狩人【sideグリモア】

▼秋イベント"森ノ遊戯場"の後の話。
 
■名前だけお借りしました:メイジーちゃん、テラーさん
 
 
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 ばちばちと歪んだ空間が光を放つ。それをじっと見据えた俺は躊躇いなく、時空の歪みの中へと入り込んだ。
 
 目的は単純明快な話、金だ。以前歩いてきた時に急に発生した時空の歪みに巻き込まれた際、その中で強いポケモン達に襲いかかられた。しかしそれ以上に俺の関心を引いたのはその中に落ちた道具達だった。
 すいせいのかけらにきんのたまと、売れば十分すぎる資金源になるそれらが転がる様は最高以外の何者でもない。だから時空の歪みが発生したら積極的に歪みの中に入ることにしている。リーグ協会からの注意喚起など聞く耳を持ってない。聞く理由が特にないからだ。
 旅の同行者であるメイジー達を連れて入るには流石に危険というか、足手まといだと判断した。生憎とあの空間で他人を気にかける余裕などないし、それでこちらが不利益を被っては危険を冒してまで入る意味がなくなってしまう。
 遠くで待つようには告げたが万が一のことがあっては面倒くさいと、オロバスを傍にも残してきたので問題はない筈だ。
 
 歪みの中は相変わらずの薄暗さに不気味な気配を漂わせている。いつどこからポケモンが襲いかかって来るかわからないその場所では一瞬の判断が命とりになる。
 こんな風に。
 感じた殺気に咄嗟に大地を強く蹴りつけ、頭を庇うようにして地面を前転する。起き上がり身を翻すと同時に背後に向けてイポスの入ったボールの開閉スイッチを押せば、閃光と共に鈍い刃と刃がぶつかるような音が響き渡った。
 
「イポス」
 
 奇襲をかけてきた白い姿のニューラを認識して、その研ぎ澄まされた爪を受け止めたイポスの名を呼ぶ。イポスはしっかりと頷くとニューラの爪を弾き返し、俺を庇うように前に羽ばたいた。
 とはいっても、この空間の中では前方にだけ注意を払っていればいいという訳でもない。気付けば目の前にいるニューラと同じ姿のニューラ達が数体、こちらを囲むように集ってきていた。しかしこちらに手を出す様子は見えない。成程、以前対峙したことのある黒い姿のニューラとは随分と性格が異なるようだ。
 
「この中で、一番強いのはお前?」
 
 今しがた奇襲を仕掛けてきたニューラへと問い掛ける。そいつは周囲を見渡してからこくりと頷いた。
 決まりだ。先程爪を振り下ろした際に滴った紫の毒液に、素早い身のこなし。それらのタイプを持ち合わせ自ら思考し行動を行える強いポケモンが、丁度手持ちに欲しかった。
 
「イポス、捕獲するぞ」
 
 俺の指示にイポスは視線を寄越して確かに頷いた。向こうもこちらが構えをとったことに気付いて身構える。
 先に動いたのは、相手だった。
 
 
***
 
 
 一番最初に手持ちになったのはオロバスだった。ドロバンコだったオロバスは働くグリモアに興味を持って近付き、共に過ごしているうちに気付けば懐き彼の手持ちになっていたのだ。
 次に手持ちになったのはイポスだ。密猟者によって傷を負い仲間とはぐれてしまったワシボンをグリモアは保護した。傷が癒えてもイポスはグリモアの傍を離れることなく、彼を背中に乗せることを望んだ。
 イポスとほぼ同タイミングで手持ちになったのがキマリスだ。グリモアの父の手持ちであるバンギラスの卵から孵化したその瞬間を二番目に見ていたのがグリモアであり、生まれたばかりのキマリスは母を認識すると同時にグリモアを認識した。そしてグリモアのことを兄のように慕い始めたのだ。
 次に仲間になったのはグリモアが生まれた時から見守ってくれていたフォカロル。彼はまさにグリモアの父のような存在であり、グリモアを守るためについてきたのだとグリモアも理解している。自分というトレーナーにはあまりにも分不相応なポケモンだからだ。
 そして旅の途中で仲間にしたデカラビア、ロノウェ、アミー、ベリト。ベリトは共に旅をしている最中、デカラビアとロノウェはボックスにいるが、アミーは野生に帰った。
 
 今回グリモアがバトルを挑んだニューラは、アミーとの出会いと酷く似ていた。
 
 
***
 
 
 研ぎ澄まされた爪が振り下ろされる速度は凄まじいものだった。イポスも鍛えてはいるものの全くついていけていない。ニューラによって抉られた肌は鮮血を飛ばし、皮膚を開かせる。攻撃力も中々のものだとわかれば、余計に手を引く理由はなくなった。
 
「こわいかお」
 
 切り裂いた爪が離れるよりも早く。イポスにニューラの腕を捕ませる。いや、捕まえることなんて出来ないことはわかっていた。だからほんの一瞬、引っ掛けることでその身がこちらを向けばいいと思ったのだ。
 ニューラが振り払うためにこちらを向いた瞬間、イポスの頭部のオーラが怪しく揺らめく。ぐらぐらと燃え上がるかのように揺れたそれは顔を形作り、ニューラを呑み込まんと肥大した。
 微かにニューラの腕が震えたのを、見逃さなかった。振り払われようとも、その身が先よりかは随分と鈍くなったように思えるのは気のせいではない。
 
