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安藤昇のわが逃亡とSEXの記録

シュールレアリズムという言葉がある。日本語にすれば、超現実主義ということだ。

自らが引き起こした事件を、自らが映画の中で再現する。ある意味で超現実主義なのではないか。

『安藤昇のわが逃亡とSEXの記録』は、昭和33年当時、安藤組組長であった安藤昇が実業家、横井英樹(のちにホテルニュージャパン事件を引き起こし世間の耳目を集める)を襲撃してからの逃走劇を描いた作品である。

で、あるから、ある意味実録やくざ映画とも言えるのだが、監督は日活ロマンポルノの田中登。

東映三角マークイズムとロマンポルノの融合とも言える作品であり、暴力に特化した当時の東映と、エロに特化したロマンポルノが当時、共闘関係にあったことを証明する作品でもある。

だからオープニング、安藤昇はロマンポルノの女優と言ったらとりあえずこの人、絵沢萠子をバックから犯していたが、そこへ子分が組の鉄砲玉である蟹江敬三が横井を狙撃したとの知らせを入れに来る。

この蟹江敬三。結核持ちでいつでも血反吐を吐いている。

小松方正は真っ黒に塗られたゴーグルを装着させられ、安藤組の連中に車の中に引き込まれた。そしてゴーグルを外し、着いた場所を確認すると、そこはどこかのバーのようであった。

「で、横井(作中では名前を変えている)はどうなったんだ」

「なんでもね。腕から入った弾が肺に入って、内臓まで届いたらしいですよ。全治二ヶ月は硬いところですな」

「そのあとヤツはどうなると思う」

「なあに。ヤツのことだ。治りゃまたピンピンするに決まってますよ」

小松方正は記者らしく、安藤に情報を提供するのであった。

警察から追われる身となった安藤。

子分たちに全国に散るように命じる。そして自らは愛人宅に転がり込むのであった。そして、そこで愛人と終始情事にと言おうか、もっとぶっちゃけた言い方をすれば、Sexに及ぶのである。

簡単に言ってしまえば『安藤昇のわが逃亡とSEXの記録』とは、安藤がRun & Sexを繰り返すだけの映画と言っても過言ではない。

逃げる。Sexをする。逃げる。Sexをする。ただそれだけのことを描いている映画と言っても差し支えない。

ただセックスシーンは、さすがに田中登だけあって上手いものを感じさせる。

ライティングとかすごく凝っているし、構図の取り方などもいい。

愛人Aはまだあどけなさを感じさせる女であった。

当然、このAともSexに及ぶのであるが、一発決めたあとAはわたしも一緒に逃げると言って、トランクに荷物をまとめるのであったが、安藤からビンタを見舞われた。

「おめー。まだガキなんだぜ」

安藤と常に行動を共にするのが石橋蓮司。安藤のことを社長、社長と言って慕っている。

その石橋蓮司が次にどこに行きましょう、と聞くと安藤は自宅だと言う。

「そんな危なすぎますよ」

と石橋蓮司が言うと、すぐさま安藤にぶん殴られた。

「灯台下暗しって言うじゃねえかよ」

案の定、自宅は警察に見張られていたが、安藤はボストンバッグ片手に警察の目をくぐり抜け、我が家へと入っていった。

そこには当然妻がいた。だが妻は安藤が帰ってきたことにさして驚いた態度は示さなかった。むしろ、すぐさま安藤の体を求め四ヶ月振りのSexに及んだ。

結局、妻とは二発やった。

「ボウズになんか買ってやれや」

そう安藤は息子のために札束を置いていくと、また潜伏先を変えるのであった。

で、またそこでSexに及ぶのである。先にも書いたが、ただそれだけの映画である。凡作と言えば凡作である。

だがこの作品の監督、田中登はロマンポルノで世紀の傑作『(秘)色情めす市場』をものした男である。

あの作品は時空を超えて見る者すべてに衝撃を与えるが、公開された当時、邦画界は、この作品に色めき立ったに違いない。

それが証拠に深作欣二は自作であり、やくざ映画の極北と呼ばれる『仁義の墓場』において、『(秘)色情めす市場』を再現した。

大阪のドヤ街、釜ヶ崎に潜伏した渡哲也。そこで『(秘)色情めす市場』の主演女優である芹明香演じる娼婦と寝るが、

「こんなことより気持ちいいことあるんやでー」

とシャブを打たれ、シャブ中への道を真っ逆さまに落ちていくことになる。

かように邦画界は、『(秘)色情めす市場』とそれを生み出した田中登という才能に注目をした。

そして田中登は東映に招聘されて『安藤昇のわが逃亡とSEXの記録』のメガホンを取ったのだが、ふたを開けて見れば安藤がRun & Sexを繰り返すだけの映画になってしまったことは免れない。

