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逆噴射小説大賞2021、奨励賞を獲得しました!

小説の冒頭800文字で挑む賞、「第4回逆噴射小説賞」の結果発表が本日2月28日に行われ、拙作『玄獣狼、吼える』奨励賞に選ばれました。やったぜ!!!!!

賞に関する説明は、主催者であるダイハードテイルズさんの記事を参照していただくとして。まずは奨励賞を戴けたこと、嬉しく思っています。
ありがとうございました!

noteでの結果発表・コメンタリー記事は三月に公開されるという事で、どのようなコメントを戴けるのか、また今回まだ発表されていない最終選考作品にどのようなものがあるのか、楽しみに待っています。いや、コメントに関しては怖いですね。震えてます。

いやしかし……
大賞は獲れなかったものの、賞に縁遠かった身なので、こうして結果が出た事がめちゃくちゃ嬉しいです。こっから今年は色々な賞で結果を出していきたいなー、頑張るぞ!という気持ちでいます。

逆噴射小説賞は小説の冒頭を競う賞。
それに見合った本文やラストを書けるように、書き続けられるように。
今後も精進していきたいと考えています。

現に今も続き書いてるしね!!
そう、『玄獣狼、吼える』はしっかり完結させる予定で執筆を進めております。どこでどう公開するか、完成品を何かに利用するかは……未定ですが。もしご興味ありましたら、今この記事を読んでくださっている皆々様にも読んで戴けると幸いです。もうしばらく待っててね!


ところで、獲れると思ってた?

結果を受けて、私自身はめちゃくちゃ驚いてるんですけど。
『玄獣狼』自体には……自信が……ありました。同時期に投稿したもうひとつの応募作『屍滅鉄騎』と比べても、「通るならこっちだろう」という確信があったんですね。それは『屍滅鉄騎』の方に問題を感じていたからでもあり、『玄獣狼』の完成度に納得が行っていたからでもあり……

まぁ、賞を獲れるとまでは思ってなかったのですが。
敗北に慣れ過ぎていてな……

詳しいコメントは、恐らく三月のコメンタリを待つのが良いのですが。
作者としては、主人公のキャラクター付けと作品背景、動機付けと今後の展開の予測を程よく盛り込めたと感じています。玄獣狼が何者で、何を想っていて、(どこで)何をしていくのか。期待感。そういったもの。

なので「まぁ賞は獲れずとも上手くすれば最終選考には行けるかもだし、どうあれ続き書こう」と動けたわけです。


順番が前後するんだけど。
逆噴射の二次発表が出た後、私とある本を読んだんですよ。

http://filmart.co.jp/books/playbook_tech/hooked/

それがこれ。
『「書き出し」で釣り上げろ』。書店で見てタイトルに釣られて読んだんですが、これがまた参考になる。小説の冒頭に必要な要素を洗い出し、それぞれがどのような意味を持つのかを教えてくれる。非常に具体的で、納得感のある技術本でした。

もちろん、こういった小説の書き方本、ある程度書いてる人間には分かってる事も多いんですが。改めて文章の形で整理できて、自分の中でふんわりと理解していたやり方を、もう一段明確に把握して運用出来るようになる。

で……読みながら思ってたんですよ。
螺子巻の小説、モノによってはやはり不十分なものはあるんですが、少なくとも『玄獣狼』に関してはかなり良い所行ってない? って。

まぁ、他者の評価を挟まずに書き方の本を読んで得た「良くない?」には、説得力とか無いですけど……今回賞を戴けたので、自分自身の判断力が少なくともゼロではないと背中を押して貰えた感じがあり、良いです。今後色々と書いて行く上での勇気を得た。

来年も応募したいし、その時は普通に全部一次落ちとかもあり得るけど。
掴めたものはある、と信じたいので、今年はこのまま突き進んでいくぞ!



『玄獣狼』の続き

これは今、書き途中です。
だから待っててね! なんだけど……うーん。
せっかくのタイミングだし、早めに先出しするのもアリかな?

