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花嫁吸血魔

「狸映画を撮れ!狐映画を撮れ!各社が気取った映画を撮っているうちに、お化け映画を撮るんだ!」

この主張は非常にクールだ。新東宝社長、大蔵貢がこう言ったかどうかは分からぬが、まさに大蔵体制における新東宝は、今で言うところのモンド映画を量産していった。

もともと新東宝という会社は、東宝が50年代において争議状態に突入し、映画製作ができなくなった際に作られた衛星会社のようなものだった。
だから設立当初は成瀬巳喜男などの名匠と呼ばれる監督たちが、文芸映画などを製作していたが、争議が収束すると新東宝そのものの存在意義はなくなった。

だがここに一人の男が現れた。それが大蔵貢である。もともと活弁士上がりの大蔵は、その独特の嗅覚を持って、新東宝を買い取り大蔵体制のもと、先に書いたような狸映画、狐映画、お化け映画を世に送り出していくことになる。

そこには独自の配給網も持たない弱小映画会社である新東宝が、その逆手を取って他社では撮ることのできない猟奇性、露出性、怪奇性、つまりエログロナンセンスで勝負してゆくという姿勢がはっきりと打ち出されていた。

そんな大蔵体制の1960年。世に送り出されたのが『花嫁吸血魔』である。

主演は当時、新東宝の看板女優だった池内淳子。基本的に作品は池内淳子を中心とする人間たちの恋の駆け引きを中心に進んでゆくのだが、そこに強引に猟奇性と怪奇性がぶち込まれる。

映画のオープニング。突然、片目が飛び出ているようなせむしの男が現れる。しかも、この男が唖である。この時点で今の映画界やテレビ界ならコンプライアンス的に即アウトってなもんでしょ、という具合だが、そのせむし男はビッコを引きながら森の奥深くに分け入っていく。

するとそこには屋敷があり、その重い扉を開くと、洞窟が広がっており、そこには祭壇があった。
その祭壇の前にはシャーマンのような格好をした老婆が座っていた。で、その老婆の顔がアップになると、これまたあばたというかとにかく顔面中がブツブツだらけ、という手の込みよう。

ちなみに祭壇の脇に「急急如律令」と書いてあるのを、俺は見逃さなかった。

さらに祭壇の脇には大きな甕があり、その水の中に老婆が手を入れ、呪文を唱えながら水をかき回すと、そこにバレエのレッスンをしている娘たちの姿が写しだされた。

そのバレエのレッスンをしている娘こそ、この作品の主演女優池内淳子であったが、彼女は男からモテモテになるがゆえに、他の女たちからは妬まれるという、いわゆる、
「なによ。あのコばっかりさ。頭きちゃう」
的なタイプであった。だからと言って池内淳子から男に色目を使ったり、という訳でもなかった。彼女の自然な魅力が男たちを放っておかないのである。

トッポい感じの芸能記者がいた。ヤツは池内淳子と同じ女優養成学校に通っている娘と付き合っていたが、俄然池内淳子に関心が出てきたようで、それまで付き合っていた女にはつれなく振る舞うようになっていった。

池内淳子の実家は抵当に入っていて、弁護士みたいな男がやってきて、病床の母に家から出ていくことを告げた。そんな母を心配してか、池内淳子はこう言う。
「お母さん。わたし、学校を辞めるわ。そして女給でもなんでもいいから働こうと思うの」
「そんな心配をしなくてもいいんだよ。一度決めた道じゃないか。最後までやってごらん」
「ええ」

その直後、池内淳子は極光映画という映画会社からのオファーにより、いきなり主演女優に抜擢されることとなった。
だがその話を聞いてやぶさかでない女がいた。女は養成学校の校長から、主演女優は間違いないと言われていたのだが、その話を池内淳子が持って行ってしまったのだ。
彼女は池内淳子を恨んだ。

