【キー28】短歌ー日常世界からの脱線
我々が普段「日常」と呼ぶものは、定型化・標準化された体験の繰り返しのことで、だからこそ高級ホテルに泊まるとかアーティストのライブに行くとか海外旅行に行くとか、何にせよ比較的珍しい特別な体験を我々は「非日常」と呼ぶ。
ここでいう「非日常」は、「日常」の対義語として、つまり、今日や明日や来週も続いていくであろう日常生活(朝起きてニュースをみながら歯磨きをして、家を出て最初の角を右に曲がって、〇〇駅の2番線のはじっこのドア前に並んで・・・)の正反対の概念、として、僕たちの生活の遠くにあるもの、として捉えられがちだが、非日常にも色々あって、実際は日常の隙間にいろいろな非日常が挟み込まれている。安定走行を得意とする僕たちはその隙間に落ちないように意識せずに歩けているだけだ。
そんな隙間に片足のつま先が何かの拍子に引っかかって、がくっとコケてみえた世界。
もっと言うと、日常と「正反対に在る」というにはあまりに近すぎる、日常から一歩(あるいは半歩かもしれない)脱線するとその尾っぽが見えるような「日常のお隣の非日常」の世界。
を見てみたい。
日常を非日常へ脱線させるテクニックとして、生活でよく聞く言葉(=日常)をアレンジする手法がある。
【期間限定】お得なキャンペーンは月曜の折込チラシをご覧ください! という常套句に、「幻想の役割」が差し込まれることで、折込チラシがみるみるまに非日常への切符になった。
こういう つくり の短歌はポップで手に取りやすくて楽しい。
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まずは有名どころから。
日本ほど「学校が強い」国はないと聞いたことがある。
標準化された日本の学校のブレなさや統一感というのは他国のそれと比べても非常に強固なもので、日本人がみんな同じ体験をそれぞれの学校でしている。だからこそ「学校あるある」はウケをとる近道だと、あるお笑い芸人が言っていたのを聞いた気がする。(気のせいかもしれない。)
標準化された学校というのは、この短歌でいう「順に」「配るから」「各自〜しておくように」のようなことで、日本で義務教育を受けた人の多くが同じような言い回しを聞いたことがあるから、そこから一歩道を踏み外したような「寝た者から」「明日を配る」「わくわくしておくように」がトビキリに特別なものに感じられるのだ。
学校から脱線して詩歌の世界へ行ってしまう、だと他に
など。
たまたま両方とも算数・数学からの脱線だが、方程式をいくつも渡り歩いて未知の解を探る感じや、一般に抱かれることの多い「数学は難解だ」というイメージが、僕たちの意識を別世界へ飛ばし安くしてしまうのかもしれない。
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学校関連でもう一首。
歌集や文芸誌だと短歌の多くは縦書きに書かれていて、この短歌を初めて読んだ時、つまり、上から「いいですか」と順に読んでいったときの、最後に世界が180度ひっくり返ってしまったような感覚は忘れられない。
壇上で話す先生や講師が別の世界へ足を踏み外してしまっている様。
それを一段低いところからみている児童や生徒の抱く怖さったらないだろう。
駅のアナウンスというのも、学校と同じように規格化がしっかりとなされている。
この一首を読んだ僕の気分としては「ご迷惑になります!!!!」「ご注意ください!!!!」という感じだ。「Look at ME !!」と皆の視線を集めに行く「気概」。ただ、あくまで気概。現実の僕は常識的で、そんな奇行へ踏み切る勇気はない。
だからこそ短歌の見せてくれる奥行きのある世界が、僕の心をひきとってくれるようで心地よい。
駅のアナウンス絡みだと他に、
など。
脱線の短歌(と僕が呼んでいるもの)は、みんなが聞いたことある言い回しに詩情を帯びさせて作られたものだけではない。
言い間違い や 聞き間違い も日常に潜む脱線ポイントだ。
多分だけどこう言う体験が雪舟さんに実際にあったんじゃないか。寝る直前の電話って脳の処理能力を下げている途中のものだから、こういう聞き間違いが多発しやすいような気がする。
普段の会話なら気にもとめないのだけれど、よりによって おやすみなさい の中に聞こえると真実味が増して聞き返してしまうのだろう。
似たような一首に
(まず長い歌集のタイトルに目がいき、次に作者の読み方が気になる)
(日魚子 で かなこ さんと読みます)
など。
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非日常に思考をぴゅんと飛ばす方法としては他に、目にうつっている日常の背景や裏側に思いを馳せるやり方もある。
ここからさらに、そもそも非日常な出来事に対して、その裏側を見ようとすると現実には帰って来られないような気がしてこわい。たのしい。
こうも真剣な顔をして言われたら、この地球にはそういう海があるのかと信じ込んでしまう。
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「脱線」というテーマの文章で電車の歌をたくさん扱うのも気がひけるが、最後に、木下さん作の新緑の時期にふさわしく気分を明るくしてくれるような一首を。
今年も満員電車でどんな人たちと時間を共に過ごすことになるのだろうか。
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