【キー25】他人-シチュー
前回
シチュー
僕の通っていた小学校では6年生になると、二学期の後半から1組の1班から順番に校長先生と給食を食べるというイベントがあった。当時、僕は6年2組だったから3学期にはいってすぐくらいに順番が回ってきた。
その日もいつものように教室で給食をよそって、4階にあった教室から1階の校長室までお盆をひっくり返さないように慎重に階段を降りた。
僕は当時学級委員長をやったりするリーダーキャラだったから、階段も5人班の先頭に立って降りていったし、校長室のノックも僕がした。
多くの児童にとって校長先生と話す機会は滅多に多くない(だからこそこういうイベントが用意されているわけだが)。
朝礼で長い話をしている偉いおじいちゃん、というのが小学生の僕の認識している校長先生だった。それは他の班員も同じで、校長先生と一緒に給食を食べられるぞ!と担任に煽られても別に話すことがない。
正直、気まずい。し、校長先生も僕たち一人ひとりのことを知っているわけではないから、「学校は楽しい?」とか一般的な質問しかしてこない。正月でしか会わないよく知らない親戚の人、みたいな距離感で、6年生にはちょっとウザい。
給食時間は40分くらいあって、質疑応答でもった時間はせいぜい10分かそこらだったと思う。壁にかかっている豪華な時計を見てまだ30分あるのかよとか思ったり、コッペパンのおかわりジャンケンに参加できなくて最悪だ、とか思ったりする空気だった。
するとこの雰囲気を打開しようと思ったのか
「ねえそうだ、みんな」膝に手をおいて校長先生は話し出した。
「どうしてみんな なのか知ってる?」
シチューを飲んでいた僕はうまく聞き取れずに聞き返した。
なにをですか
「どうしてみんなおっぱいがあるのか知ってる?」
え、
「男の人にもどうしておっぱいがあるのか知ってる?いらないと思ったことない?」
最悪だった。
当然、班のメンバーには女子もいた。これ普通に女子キモがってるんじゃないか(セクハラという言葉を当時は知らない)とか、変に大人じみた俯瞰の心配も言われた一瞬の内にした覚えがある。
僕は助けを求めるように隣の男子の友達の顔をみた。
「う〜ん・・・」
彼は彼で、なんとか返事を返そうと照れもまざったような気難しい顔をしていた。僕はいつも陽気な彼のこんなに困った顔をそこではじめて見た。
これって無邪気な小学一二年生とかにいう話だろ。なんで思春期の俺らに話すんだよしかも女子の前でしかも給食中にしかも校長先生が。というのをまとめると「意味がわからない」になって、それが脳内を走り回っていたのをよく覚えている。
今思い起こしいても最悪の一手であったことは間違いなかった。
しかし校長先生はその後も話を続けた。
「もともと男の人は女の人から進化して誕生してね」
「おっぱいもその名残なんだ」
僕はその日はじめてシチューを残した。
◯
マナー講師
4月に入社して二週目だったか、ビジネスマナー研修というのがあった。
2人のおばさん講師が名刺の交換とか電話の応答の仕方とかを教えてくれるという、内容は想像通りのものだった。
昼休み、僕はお弁当を食べおわって本を一冊鞄から取り出した。タイトルは『老人ホームで死ぬほどモテたい』。当時話題になっていた上坂あゆ美氏の歌集だ。
すると、僕の隣の机で休んでいたマナー講師のひとりが話しかけてきた。
「すごいタイトルの本ね」
研修中の厳しい様子からは想像できないほどフランクだった。
衝撃的なタイトルですよね。
適当に相槌を返した。
どんな本なの?
歌集ですね。短歌の。
あー短歌。最近流行ってるらしいものね
そうですね、朝ドラとか話題になりましたもんね
正直放っておいてほしかったが、幸いこれくらいの世間話をする社交性は持ち合わせている。
ちょっと見せてもらってもいい?
どうぞ
手渡すとマナー講師は中をパラパラとめくって、
「中は普通におちついているのね」
と言った。
そうですね、短歌を全く知らずにタイトルだけで買った人は肩透かしをくらうかもしれないです。
とかなんとか相槌をうっていたらマナー講師が続けた。
「でも老人ホームって実際、アッチの方はすごいらしいものね」
僕には一発でどういうジャンルの話かわかったから、「アッチ」が片仮名でしか見えなかった。
もう1人のマナー講師はわからなかったようで聞き返した。
「えどういう意味ですか」
「性欲が強い人もいて大変らしいってことよ」
「えーそうなんですか」
「えーそうなんですか」じゃないよ最悪だ。
「そんな話どこで聞いたんですか?」
「老人ホームで働いてるヘルパーの友達がいるんだけどね、」
なんか盛り上がってるしなんでだよ。
僕はへーそうなんすね と言ってさりげなくそのマナー講師の手から本を取り返した。
初対面の相手の読んでいる本をタネによく勝手に下世話な話ができるな、と普通に怒れたしイライラしたので残りの休み時間は突っ伏して過ごした。
僕はこの日からマナー講師を信じていない。
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