1960年。
ある家でダンスパティーが開かれていた。この頃になると、日本にも急速にアメリカの文化が流入してきたようで、家でダンスパティーをやるなどということが、若者の間で流行っていたようである。
さらにこのダンスパーティーは、養成学校の同期生の誕生パーティー兼ねていた。その同期生の娘には兄がいて、やはり養成学校の娘と踊っていたが、家に池内淳子が現れるやいなや、彼女の元に歩み寄り、
「踊りませんか」
と誘った。しばらく二人は踊ったあと、バルコニーに出て言葉を交わした。

「あの。よろしかったら。このままどこか食事でも行きませんか」
「ええ。でも。母の体調が悪いもので、このまま帰らなくてはならないんです」
「じゃあ。家まで送りますよ。それならいいでしょ」
「じゃあ。お言葉に甘えて」
物陰から先に兄と踊った女は、その様子を見ていて地団駄を踏んだことは言うまでもない。

別の日。
二人は海っぺりで再会した。そして兄は思い切って池内淳子にプロポーズをした。
「な、なんか。あなたがスターになって遠くに行ってしまう前に言っておきたかったんです。僕と結婚してください。それとも僕が嫌いですか」
恥じらい気味に首を横に振る池内淳子。
「じゃあ。結婚してくれるんですね」
やはり恥じらい気味に首を縦に振る池内淳子。
「今度、妹たちと城ヶ島に行くんですよ。一緒に行きませんか」
「はい」

一行は張り切って三浦半島は城ヶ島にやってきた。
その一行と言うのは芸能記者の恋人であった女。主演を池内淳子に取られた女。そしてパーティーでパートナーが、池内淳子にぞっこんだということが分かった女。
池内淳子に恨みを抱く女が三人揃った。
さらに例の芸能記者。それに例の兄、そして妹。池内淳子というメンバーであった。

男二人は女たちから少し離れた場所で座っていた。
「君。今度は藤子(池内淳子の役名)さんを狙っているんじゃないだろうな。僕は本気なんだ。それだけはやめてくれたまえ」
「さあな。俺だって本気かも知れねえぜ」

池内淳子と妹も三人の女たちから少し離れたところに座っていた。そこに三人の女たちが声をかけてきた。
「藤子さん。あっちに綺麗なお花があるのよ。一緒に摘みに行かない」
「ええ。いいわよ」
そう言うと女たちは、池内淳子を崖の方に誘った。

「まあ。本当に綺麗なお花があるのねー」
「わたし来てよかったわ」

次の瞬間、池内淳子は悲鳴をあげながら崖下に転落していった。池内淳子の悲鳴を聞きつけた兄たちがやってきた。
「藤子さん!藤子さん!」
池内淳子は一命を取り留めているようであったが、その顔面は転落によって骨が砕け、包帯でぐるぐる巻きにされた。

翌日、新聞の見出しには次のような言葉が踊った。
「期待のニューフェイス。崖から転落」、「顔面を骨折、再起は不能か?」などなど。

病院に入院した池内淳子であったが、母のことが気になって看護婦が制止するのも聞かずに家に帰ってしまった。

暗闇の中、静けさだけが辺りを支配している。
「お母さん。ただいま。心配になって帰ってきたのよ」
うつ伏せになっている母からの返事はない。池内淳子が辺りを見回すと、骨董品や金目のものが一箇所に集められていた。
昼間、例の弁護士や男たちが数人やってきて、金目のものを物色して行ったのだ。その中には池内淳子が使っていたトゥーシューズまであった。

まったく蛇足になるが、このシーンを見ていて俺は創価学会の池田大作が、大蔵商事と言う闇金をやっていた時、借金のカタに年寄りが寝ていた布団をはいでいった、という逸話を思い出した。