いや。「逃亡とSEXの記録」と銘打っているのだから、タイトルに偽りなしといったところか。

さらに田中登には『神戸国際ギャング』という、やはり健さんがセックスシーンに挑んだ作品もあるのだが、これも凡作に終わったと言えるだろう。

だがこれを田中登一人のせいとすることもできないであろう。

そもそも東映京都撮影所は外部の人間に恐ろしく、非協力的であったと聞く。そんな完全アウェー状態の中で田中登が才能を発揮させることができなかったということもあったのではないだろうか。

石橋蓮司は安藤に、安藤の予科練の同期生田所の世話になってはどうかと言うが、安藤は田所はカタギで住む場所が違うと言った。

賭場にやってきた安藤。

「あっ。安藤さん」

そこで遊んでいた客たちは色めき立つ。

「こんなところで遊んでいるほうが安全だぜ」

「ちげえねえや。安藤さん。絶対に捕まんねえでくださいよ」

だが階下で石橋蓮司が呼んでいると聞いた安藤は、その部屋に行ってみる。

「社長。田所さんを呼んできたんです」

「ヤローッ!」

安藤から殴る蹴るの折檻を受け、鼻血を流しまくる石橋蓮司。するとそこへ、

「もう。そのへんでいいんじゃないか」

と言って、現れたのは誰あろう、肌がやや黒めな小池朝雄であった。

「水臭えじゃねえか。しばらく俺の家でゆっくりすればいいんだよ」

「すまねえ」

田所が何をしているのかは知らないが、彼の家は豪邸だった。

そのソファーに並んで座る田所と安藤の二人。

「なあ。安藤よ。俺たち二人は予科練の同期だった。世間じゃ戦後は終わったなんて言っているが、俺たちには戦後なんてないんだよ。覚えているだろ。ボンベを背負って水中に入り、棒の先に着いた爆弾を持って、二時間でも三時間でも耐えていたことを。あの呼吸法のことを」

「鼻から吸って口から吐くか」

「ああ。そうだよ。間違って呼吸した西田はガス中毒で死んだ。鈴木のヤツはヘルメットが爆発して、顔面が原型を留めてなかった」

そんな戦中派の思い出話を田所は、くどいほどしたが、警察の目を盗んで安藤の愛人Bを自宅まで連れてきて、自分たち夫婦はゴルフに行くから二三日留守番していてくれとオツな計らいをした。

なぜか分からないが、安藤は冷蔵庫にあったボンレスハムやリンゴを肘切り出し、それをガツガツと貪るのであった。

窓の外にはフラフープをしている子供達がいる。それを凝視している安藤の

目のアップ。するとモノクロ映像にて戦後の記録映像が、走馬灯のように映し出される。三振する長島に空手チョプを決める力道山など。

再びフラフープを子供達が映し出される。

このシーンは何を意味しているのだろうか。さらに安藤が意味もなく、戦艦のプラモデルを作っているシーンもある。

これらのシーンさらに安藤の横井英樹襲撃事件を通じて、日本の戦後を描き出すということにしては不十分すぎる。とにかく作品の9割はRun & Sexで占められているのだから。