……という訳で、期間限定で冒頭のちょっと先まで公開します。
これは今後書いていく上で変更されるかもしれないし、書き上げて本格的に公開する頃には削除されるものです。しかも完全に途中。その点をご了承の上で、お読みください。





『玄獣狼、吼える』

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 獣とて、剣に焦がれることはある。

 山の主を喰い殺し、妖魔さえ己が糧とした魔狼は、その日生まれて初めて自身の脚より迅く、自身の牙より鋭いモノを見た。
 近くの国に名を轟かせる剣豪、武路譲羽《たけち ゆずりは》の剣である。
 魔狼の牙を凌ぎ、駆ける爪に先んじて繰り出される斬撃に、魔狼は美しい黒毛を幾度となく裂かれた。けれど譲羽は魔狼の返り血さえ浴びることなく、涼しい顔をして月下に立っている。
 魔狼は思った。この人間に勝つことは出来ない。
 であればせめて。この山で最強を誇った牙の持ち主として、最後まで足掻いて死のう。
 魔狼はそう思い、血を失いふらつく体で、それでも牙を剥いて見せたのだが。
 月夜に煌めく刀剣を目に、彼はほんの少しだけ、動きを止めてしまった。
「……。お前、魅せられたのか?」
 投げかけられた言葉の意味を、魔狼は解さない。
 しかし、そうなのだ。魔狼はこの時、譲羽の剣に魅せられ、焦がれたのだ。
 そうして戦意を消失した魔狼を、譲羽はしばし見つめた。襲ってくるならば斬り伏せる。そうでなくとも、彼に魔狼の討伐を望んだ人々を思えば……斬る他は無い。
 だが魔狼が取った行動は、彼の予測を外れたものだった。