やがて雷鳴が轟き、閃光が部屋の中を照らし出す。
すると手にカミソリを持っている母の姿が闇の中から浮かび上がり、その手からはおびただしいほどの血が流れているのが池内淳子の目に映った。
「お母さん!お母さん!」
彼女は母に抱きついたが、母はすでに絶命していた。そして、その傍らには遺書と袋に入った手鏡があり、その遺書には唯一血の繋がった曽祖母のもとへ、血族の証である手鏡を持って行けと書いてあった。

そこは東京のダンスパーティーを開くような都会ではなく、まるで江戸時代がそのまま残ったような田舎であった。
池内淳子は村の男に目指す場所を聞いたが、
「あんな化け物屋敷にいくだか。あそこ行って帰ってきたものはおらんぞお」
と言われた。
「どうしても。そこに行かなければならないのです」
「そうだか。それならこの一本道をまっすぐ行けばいいだ」
「ありがとうございます」
そう言うと池内淳子は、森の奥へと続く一本道に消えて行った。

しばらく行くと例のせむし男が、茂みからひょっこり現れた。流石にこれには池内淳子も引いた表情を見せて、後ずさりした。それでもせむし男は、
「ウー。ウー」
と言って、池内淳子をどこかへ誘って行くのだった。

せむし男が重たい扉を開くと、そこは例の祭壇がある洞窟で、その前には例のシャーマンのような老婆が座っていた。
「あの。わたし、これ母から渡せと言われてきたんですけど」
そう言うと池内淳子は老婆に、手鏡を渡した。
「お前が来ることはわかっていたのじゃ。その手鏡は我が一族の末裔の印。我が家は平安の昔から朝廷に仕えてきた陰陽師の家柄。その術で持ってお前を救ってやろう」

冒頭に祭壇の脇に、急急如律令と書いてあることに触れた。日本のオカルトや陰陽道などに詳しい諸兄はもうお分かりであろう。急急如律令とは、主に陰陽師が唱えた呪文なのである。
おそらくこの作品の美術さんは、そのことを知っていて、セットの一部にこの文字を取り入れたのだろう。

「包帯を取ってやれ」
老婆にそう言われるとせむし男は、ウーウー言いながら池内淳子の頭に巻かれていた包帯を外した。
そして池内淳子が鏡で自身の顔を見てみると、片目が崖から転落した時の傷によって、お岩さんみたいに醜くなっているのであった。

思わず顔を背ける池内淳子。
「その顔は偶然のものではない。お前は崖から突き落とされたのじゃ」
「えっ?」
「よく見ておれ」
そう言うと老婆はまたしても甕の中に手を入れ、そこに溜まっている水をかき回し始めた。するとその水面に城ヶ島でのピクニックの模様が映し出された。

池内淳子に恨みを持つ三人の女が、ヒソヒソと話している。
「まったく藤子のやつ頭来ちゃうわ」
「あいつさえいなければいいのにね」
「わたしにいい考えがあるのよ」
そう言うと三人は藤子のもとに近づき、花を積もうと崖の方へと誘った。そして隙を見て藤子を崖下へと突き飛ばしたのである。そして水面の映像は消えていった。

「こう言うことなのじゃ。やつらが憎くないか」
池内淳子の瞳には怒りの炎が宿っていた。
「戦うのじゃ!やつらに復讐するのじゃ!」
そう言うと老婆は池内淳子に催眠術を掛け、傍らに寝かせた。老婆は祭壇で護摩祈祷を始めると、真言とも祝詞ともつかない呪文を唱え、御幣を振りかざし始めた。

せむし男は洞窟の中を飛び回っているコウモリを捕まえると、それを老婆に差し出した。老婆は三法の上に乗ったコウモリの体に刃を突き立て、その生き血をすすった。
そしてそのコウモリをシップのようにして、池内淳子の顔を貼り付け、さらに包帯で巻いた。