「おいかぜ」
 
 俺の指示を受けて、イポスは忠実に羽を動かす。速く、はやく。発生させられた追い風によってイポスの羽が一秒に刻む羽ばたきの音は二倍に増えた。狙いを理解したのだろう、賢いニューラはまずいとばかりに表情を歪めたが、場を整えてしまえば後はこちらのものだ。
 イポスの頭部で光が揺らめく。先とは全く異なるオーラの色を纏ったそれも、こちらの素早さをあげるためのものだ。慈悲など一切持ち合わせていないとばかりに、風に乗ってイポスはニューラにオーラウイングを叩き込んだ。
 一撃、二撃、三撃。素早さがどんどんと増していくそれをニューラは最初は避けていたものの、途中からは対応が出来なくなってその身に効果が抜群すぎる痛みを蓄積していく。反撃の爪も、今となっては可愛いものだ。
 とはいえ、手負いの獣ほど恐ろしいものはないというのをアミーの時に嫌という程理解している。だからこそ油断も手加減も一切しない。正面から、圧倒的な力で叩きのめす。それが真剣勝負を挑んだ相手への、最大限の礼儀でもあると理解をして。
 
「イポス」
 
 ニューラの身体が揺れて、その場に膝をつく。その爪が地面には触れていないことが、全ての答えだ。
 距離を近づけさせて指示を飛ばす。まもる、と。
 イポスが張った光の障壁にニューラの爪がめり込んだ。しかしそれを貫通するまでの力は相手にはない。それでいて爪がまもるの障壁に突き刺さったことで、抜くのに手間取ってもくれている。
 今が好機だ。俺は懐からボールを取り出した。テラーから貰ったムーンボール。これを使うのは新しい手持ちを捕獲する時だと決めていた。そう約束したからこそ、外すことは己が許さない。
 
 俺は大地を蹴り上げて、風に後押しされながら走る。近寄ってきた俺に気付いたニューラも中々にしぶといようで、自由な左脚を振り上げてきた。それを身を下げてかわしながら大地に手をついて、すぐに身を持ち上げた。
 至近距離。爪が刺さったことによって守りが手薄になっている右側面の胴体はすぐ目の前にある。俺は躊躇いなく、そこ目掛けて殴りつけるように空のムーンボールを押し当てた。
 押し当てたのだが、本当にしぶといニューラなことで。そいつは突き刺ささっていた爪を無理矢理に引き抜いて、ムーンボールを持つ俺の腕を叩き落とした。人間の、それも子どもが野生のニューラに力で叶うわけが無い。からん、と大地に落ちたムーンボールが転がっていく。それを眺めてから自然と零れた舌打ちに、俺自身が困惑した。
 どうしてそこまで、拘るんだ。ボールなんて何でもいいじゃないか。そうだ、そのはずなのに。
 
「!」
 
 イポスの鳴き声が俺を正気に引き戻す。捕獲は失敗した。まだ、危険は去っていない。自由になった腕でニューラがこちら目掛けて腕を振り上げて、腹部に入る。反射で痛みに顔を歪めたが、痛みに慣れた身体は気を失わないでくれることだけが救いだ。こうなっては手段を、道具を選んではいられない。
 俺はニューラの身体を抱き寄せ、服の中に入れていたモンスターボールをニューラの腹部に押し当てた。
 
 それと同時、ぱりん、とまもるの障壁が砕けて散らばった。俺の手の中には赤い光を点滅させながら揺れるムーンボール。ぐらぐらと揺れるそれの中では、先程抱き寄せて無理矢理ボールに押し当てたニューラが暴れていることは明白だ。だからこそ、離さない。強く揺れるそれを握り締めれば、勿論振動は痛みすら伴う程に強く伝わってくる。
 アミーの時もこんな感じだったなと思う。あの時はオロバスを出していたから、今回よりも余計に俺が動く方が多かった。あの時背中に酷い火傷を負ったことを思えば、今回は無傷のまま終えられたのは奇跡か俺達自身が強くなったのか。どちらでもいい。今はただ、こいつを捕まえることしか頭にないのだから。
 揺れ続けるボール。中で抗うニューラに諦めろと言わんばかりに強くボールを握りしめた。
 
 カチリ。揺れ続けていたそれが落ち着くと同時、赤い点滅が消え去った。周囲にいたニューラ達がざわめくところを見ると、相当に強いニューラだったのだろう。
 俺はすぐに開閉スイッチを押して捕まえたばかりのニューラを出した。完全に負けたことを理解しているのだろう。ニューラは不満を示す態度を見せることなどなく、俺を見上げて頭を下げた。かと思えばにこりと楽しげに笑ってこちらを見上げたのだから、中々に明るい性格をしているのかもしれない。その明るさはあのムーンボールをくれた存在をも思い出して、選択は間違っていなかったなとぼんやりと思った。だからこそ、悔しいとも。
 
「レラジェ」
 
 名を告げる。柱の中の一魔の名を。あの狙いのよさと併せ持つタイプからこう決めることは最初から決めていた。
 
「お前の名前は、レラジェ」
 
 レラジェはすぐに自らに与えられた名だと理解をしたようだ。俺に呼ばれた名を喜ぶようにもう一度頭を軽く下げた。
 それを確認してから俺は転がっていったムーンボールの方へと近寄る。……拾い上げたそれが壊れていなかったことに、酷く安堵した。
 
 
***
 
 
 時空の歪みが消える。その間でしっかりと金目のものは回収出来たし、こちらを守らせることでイポスとレラジェの経験値を稼ぐことも出来た。
 さて、と俺はレラジェの頭を撫でながら通信機器を取り出す。すかすかの連絡先の中、一人の名前を見つけてメールを送った。
 
 "新しい手持ちを捕まえた"と。
 
 
 
 
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*新しく手持ちに加わったポケモン
■レラジェ:ニューラ(ヒスイ)♀(モンスターボール)
【性格】ようき

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