はじめての雪景色の外【sideレフティア】

■お借りしました:アニーニケさん、(お名前は出ていませんが)カルディナールさん
■お名前と存在だけお借りしています:イヴェールさん、ゴーシェさん、ベリルさん

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 わあ、と思わず感嘆の声が零れてしまう。眼前に広がった光景はフィンブルでは見ることの出来ない世界だ。雪に覆われていない町。人の数は多く、その町の発展具合は確かなものだ。
 はじめてフィンブルの外に出たレフティアは興味深さのあまりそわそわして周囲を見渡している。それを眺めているランタは本当にアニーニケがついてきてくれてよかった、と思うしかなかった。


 話は数日前に遡る。レフティアが唐突にグリトニルジムに向かいたいと口にしたのだ。何故そう思ったのかというと、ジムトレーナーに選ばれたばかりの身であるものの、レフティア自身は今までバトルは嗜み程度にしかしてこなかった。だからこそ現役のジムトレーナーの人間からジムトレーナーというものを学びたかったのだ。
 沢山あるジムの中グリトニルを選んだのは、レフティアが尊敬し感謝している先代ジムリーダー、イヴェールが切っ掛けだ。彼がグリトニルジムのジムリーダーであるベリルと旧知の仲であり、よくベリルの話をしてくれたのを聞いており、その人はレフティアの中では尊敬する人物になっていた。幼い頃から自分の面倒をアニーニケと共に見てくれていたゴーシェの実の父親ということも信頼、尊敬するポイントを上げる点となっている。
 そんな人物の収めるジムのジムトレーナーこそ、一番お手本とするのにふさわしいのではないか。そう思ったレフティアは当初は一人でグリトニルまで行こうとしたのだが手持ち達が必死に止め、アニーニケに泣きついたのだ。

 レフティアは酷く危機管理能力が低い。そして何もない所でこけるといった酷く天才的なドジでもある。レフティア自身に自分の欠陥の自覚があればいいのだが、ないのだから困ったものだ。そんな彼女を未知の土地でポケモンだけで支えるのには限界がある。
 そうして手持ち達がアニーニケに泣きつき、レフティアもアニーニケが一緒に来てくれるのなら純粋に嬉しいと答えた結果今に至る。

「アニさま、アニさま。わたくし、こんなにも車が走っているの、はじめてみました」
「グリトニルはコランダで一番人が多く住んでるからな。交通の便がいいんだ」
「雪が降り積もっていないのも新鮮で仕方ありません……」

 はじめて見るものばかりでどうしても目移りしてしまう。そのままふらふらとあらぬ方向へ歩いていってしまいそうなレフティアのストールを慌ててヴィティが口に咥えた。一種のリードのようなものだが、レフティアはヴィティが構ってほしくてしてきたのかと勘違いするものだから、微笑んでヴィティの頭を撫でるだけに終わる。

「グリトニルジムはこっちだ」
「アニさまは物知りですね」
「昔もジムトレーナーやってたしな」
「またジムトレーナーになるアニさまを見れるなんて思っていませんでした」

 レフティアが全ての記憶を失いフィンブルに倒れついて、それから一番にお世話になったのはフィンブルの先代ジムリーダーであるイヴェールだ。次いで世話になったのが当時のフィンブルのジムトレーナーを務めていたアニーニケと、フィンブルに移住してきていたゴーシェの三人。全ての記憶がなく、感情すらも欠落していたレフティアがここまで真っ当に成長することが出来たのは義理の両親たちだけではなく、彼らの力が大きいといっても過言ではない。だからこそレフティアは彼らに対し絶大な信頼と尊敬、感謝と愛情を抱いている。

「そりゃあ声をかけてもらったらな」
「わたくしも嬉しいです。またジムトレーナーとして輝くアニさまを見ることが出来て」
「嬉しいこと言ってくれるな」
「本心ですもの」

 快活に笑うアニーニケにレフティアは微笑みを零す。長い付き合いだからこそ、レフティアは自分の面倒を見てくれていたアニーニケのことを実の兄のように思っている。アニーニケも妹のように接してくれるから余計だろう。ああ、本当に自分は幸せなことだ。そんな風にレフティアが反芻しながら歩き続けているといつの間にかグリトニルジムの前までやってきていた。
 ついたな、というアニーニケの言葉にレフティアは自然とジムを見上げてしまう。荘厳な作りのそれは酷く立派で、フィンブルジムとはまた違った趣がある。ここにチャレンジャー達は覚悟と勇気をもって挑みに来る。自分はチャレンジャーではない。けれども、このジムの前に立つとどうしてか気が引き締まるような思いになった。

「ん?レフ、あっち見てみろ」
「?」

 ふと、アニーニケに言われてレフティアは示された指の方を見遣る。そちらに視線を向ければ、白髪に青の髪が混ざった高齢の男性の姿見えた。写真で見たことがある、グリトニルジムのジムリーダーベリルだ。
 どうやらジムを出て誰かと話しているようだ。自然と視線が話し相手に向かえば、亜麻色の短髪をした、顔に刺青のある男性の姿が見える。
 その人が一瞬こちらを向いて、レフティアの呼吸が止まった。

「ベリルさん、どこか行くみたいだな。……レフ?」
「……あ、……ええと、はい。何でしょう?」
「ぼうっとしてたぞ」
「え。……何ででしょう……?」

 心配そうに自分を覗き込むアニーニケに苦笑を零しつつ、レフティアは首を傾げた。自分でも何故先程呼吸が止まったのかわからないのだ。あの男性を見たことで止まったような気がしたが、彼のことなんて知らない。謎が胸の中にたまっていく。
 そういえば、とアニーニケが何かを呟こうとした時だ。酷く快活な声が、ジムの方から響き渡る。その声の大きさは普段のアニーニケと同様かそれ以上か。慣れていたおかげで声量に驚くことはなく、レフティアはアニーニケと共にジムの方を向いた。
 風が吹けば、その人物のルビーのような赤髪も揺れた。容姿の整った中性的な人物の金の瞳は一切として妖のような不気味さを感じさせない清々しいものだ。

「チャレンジャーか?よく来たな!!」

 どうやら彼はこのジムの関係者であり、こちらのことをチャレンジャーと勘違いしたようだ。レフティアはきょとんとしてからアニーニケの顔を見て、目を合わせてから一つ頷いてこちらを見る金瞳の人物に丁寧に会釈した。

「はじめまして、フィンブルのジムトレーナーを務めることとなったレフティアと申します」
「同じく、フィンブルの先代から続いてジムトレーナーを務めることになったアニーニケだ」
「フィンブルジムの?何でうちに?」
「新参ものゆえに、ジムトレーナーの在り方というものを学びたく……こうしてグリトニルジム訪問させて頂きました。事前連絡の一つもなく申し訳ありません」

 持ってきていたフィンブルの菓子折りが詰まった紙袋を差し出せば、その人は快く受け取ってくれる。にしても、だ。アニーニケといいこの人物といい声が大きく、レフティアの声は遠目から見ている分では一切聞こえず男性二人だけが話しているようにしか見えないことだろう。

「少しばかり見学させて頂けませんでしょうか。絶対に皆様のお邪魔は致しませんので」

 再度レフティアはやわく微笑んで頭を下げた。

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