 魔狼は、頭を垂れたのだ。
 一本の、粗末な枝を口に咥えて。
 その所作が何を意味するものが何か、譲羽にはすぐピンと来る。

「俺の剣を、習いたいと?」

 おん、と魔狼は応えた。
 互いの言の葉の意味は通じない。けれど、彼らの心は通ずる。

 魔狼はその様にして譲羽の弟子となり、剣を佩いた。
 世にも珍しき、狼の剣士の誕生である。

 *

 それから、十年。
 魔狼は玄獣狼げんじゅうろうの名と甲冑を与えられ、独り、諸国を渡り歩いていた。
 武者修行、という名目も無論ある。けれどそれ以上に大切なのは、敵討ちである。
 武路譲羽は殺された。白い衣を纏った剣士によって。
 玄獣狼は、その剣士を追って行くのである。
 当ても無く、ただ脳裏に焼き付いた匂いを頼りに。
 道行きは過酷なものだった。なにせ玄獣狼は獣である。腹を満たすにも眠りに就くにも、ヒトの世話になることは難しい。名を記した札と敵の剣士の人相書きを持ってはいるが、大抵の者は玄獣狼の姿を見た時点で、ひゃあと叫んで逃げてゆく。
 玄獣狼がその町へ辿り着いた折りも、そうだった。関所をすり抜け、覚えのある匂いがありはしないかと町を歩むと、人々は悲鳴を上げて家屋へ逃げる。
 恐怖を向けられる事には慣れていたし、今更どういう気も起きない。平然と町を見遣り、鼻をひくひく動かしながら、ぬかるんだ道を進んでいくと……ひゅん。ごく小さな風切り音が、玄獣狼の耳へと届く。
 矢だ。察知した玄獣狼はひらりを身を翻らせ、矢じりを肩の鎧で受けた。
「勘のいい事だ。……鎧に刀。狼が剣士気取りか?」
 見れば、二、三の武士が、通りの向こうで矢を番えている。
 付近には、不安げな顔をした町人。恐らくは、彼らが玄獣狼の姿を見、退治するように要求したのだろう。厄介な事だが……これにも、慣れてはいる。少し脅かし、然る後に去る。それで終わる話だと、玄獣狼は思ったのだけれど。
「……グォゥ……」
 運の悪い事に、その時の玄獣狼は、酷く腹が減っていた。
 この町に至るまでの五日間、降り続いた雨が彼の喰らうべき獲物を隠し、師の敵を追う玄獣狼は、雨にかまけて足を止めるわけには行かなかったからだ。
 次々と放たれる矢を、玄獣狼は鎧で受け止める。ただ退くのでも良かったが、それでは彼らが自身を討とうと追ってくるだろう。どう、すべきか。定まらぬ頭で思案する玄獣狼の元に、また別の音が響いてくる。
「てめぇコラ野良犬! いい加減にしろッ!」
 野良犬。音の響きに覚えがあった。
 自身のような獣を蔑んで放たれる言葉。するとその声は、自身への罵倒か?
 音の方へと意識を向けると、物陰から、ずざり。泥を跳ね飛ばしながら、一人の童が駆けだしてきた。その懐には、山盛りの団子。しかし両腕で団子を抱え込む童は、ぬかるみに足を取られ姿勢を崩し、べしゃりとその場に倒れ込む。
「がぁッ、クソッタレ!」
「犬取丸ッ! てめぇ今度こそぶっ殺し――」
 続けて、頭巾を被ったふくよかな男が飛び出て、玄獣狼に気付き息を呑む。
 邪魔だ、そこを退け。武士に怒鳴られ、男は童と玄獣狼を見比べてから、舌打ちして逃げ去った。妥当な判断だろう。玄獣狼は息を吐き、倒れた童を見つめる。
「ンのクソ親爺……あァ? ンだお前、狼?」
 童は逃げなかった。怪訝そうな顔で玄獣狼を見遣ってから、慌てて散らばした泥だらけの団子を拾い上げる。
「うげ、喰い辛くなった。ドヤされんなコレよォ」
 バゥッ。独り言を呟く童に、玄獣狼は短く吼える。
 立ち去れと、そう伝えたかったのだが……図太いのか何なのか、童は「うっせぇな」と面倒そうに答え、団子拾いを止めない。
 玄獣狼は困惑した。大抵の童は、自身を見れば怯えて竦むのだが。この童にはその気配は無く、故に……困る。次の矢が、童の存在に構わず撃ち放たれたからだ。
 ザリッ! 放たれた矢と童の狭間に、玄獣狼は無理やり体を挟み込む。これまで容易く受けられていた矢じりは、強引な動きのせいで上手く鎧に当たらず、幾本かが玄獣狼の黒毛皮へと突き刺さった。ぽたり、数滴の鮮血が泥へと落ちる。
「おわッ。ンだよお前、オレを庇ったってか……?」
 弓の音でようやく状況を理解した童は、狼が自分を守った事に驚き、あーと頭を掻く。 バウ。改めて立ち去るよう、玄獣狼は要求したのだが。
「悪ィな。ついて来いよ、逃がしてやっから」
「……?」
「分かんねェか? いいから来いって!」