祈祷が終わり老婆もせむし男も洞窟からいなくなった頃、池内淳子は目を覚ました。そして恐る恐る包帯を取ってみると、自分の顔面にコウモリが張り付いていたのでびっくりした。
さらに鏡を覗き込んでみると、そこには以前よりも醜くなっている顔があって、もう絶望のあまり落ちていた短刀で自分の腹をかっさばいて自殺した。

そこに老婆とせむし男が帰ってきて慌てた。慌ててもせむし男はウー、ウーしか言えなかった。

再び老婆の祈祷が始まった。
「蘇るのじゃ!蘇ってお前を苦しめるやつらと戦うのじゃ!」
そう言うと老婆は短刀で自身の手首を切り、その鮮血を池内淳子の口元に持っていった。老婆は絶命した。その代わりに池内淳子には生気が戻り、さらに醜い顔も元に戻っていた。安堵の表情を浮かべる池内淳子。が、次の瞬間、彼女の体に異変が!

急に呼吸困難のようになり、その顔は黒ずんでゆく。さらに腕には毛がワサワサと生え始め、それがどんどん濃くなってゆく。その目はすでにケダモノのような野生を宿しており、その口からは牙が生え、顔も顔毛で覆われてゆく。
その池内淳子なのか、なんなのか分からない存在がうずくまった時、背中は鷲のような毛で覆われ、そいつが立ち上がり雄叫びをあげた時、池内淳子の面影はどこにもなく、完全なる怪物が誕生していた。

この展開には笑った。
まさにお化け映画だと思った。大蔵貢は非常なワンマン社長で、自社の作品の製作、つまり今で言うところのプロデュースはするし、さらに作品の脚本にまで口出ししてきたそうである。
自社の看板女優をケダモノを通り越して、怪物に仕立て上げる。まさにそれこそが大蔵貢精神であり、お化け映画の真骨頂ここに極まれりの感を抱くのである。

まあ。難しく書かなくても池内淳子が怪物に返信してゆく過程は本当に笑った。特に池内淳子が完全な怪物になる中間あたりが、非常にいい。
まだ池内淳子の顔を残しつつ、目は血走り、その顔に剛毛がモシャモシャ生えている感じがすごくいい。
もう。女優だったらこんな役、末代までの恥になるのだろうが、なぜ彼女は出演をOKしたのか。やはり大蔵貢には逆らえなかったのか。そこまで大蔵貢はワンマンで権勢を誇っていたのか。そこがとても気になる。

その頃、東京では第六回ミス太平洋なるミスコンが開催されていて、池内淳子を突き飛ばしたうちの二人の女は、芸能界でも幅が効くまでに出世し、大会の審査員を務めるまでになっていた。

次々に出場者が壇上に登る中、最後に登場したのは池内淳子だった。しかし、名前は藤子ではなく小夜子であった。大会は小夜子の優勝で、彼女は一躍脚光をあびることとなった。
楽屋に戻った審査員の二人と例のトッポい芸能記者は噂した。あれは絶対に藤子ではないかと。
それなら俺が確かめてやるということで、芸能記者は小夜子の家を目指した。

「あなた。誰なの」
「まあ。いいじゃねえかよ。それよりお前、藤子なんだろ」
「なに言ってるの。わたしは小夜子よ」
早速芸能記者は小夜子の家に押しかけていた。
「それより。俺はあんたが欲しいんだよ。芸能界でやっていくつもりなら後ろ盾になるぜ」
いきなり小夜子に抱きつこうとする芸能記者。それをかわす小夜子。
「はーははは。そうやって何人もの女の人を騙してきたんでしょ」
「ちきしょう。こうなりゃ力づくでもモノにしてやるぜ」
芸能記者は小夜子をソファーに突き飛ばした。あたりはにわかにかき曇り、雷鳴とどろく中、稲妻が一閃闇を裂く。
興奮しはじめる池内淳子。目が言っちゃっている池内淳子。彼女がケダモノの匂いを発した時、すでにその姿は怪物のそれになっていた。
それを見た芸能記者は悲鳴を上げた。それが余計に怪物を刺激したのか、やつは本能に従って芸能記者に襲いかかり、馬乗りになるとその頚動脈に鋭い牙を差し込みトドメを刺した。

