勘違いスタート【sideリピス】

■お借りしました:ダイゴロウ(ゆめきち)さん、Dくん

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 つん、つん、と反射で彼の頭をつつく。見えてしまった白髪を眺めてこれは抜いたほうがいいのかしら、それとも放っておいた方がいいのかしら。抜いたら駄目だともどこかで聞いたような気はするのだけれども、でも。
 一度目についたら気になってしまうのはやはり人の性という訳で。

 Dの背中にのったままわたしは手を伸ばし、それを詰んだ。
 ぷつり、という呆気のない音とともに、時が停止したかのような一瞬の静寂が訪れる。あら、この空気何かしら。誰か時を止めるポケモンでも呼んだの?
 不思議に思い周囲を見渡せば、わたしの背中にいつの間にか乗っていたムムが首を横に振っていた。Dは衝撃を受けたような顔をして固まっている。なあにその仕草と反応。わからないわ。

「嬢ちゃん、あのな。そういうのは非常に難しい問題であってセンシティブなことなのわかってっか??」
「なあにその難しい言葉。さっぱりわからないわ!」
「堂々と言い張ることじゃないんだよなァ!!」

 ユメキチったら急に声を荒げてどうしたのかしら。さっぱりわからないわね、と自分の口元に指をあてて気付く。
 先程抜いた白髪、どこに行ったのかしら。まあ、いいか。とその疑問は一瞬で霧散したのだが。

「ユメキチ」
「あー、はいはい、今度は何だよ」
「お腹空いたわ」
「本当にお前ってガキは」
「お口が悪いわよ、ユメキチ」

 ぷるぷると震えながら言葉を零したユメキチの厚い唇に指をあてる。
 わたしとは本当に全然違うわね。性別、年齢、そういったものを除いても本当にユメキチという人間はわたしとは全く異なる人間のように思えて仕方がない。わたしの唇はこんなにも大きくないし、動きもしないし、声だってこんな低いものは出せないわ。
 それすらも面白くて好ましいと言ったのは、確か彼とはじめて出会った時にもだ。


***

 旅に出ることが許されて、わたしは即座に家を出た。生まれた時からずっと一緒の相棒のムムと、コランダ地方の港へと降り立っていた。
 心配性のママとパパからはゼブライカを持たされた。パパの手持ちであるゼブライカはわたしが小さな時からよく背中に乗せてくれて、不審者をその雷で撃退してくれていた頼れるポケモンだ。ゼブライカがいると新米トレーナーとしては卑怯なのではないか、とも思ったが両親の好意を跳ねのける訳にもいかない。何よりわたしはゼブライカの背に乗るのが好きなのだ。断る気持ちは一瞬で霧散した。
 あとはササとルルもいるが、二匹は今はボールの中だ。人の多いところでは人に慣れている子の方がいい、とパパが教えてくれたのでそれに倣っているだけだが。

「すごい、すごいわ!こんなにもひとが沢山!」

 視界に入る全てが真新しくて、きらきら輝いて見えて仕方がない。海水がばしゃりと防波堤に跳ね返って、太陽の光を浴びて美しく反射する。水ポケモン達が楽しそうに泳ぐ姿も、船乗りたちが和気藹々と活気強く動く姿も、目と耳どちらからでも楽しくて仕方がない。
 ここがノアトゥンシティ。コランダ地方で最も栄えている港街なのね、と事前にママから教えてもらっていた内容をメモした手帳を開いて納得する。

「”海鳥唄う 賑やかな港”……うん、フレーズもとっても素敵だわ」

 確かここにはちょうど最初のジムの一つである水タイプのジムがあったはず。とはいっても、わたしの手持ち達は皆ゼブライカを除いてまだまだ特訓が必要だ。
 ひとまず今日は宿を確保して……ああ、そうだ。思い出した。確か両親がゼブライカだけでは不安だ、と人間の護衛もつけると言っていたんだっけ。
 港街で会う約束をしていたが、そういえばどのような容姿をしているのか、名前は何だったのか、など一切聞いていなかった。

「やってしまったわ、ムム。どうしよう」

 ムムはわたしの腕の中で体勢を変えてこちらを振り返り、がっくりとした様子を見せる。あら、わたしがあなたの名前みたいに拗ねたっていいのよ。

「いいわ。なんとかなるでしょう。きっと会えばわかるわ。だから歩いてみましょう?」

 腕の中のムムが溜息をついたような気がしたが、それは聞こえないふりをしてあげた。




 街を歩きまわってわかったことは、何もかもが楽しい、という一点につきた。見たことのない新しい世界を見ることのなんと楽しいことか。未知の大地、未知の文化、未知のポケモン、未知の空気。それを全てこの肌で直接体験として味わえることが嬉しくて仕方がないのだ。

 ふと、わたしの鼓膜は耳を捉えた。舌打ちのような何かが聞こえたのだ。不思議に思いその音が聞こえた方へ、建物と建物の間の細い道を覗きこむ。
 そこには煙草、といったものを吸いながら陰鬱な表情を浮かべる男性がいた。じゃらじゃらとしたアクセサリーが首にも手にも足にもついていて、彼が動く度に音が鳴る。あんなにつけていて邪魔じゃないのかしら?品がいいことは確かだけれども、とその輝きからすぐに理解する。
 何やら苛立った様子を見せていた男性はふと、こちらの視線に気が付いたのか顔を向けた。確かそう、ああいう顔をオニゴーリみたい、というんだったかしら。ママはそう言っていたわ。とはいってもオニゴーリはわたしの中では可愛いポケモンに入るからなんとも思わないのだけれども。見られたから思わず見つめ返していると、男性がムムを指さしてぽつり、と呟く。

「お嬢ちゃん、その色違いミブリム、」
「?あら、ムムを知っているの?そう、それならあなたがわたしの護衛さんね」

 両親から護衛にわたしの容姿と名前、それとわたしの手持ちの情報は勿論いっていることだろう。それならムムを指さしてそう告げた彼が、きっとそうに違いない。
 ようやく見つけたわ!わたしはこの街でやるべきことを一つ終えてほっとする。人探しってあんまり得意じゃないの。でもこんなにも早くに終えることができてよかったわ。

「……は?」
「護衛さん、改めてはじめまして。わたしはリピス・トーク。あなたの名前は何かしら?」

 近寄ってその手を握る。腕の中のムムがどうしてか慌てた様子で身体を動かしてはいるし、目の前の男性はぽかんとした様子で煙草を落とすしで。
 一体あなた達どうしたというの?ようやく出会えたのだから、まずは自己紹介からでしょう?
ああ、でもその眼帯はちょっと寂しいわね、と真っ黒な無地のそれを見て思考し、わたしはにっこりと微笑んだ。


***


 Dの背中からひょい、とユメキチの背中に乗り移る。わたしよりも倍ぐらいの広さの肩に背中。肩を強く握りしめれば、慌ててわたしの身体を彼は支えた。うんうん、ゼブライカには負けるけれども、こっちの乗り心地も悪くはないわ。
 こんなにも素敵で面白い護衛をつけてくれたパパとママにはまた感謝しないといけないわね、と。彼の背中から見える美しい世界を見て、微笑んだ。

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