愛人Bはストリッパーなのだろうか。

夕食時、

「久しぶりに安ちゃんの前で踊りたくなったわ」

なんていうと、レコードをかけ黒のパンティ一枚になるとエロく踊り出した。テーブルの上に並んでいたソーセージをくわえながら、腰をグラインドさせるB。

ブルースハープの切ない音色に乗せて、エロダンスを披露するB。ちなみにこの作品のサントラは、なぜか泉谷しげる。

そのままベッドに向かうBと安藤。

ここでの安藤はマグロのように動かない。むしろ騎乗位になったBがエクスタシーの頂点に上り詰めていく。

窓から朝日が差し込み、部屋全体が白い明るさに包まれる。

そこにはうつ伏せになってベッドの上で寝ている安藤がいる。ケツの部分には服がのっけてあるが、どうせなら生ケツを晒して欲しかった。

Bは安藤のシャツに口紅で、どうせ捕まるならわたし一人だけのものになって、みたいなことを書いて、家を出て行った。

そして、電話ボックスに入ると110とダイヤルを回すのだった。

安藤の枕元でベルが鳴る。

出てみると石橋蓮司からの電話で、そろそろ移動しないかという。

「俺も潮時だと思ってたんだぜ」

石橋蓮司の車が到着すると、安藤はその助手席に飛び乗った。そして車は出発する。それと入れ違うようにパトカーが到着し、警察は田所亭に踏み込んだが、そこはすでにもぬけの殻であった。

葉山の別荘に到着した安藤と石橋蓮司。

テレビでは全国に散らばった子分たちが、次々にパクられたというニュースをやっていた。

蟹江敬三と子分Aは甲府のドヤ街のゴミ捨て場で、方や血反吐を吐き、片や腕にシャブを差し込んでいた、でそこにある生ゴミを見たら、なぜかゲロ巻いてしまったというところを警察に包囲され、抵抗虚しく逮捕された。

逃走中、売春宿で娼婦の口に拳銃を差し込んだ子分Bは、山奥に逃げたが追い詰められ山小屋に逃げ込んだ。

するとそこにはケースの中に、てんこ盛りのダイナマイトがあり、Bはこれ幸いとダイナマイトをドカドカと警察に向かって投げ込んだが、スナイパーによって足を狙撃され大量出血。

それでもめげないBは腹に巻いていたサラシを足に巻き、止血をしてさせらダイナマイトを警察に見舞ってやろうとしたが、力及ばすに爆死した。

そんなこんなが報じられるテレビを安藤はスーツで包んだ。

葉山の浜辺を歩く安藤と石橋蓮司。

「おりゃもう香港に高飛びなんてしねえよ。俺たちゃ最初からばい菌だったのよ。ばい菌は仲間が死ねば死ぬほど、その菌をくわえ込んでより強くなるのよ」

安藤はなんだかよくわからない持論を、とうとうと語っていた。

その安藤の目に日傘をさした貞淑そうな女の姿が映る。

「ばい菌はばい菌らしくやってやろうかーっ!」

「よっしゃーっ!」

別荘のプールサイド。

女を腰の上に乗せ犯している安藤がいる。石橋蓮司は程よく離れた場所で、帽子を目深にかぶり座っている。

まるで白昼夢のような時間が流れる。

「やめてください。ああーっ」

安藤は無言で腰を動かし続ける。と、そこへ巡査、機動隊たちが大挙して現れるが、石橋蓮司は拳銃を乱射し、なんとか抵抗を続けるのであるが、その間もSexをやめることのない安藤。

石橋蓮司の拳銃が空になり、ヤツは警察にプールの中に引きずり込まれた。

「社長—っ!社長—っ!」

「安藤昇!逮捕する!」

手錠をかけられた瞬間も安藤はSexをしていた。

パトカーで連行される安藤。

その車中、両脇を刑事に固められながら安藤は、自らの手を股間に持っていくとオナニーを開始した。

「こら!安藤!なにをしているんだ!」

「おめーらが最後までさせねえからよ」

「安藤! いい加減にしろ!」

それでもオナニーを続ける安藤。

いかにこの作品が凡作であろうとも、連行されるパトカーの中でオナニーをするというこのシーンは、映画100年史に残るものだろう。

パトカーに並走してくる一台の車がある。

それは小松方正記者が完全に、窓から上半身出してハコ乗り状態で走っている車であった。

「安藤さん!今の心境を聞かせてください!」

「天皇陛下になったような気分だよ」

そう安藤は訳のわからないことを口走った。

そして昭和33年。実際に捕まった時の安藤の記録映像が映し出される。そこに浮かぶ完のエンドマーク。

伏線も何もない。クライマックスと言えば安藤がオナニーをしたところだろうか。

とにかく安藤が逃げる、Sexする、逃げる、Sexするを繰り返すだけの映画であった。

だが安藤昇という男は実際に、約一ヶ月間に渡り、この逃走劇を繰り広げたのである。

男なら一度は見ておくべき映画だと言えよう。


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