 手を振りながら駆け出す童。玄獣狼はしばし戸惑ってから、彼の後を追う。
 家々の狭間を抜け、路地を抜け、荒れた生け垣を潜る。獣の如き俊敏さで進む童に付いて行くと、やがて町外れの廃寺へと辿り着いた。
 武士の気配は……とっくの昔に消えている。撒いたのだろう。安堵する玄獣狼は、それから改めて目前の廃寺を見上げる。半分が焼け、風雨に晒され朽ちた寺。ヒトが棲む場所ではないと思うのだが、寺には無数の人間の、潜めた息遣いが感じられる。
「帰ったぞォ。団子盗ってきた!」
 童が声を掛けると、息遣いはぶわりと沸いた。次いで、五、六人の童が寺の中から這い出して来る。こんなにもヒトがいたのかと玄獣狼は戸惑って、出てきた童も、鎧武者じみた狼の存在にどよめく。
「犬取丸ぅ、なんだそいつ?」
「あァ? 見りゃ分かんだろ、狼」
「そりゃ分かっけどよォ、鎧着て刀持った狼なんて可笑しいだろ。妖魔じゃねぇの?」
 比較的上背のある童が、不安げに尋ねる。
 犬取丸。それが童の名かと玄獣狼は推察して……さてどうしたモノかと沈黙した。
 一刻も早く、この場を立ち去るべきだろうか。あの武士たちは、玄獣狼の討伐を依頼されている。それを匿っているとあらば、この童たちにも災禍が及ぶかもしれない。
「ンなのどっちだって良いだろ。今日オレらが団子を喰えんなァ、この狼のお陰なんだぜ」
 オレはコイツに助けられたんだと、犬取丸は童たちに話す。
「コイツがいなきゃオレぁ、危うく団子屋に殺されるとこだった。まぁ、コイツもコイツで武士に矢ぁ射られてたけど」
「んじゃダメじゃねぇか。いいのか、そんなヤツ助けて」
「助けられたンだから助けンだよ。ヒトなら兎も角、オレらと同じ野良犬だろ、コイツも」
「犬と狼じゃ全然違ぇよぉ!」
 童は叫んだが、犬取丸は呵々と笑うばかりだ。
 野良犬。玄獣狼はその言葉にピクリと反応し、けれど雰囲気から、自身を嘲る言葉ではないと理解した。とすれば、彼らが野良犬なのだろうか。先ほども、太った男に犬取丸がそう呼ばれていたが。
「なぁ、紹介するぜ狼の旦那。オレらは野犬党」
 野良犬だなんだと馬鹿にされた、捨て子の群れだと犬取丸は胸を張る。
「お前がなんで追われてンのか、確かな事は知らねぇが……犬が狼に助けられたんだ、礼の一つくらいは受け取ってくれるよな?」
 そう言って、犬取丸は泥だらけの団子をひとつ、玄獣狼に差し出した。
 なんだよその団子と、野犬党の童たちは口々に文句を言ったが……腹の減った玄獣狼は、じっと犬取丸の瞳を見つめてから、バクリと団子を一飲みにする。
「おッ、良い喰いっぷりじゃねぇか、狼の旦那!」
「……ヴォウ」
 それから玄獣狼は、小さく鳴くと、腰に下げた袋から、一枚の札を取り出す。
『玄獣狼』と、札には彼の名が刻まれているのだが……犬取丸は札を受け取り、目を細めてから首を傾げる。
「なんて書いてあんだ? オレ、字ィ読めねぇんだよ」
「……」
 困惑の気配を察し、札を回収しようとする玄獣狼。
 だが一歩前へ出た途端、ズンと彼の身に痛みが走った。武士に射られた矢のせいだ。
 痺れたように立ち止まる彼に、野犬党の童たちは顔を見合わせる。
「ボサっとすんなよ。なんか縛るモンと……あー、水か?」
「湯だろぉ。沸かしてくるよ、待ってろ」
 溜め息を吐き、大きな童が動き始めると、他の童たちもわらわらと駆け回った。
 ある者は玄獣狼の傷の具合を見、あるものは彼を横たえる場所を確保する。
「頼りになンだろ? 今湯を沸かしに行ったデカいのが、爪助。あっちで片づけてんのが牙太郎で、この小っこいのが……」
「犬兄ィ、札、寄越せ。読んでやる」
「……狗尾彦くびひこだ。みんな良い野良犬だぜ」
 仲間を紹介する犬取丸から、年少の狗尾彦が札をぶんどる。
 白く柔らかそうな面相を顰めさせ、狗尾彦は札を見つめると、「げんじゅうろう、だ」と刻まれた名前を読み解いた。
「黒い獣の、狼。で、玄獣狼」
「げんじゅうろう。へぇ、これ玄獣狼って読むのか。よろしくな、玄獣狼!」
「うぉん……」
 名を呼ばれ、短く返事をする。
 その名を呼ばれたのは、果たして幾か月振りであっただろうか。
 敵を討ちに国元を出て以来、玄獣狼の神経は常に張り詰め続けていた。頼るものなく、明日の命さえ知れず。今も傷が膿めば命に差し障るだろうが、少なくとも……犬を名乗るこの童たちは、信じても良いのだと直感した。

