砕けた鏡【sideリピス】

こちらの流れをお借りしています。
 
■お借りしました:スウィートくん
  
 
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 ユイトの言葉にわたしはしっかりと頷いた。旅に出るとなれば、今過ごしているこの家は手放すか、もしくは誰かに託すための手続きが必要になる。それに関しては家主であるユイトの望み通りにするとして、わたしに出来るのは清掃の手伝いぐらいだ。
 勿論ユイトが清掃のことだけをわたしに釘差してきた訳ではないことはわかっていた。彼の言葉にはこの二か月で少しはマシな力をつけろといった意味も含まれている。それに関してはわたしだってそのつもりだ。いくらユイトについてきてもらうとはいえ、多少なりとも自分の身は自分で守れるぐらいの力はつけておきたい。そう思い、あの秋からずっと手持ちたちとも訓練は続けてきていた。ユメキチに訓練を付けてもらった時ほどとはいかないが、着実に手持ちたちは成長している。
 
「あと、どこ行くのかもちゃんと考えとけよ」
 
 押し付けられた枕を抱きしめながら閉ざされた目の前の扉を眺める。
 手持ちたちは成長している。おそらくだが、もう進化間近な子も数匹いる。だからこそ、わたしにはしなければいけないことがあった。
 一匹には乗り越える意志を、一匹には安心させる意志を。それらを持って、向き合わなければならないのだ。
 とはいえ今日はもう遅い。手持ち達だって眠っているし、わたしも眠るべきだろう。寝る支度を整えて、すぐに寝床へと向かった。
 
 わたしが気づかないとでも思ったのだろうか。トトが最終進化を果たしてから、わたしの近くにあえて近寄ろうとしなくなった君のことを。
 
 
***
 
 
 翌朝。まだユイトが部屋から出てきていないぐらいの時間帯。一応の朝食だけを用意してわたしは外に出ていた。ダグシティから少し出た森。ここならばすぐに町の中に逃げ込めるし、強いポケモン達がいないことも知っている。
 わたしは念のために周囲に野生ポケモンがいないのを見渡してから、ポケモンを三匹出した。ササとシン、そして勝手に出てきたトトの一匹だ。
 
「ササ。わたしがあなたを進化させる手前で止めたままだったことに、どうせ気づいていたでしょう?」
 
 元々わたしの手持ちの中ではササが一番のアタッカーだった。それがトトやシンといった頼もしい仲間たちが増えたことで出番は減っていたように見えていた訳だが、わたしは明確にササを戦わせていなかった。ジムチャレンジが終わってからササをあえてバトルメンバーから外していたのはそういう理由だ。
 ササは虚ろな瞳でじっとわたしの方を見上げている。肯定でも否定でも同じ反応を返される故にこれだけでは判断がつかないが、じっと見つめてきていた瞳が僅かに細められたのを見て確信に変わった。肯定だ。
 
「それはわたしがあなたを恐れていたから」
 
 それも全てお見通しだっただろう。ササの微笑みは変わらない。
 そう、わたしは恐れていたのだ。ガラルサニーゴが殻から解き放たれることを。サニゴーンに進化すれば霊力が高まり霊体が外に溢れ出る。わたしの体質からして、それは危険だと本能が告げていた。それがササを進化させなかった唯一の理由。
 
「でももう恐れてなんていられない」
 
 手持ちポケモンを恐れるトレーナーがいてどうしようか。わたしはササが怖かった。恐ろしかった。あまりにもわたしに似ていて、異なる彼女が恐ろしくてたまらなかったのだ。奇妙で異質でありながらも、その在り方を肯定し続ける眩しい彼女が。
 だからこそ羨ましいとも思ったし、狡いとも思った。それでいて悔しくも思った。わたしはずっと恐れているのに、これ以上あるがままを肯定する彼女に進化させてしまったらどうなってしまうのだろうと。でももう、そんな風に考えるのはやめた。うじうじとそんなことを悩み続けるなんて元々わたしらしくないことだ。恐れることはやめて、その殻を破るのはササだけではなくしてしまえばいい。
 
「ササ、わたしの鏡。わたしはあなたを受け止める、だから」
 
 外に出したシンの方を見やり、頷いた。にこにこと御満悦の様子のササがその場から動く気配もない。わたしがやりたいことは、この場にいる仲間全員が理解している。
 シンの周囲に剣が舞い、ササはその身に力を込めた。わたしは真っ直ぐにササを見据えたまま、シンへと指示を出す。シンが駆け出し、その爪で確かにササを引き裂いた。急所を狙ったつじぎりはササには効果は抜群で、つるぎのまいで威力も上げていたのだから間違いなくひんしにさせるレベルのものだった。それを受け止めたササの身体が揺れたかと思うと、ぴしりと体に罅が入り、広がり___閃光が目を焼いた。
 真っ白な閃光に包まれながらササの身体が少しずつ変化していく。高く伸びたその光が楽し気に揺れたかと思うと、光の石が射出されてシンの爪と体を弾いた。わたしの横まで戻されたシンの背を撫でながら、わたしはその様を見守った。
 わたしの鏡が殻を破り、外に表出した瞬間を。
 サニゴーン。殻から解き放たれたササはとても楽しそうに嬉しそうに、その虚ろな瞳を細めた。
 警戒した様子を見せるトトに大丈夫だからと告げて、わたしはササへと近寄った。ササはその殻を引きずりながらわたしの方へと近寄り、霊体を伸ばす。深呼吸なんてしない。それをする時点で、わたしは向き合いきれていないと認めるようなものだからだ。
 わたしはササの霊体へと触れてから、核へと手を伸ばす。冷えた感覚を理解しながら撫でた核からは、今まで一度も感じなかったぬくもりのようなものが感じられる。それはきっとわたしの気のせいなのだろうが、それでもよかった。例えそれがおかしな感覚だと指摘されようとも、わたしは乗り越えると決めたのだから。
 
「進化おめでとう、ササ。これからもよろしくね」
 
 そう微笑んで核を撫でれば、___はじめてササがバトル以外で嬉しそうな鳴き声を上げた。
 
 
***
 
 
 ササを進化させて家に戻ってこれば、起きてきたユイトの姿が目に入った。ただいまと告げてからわたしも食事をとろうと手を洗って席に着く。
 食事をとるための沈黙。互いの間にそれが流れて少しして、わたしは昨夜ユイトに聞かれたことを返す。
 
「ダグシティ周辺から少し離れたところに行ってみたいの」
「いいけど。どの方面」
「雪山の方。全く行ったことがないから、行ってみたい」
「……フィンブルの方かよ」
「何よ。寒いの苦手なら暖かい格好をすればいいじゃない」
 
 生まれ住んだ地域や、今いるダグシティでも雪は降りはしたがわたしは雪国というものに行ったことがなかった。だから年中雪に覆われているであろうフィンブルはずっと前から興味があったのだ。それにフィンブルにはジムもある。グリトニルへと再挑戦はまだ早い。ほかのジムリーダーと戦って学んでから、向かってみたいという欲が確かにあったのだ。
 そんな話を真面目にする横で、随分と御満悦のササがビビやフェリシアにはじめて自分から近寄りまともなコミュニケーションをとっていた。

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