だ。ではそうではない相手にはどうするかといえば、そんなの最も効果的なのは弱点である存在からの言葉に限る。
 暴力は愚かで短絡的で酷く退屈だ。たった一度殴って壊すだなんてデメリットが高いし勿体無い。壊すべきは肉体ではなく、精神だ。目に見える傷は治しやすい。痛みとして第三者から見てもわかりやすいし、対処がしやすいからだ。
 だがしかし心についた傷というものはそう易々と癒せるものではない。心が強いものほど、弱点が少ないもの程特にだ。少ないからこそ、比重が重い。
 それに。
 
「大切な存在の心を壊したのが、"自分だったと理解した瞬間の絶望した顔"は、何よりも素敵な表情で、金を払う価値のある見世物ではありませんか?」
 
 私はただ舞台を整えただけの演出家に過ぎない。後は演者に任せるのみ。
 ああ、彼等はこれから一体どんな素敵な演劇絶望を魅せてくれるだろうか。
 
 楽しみで愉しみで、自然と笑みがこぼれた。

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