 それから数日の間、玄獣狼は野犬党と共に過ごした。
 といって、何をするわけでも無い。ただ射られた傷を癒しながら、のんびりと犬取丸の帰りを待つばかりである。
 野犬党の生活は、犬取丸が支えていた。彼が日々持ち帰ってくる食糧は、恐らくは先日の団子と同様に、町から盗んだモノだろう。時として、爪助と呼ばれた大きな童が同行したり、牙太郎という眼光鋭い童が計画を練ったりとしていたが、大半の場合、実行するのは犬取丸である。
 犬取丸たちが仕事に掛かっている間、他の童は廃寺で過ごしていた。
 皆、犬取丸と比較しても更に幼い童たちである。六つか、七つ。狗尾彦と呼ばれた色白の童は、そんな年少の童のまとめ役であった。落ち着きの無い彼らに構い、遊び、時には物語を語って聞かせる。その声には気品が漂っており、他の童とは何かが違うと、玄獣狼に思わせる。
 賑やかで、暖かな数日だった。廃寺に大人の浪人が近寄ろうとした折は、玄獣狼が吼え、退散させる。玄獣狼が居れば安心だと、帰った犬取丸たちは彼を褒め、礼にと黒く美しい毛を、割れた櫛で不器用に漉く。
 このままここに居てくれよと、何度か懇願された。力なき童の群れである野犬党には、玄獣狼のような強い用心棒が必要だ、と。言葉の通じない玄獣狼にも、彼らが何を望んでいるのかは分かっていた。そう在るのも悪くはない、とも。……けれど。
「『碓氷白波 白衣の剣士 師・武路譲羽の敵』。……面相書き。玄獣狼、探してる」
 玄獣狼が示した木札を、狗尾彦が読む。それは玄獣狼が国元を発つ際、仲間に頼り用意してもらったモノだ。玄獣狼はその男、碓氷白波を討たねばならぬ。
「お師匠さんの敵、なァ。大事な人だったのか?」
「おん」
「例えば、オレらにとっての野犬党の仲間くらいに、か?」
「おん」
「……なら、仕方ねぇよなぁ。はー、ッかし残念だぜ」
 事情を知った犬取丸たちは、玄獣狼を引き留めなかった。
 大切な者や、それを奪われる辛さが、彼らには分かっていたのであろう。
 やがて傷の癒えた玄獣狼を、彼らは揃って送り出した。一人一人が玄獣狼の黒い毛並みを抱き締め、「気を付けろよ」と祈りの言葉を口にする。玄獣狼は彼らの涙を舐め、謝意を示す咆哮を上げると、街道を歩み出す。
 急くべきではあった。数日足を止めている間に、碓氷白波はより遠くへと行ってしまったかもしれない。それでも玄獣狼は駆けなかった。今日だけは、もう少し。野犬党と過ごした暖かな……久方ぶりの幸福を、惜しんでいたい。

 そうしてゆるりと街道を進み、夕暮れの事だ。
 町の方から、はぁはぁと息を荒げて駆けてくる者がいた。その気配と匂いに、玄獣狼は覚えがある。しかし、まさか? 振り返る玄獣狼を待ち受けていたのは、汚泥と血に塗れ、憔悴した犬取丸の顔である。

「げんっ……じゅ、ろ……よか、追いつ――」

 ゆっくり進んだとはいえ、あれから半日以上。
 童の脚で追い付くのに、どれだけの力を振り絞ったのだろう。息を切らせる犬取丸に、玄獣狼は厭な予感を抱く。まさか。まさか、まさかだが。

「殺されたッ! 爪助も、牙太郎も、狗尾彦も小せぇガキ共も、全員ッ!」

 掠れた絶叫に、思考が淀む。
 その時玄獣狼に伝わっていたのは、彼らの名と、犬取丸の感情だけ。それで察するには十分だった。殺された。野犬党の童たちが、犬取丸を除いて全て。
「オレが……オレだけが、追い付けるからって、牙太郎がッ……助けて貰えって、なぁ、玄獣狼ォ、送り出したってのによォ、でも――」
 げほっ。噎せて膝を付く犬取丸に、玄獣狼が鼻先を寄せる。ぎゅっと犬取丸は彼の毛を掴んで、彼を見上げて続けた。
「たす、けてやってくれよォ、あいつ等を、オレの家族を、なァ……!」
 誤解があった。
 玄獣狼に助けて貰うべきなのは、犬取丸自身である。そも、野犬党の仲間は皆殺しにされている。犬取丸はそれを見ていたし、たった今玄獣狼に対し口にもした。
 それでも、心が受け付けなかったのだろう。牙太郎の言葉を、野犬党の皆を助けて貰うという意味だと思い込んだ犬取丸は、彼に縋って言うのだ。

 殺してくれ。
 オレの大事な人たちを奪った、あいつらを。

「――…………」

 玄獣狼に、犬取丸の過ちは理解出来なかった。皆殺しにされたのなら、今になって自身が戻っても、なんの解決にもならない。殺された者は殺されたまま。神でも仏でもないのだから、死んだ彼らを助けることなど、玄獣狼には出来ないのだ。
 代わりに想う。野犬党と過ごした数日を。久方ぶりに名を呼ばれ、毛を漉いてもらい、安心できる場所で暖かな眠りに就いた、あの何日か。童たちの、笑顔。

 オォォォォォンッ!

 昇り始めた月に、玄獣狼は吼える。
 奪われた。奪われた。奪われたッ!
 大切な者を。穏やかな時間を。在るべき場所を。進むべき明日を。奪われたッ!
 犬取丸の絶望は、師を奪われた玄獣狼の絶望である。
 であるなら、胸に湧いたこの憎しみも。玄獣狼の物であり、犬取丸の物であろう。
 玄獣狼は唸り、犬取丸を己が背に乗せる。
「そうだよな、行ってくれるよな玄獣狼ォ!」
 ダンッ! 地を駆け、町へと舞い戻る。背中を抱く犬取丸の力の強さだけ、黒土を蹴る玄獣狼の脚にも力が入る。許さない。絶対に、許さない。
 殺してやるッ! 叫んだのは玄獣狼か犬取丸か、互いに判別が出来なくなっていた。
 半日駆けた道のりを、半刻で戻る。玄獣狼の過ごした廃寺は、火に包まれていた。ごうごうと燃ゆる焔から、焦げた脂の臭いが漂う。何から発せられる臭いなのかは、問うまでも無い事だ。ヴヴヴと玄獣狼は唸り、寺の周囲を見遣る。火を付けた武士が三人。辺りを警戒する武士が四人。七人の武士は境内に表れた魔狼の姿にどよめき、互いに声を掛け合って集まった。
「まさか本当に来るとはな、バケモノめ」
「バケモノ? 玄獣狼はオレらの仲間だ、気の良い狼だッ!」
「見ろ、野良犬が乗っているぞ。死に損ないが。貴様も仲間の元に行かせてやる」
 そう言って、三人の武士が刀を抜き、四人の武士が弓を構える。中には先日、玄獣狼に矢を射掛けた武士もいた。
「気を付けろ、奴は俊敏だ。油断すればあの爪か牙で――」
 武士が警戒を促そうとした折り。
 玄獣狼は体側に提げた刀の柄を、ぐわりと強く咬み、ずるり。
 銀色に輝く大太刀を、ごくごく自然に抜き放った。
「……っ!」
 玄獣狼が刀を佩いている事は、最初から明らかではあったのだが。
 よもや本当に抜くとは思っていなかったのだろう。玄獣狼の体に合わせ大きく湾曲した刃に、武士たちは息を呑んで。
「虚仮脅しだッ! 獣に剣など扱えるモノか、牙が使えない分こちらが、」
 有利だ、と口にする武士だが、言葉が音となることは無かった。
 その前に、首が刎ねられたからである。血を噴きながらころりと落ちる武士の首は、死の寸前に垣間見る。怒りに毛を逆立たせる、黒い狼の剣士の姿を。
 ひゅんっ。玄獣狼が一人を始末すると、すかさず四本の矢が彼ら目掛けて飛んでくる。だが無意味だ。先日の様に玄獣狼は甲冑にてそれを受けると、ザンッ。土を蹴り、一挙に後衛の弓持ちへと寄る。
 二人。横並びの武士の胴を、玄獣狼の刃が薙いだ。彼らは鎖帷子を身に着け体を守ってはいたが、玄獣狼の膂力を前にしては、紙切れも同然である。内腑を両断された武士の、背骨で刃はどうにか止まる。玄獣狼はそのまま力任せに首を振り抜き、力を失った武士の亡骸を、ゴミの様に投げ捨てた。
「ひ、ぁッ……」
 恐慌に陥りかけながらも、残る二人の弓持ちは、武器を刀に持ち替える。こうも寄られて、今更弓など邪魔なだけ。彼らの判断は正しかったが、間違ってもいる。どう足掻こうが、彼らが玄獣狼に敵うことなど無いのだ。
 ヴァウ。唸りを上げた玄獣狼は、振り下ろされた相手の刀を、トンと後方に跳んで避け、ダン。反動をつけ踏み込んで、相手の右胴に刀を振るう。
 武士はこれを読んでいた。玄獣狼は、大太刀を左へ向けて咥えている。されば斬撃は己が右に来るものだと、少しでも知恵のある者なら理解が出来る。
 だがやはり、間違っているのだ。剣筋を防ぐよう置かれた刀は、玄獣狼の太刀によってバキリと音を立てへし折られる。そのまま、ざくり。帷子の上から食い込む刃が、武士を致命傷へと追い込んだ。
 恐るべきは、玄獣狼の膂力である。三尺五寸の大太刀は刀身が厚く、幅広い。硬く打たれたその重量は並大抵の太刀とは比べ物にならず、人力で扱う事は現実的でないと言って良い。玄獣狼はその大太刀を己が顎で確と構え、首の力で振るうのだ。そうして生まれる破壊力が、打刀を折り、鎖帷子を布切れ同然にしてしまう。
 そんな尋常ならざる剣士に、挑もうというのがそもそもの間違いなのだ。
 腰からばっくりと二つに割れた武士の横で、青褪めた武士が土を蹴る。逃げる、という判断が出来なかったのは、背を向ける方が恐ろしいと感じたからだろう。震える体で、しかし本能的に玄獣狼の右へ回ろうとする武士の目玉を、玄獣狼は身を翻して串刺しにする。
 あとは……二人。


※ここまでです。

公開の仕方含めて、まだちょっと検討中。
でも書き進んだらちゃんと公開する予定なので、しばらくお待ちくださいね。


いやーしかし、受賞有難いな……
……コメンタリー怖いな。続きが冒頭の期待感に沿うモノか不安だな。
螺子巻ぐるりは心配性であった。ともあれ、非常に嬉しいことでした。
賞に投稿した『玄獣狼』を読んでくださった方々、シェアしてくださった方々、そしてTwitterの方でお祝いの言葉を下さった方々。本当にありがとうございました!


https://kakuyomu.jp/works/16816700426536827158

※ちなみに一番多く書いてるのは児童文庫向けの公募作品です。こちらも気になったらぜひ。


サポートしていただくと、とても喜びます! 更に文章排出力が強化される可能性が高いです!