実はミスコンの審査員になっている女の一人は、冒頭に書いたのだが芸能記者の元カノだった。しかし記者が池内淳子にぞっこんになったため、別れたのだが、彼女がいなくなると調子のいいもので、またよりを戻し結婚したのだ。
しかし、芸能記者は惨殺された。そして、その妻もやはり怪物によって惨殺された。

この怪物。俺の拙い文章力では表現に限界があるので、イラストにして描いてみたのだが、基本的体系はゴリラ。そこに熊が加わり、さらにヤマアラシ、鷲などが加わった超獣とでも呼びたいそれこそモンスターなのであるが、さらに鋭い爪を持ち、おまけに腕を広げると、そこにはレースでできたひらひらしたものが、コウモリの羽根のようについている、というなんとも悪趣味極まりないものなんだが、これが池内淳子の返信した姿というのがなんとも言えないし、このキャラをデザインした人は本当に天才なんじゃないかと思う。あるいは適当にデザインしただけなのかもしれないが。

審査員を務めたもう一人の女は作曲家と結婚して、その夜はホテルに宿泊していた。
そのホテルの廊下に羽根を広げて、フワーッフワーッってな感じで歩いている怪物。怪物は壁や扉も身を透き通らせて難なく入っていけるみたいで、そのまま女の寝室に侵入した。
「誰。あなたなの。遅かったじゃない」
女はベッドに横になりながら、そう言うと何気なく寝返りをうった。すると、そこにはおよそ自身の概念の範疇を飛び越えた存在が立っていた。
思わず悲鳴を上げる女。すると怪物はまたもや獲物に襲いかかり、その頚動脈に食らいつき相手を絶命させると、また廊下をフワーッフワーッってな感じで逃げて行った。

しかし今度の場所はホテルという不特定多数の人間がいる場所。たちまち騒ぎは広がり、警察がやってくるやらの大変なこととなった。
だが車の中に隠れていた池内淳子は、もとの姿に戻ると、そのままアクセルを踏み込み遁走して行った。

池内淳子に恨みを抱いていた女のうち二人は死んだ。
残りの一人は例の兄と結婚することになっていた。兄も池内淳子が死んだと思い、この女に乗り換えたのだろう。
その兄なのであるが、実は地方の村の名主かなんかのせがれなのであって、その結婚式は盛大に執り行われた。だが1960年の村の結婚式である。だからそれは結婚式場などではなく、伝統的な習慣として、親族一同や村の衆なども集まって家で執り行われた。

そこに女中がやってきて、
「若旦那様。お客様が見えています」
と言った。兄が玄関先に出てみると、そこには車から降りて立っている池内淳子がいた。
「藤子さん・・・」
「わたし。藤子じゃありませんの。小夜子と申します。どうぞ。これを受け取ってください」
小夜子はそう言うと、恐らくプレゼントであろう小包を兄に差し出した。
「どうして。これを僕に」
「理由は聞かないでください。じゃあ。これで」
小夜子はそのまま車に乗ると、立ち去って行った。

ハンドルを握る小夜子。
「これでいいんだわ。あの二人には、このまま幸せになって欲しい」
だが、その思いとは裏腹に、またしても池内淳子の腕にはモジャモジャと剛毛を通り越した毛が生えてくるのであった。

その家は会津地方にあったのだろうか。披露宴があった大広間では、皆が酒に酔って民謡「会津磐梯山」を歌っていた。
新郎と新婦はそれをあとにして、新婚初夜を迎えるために寝所に向かって行った。

お互いに白い襦袢を着た二人は、最初ぎごちない感じであったが、やがて相手の体を求め始めた。そこにスーっと幽霊のごとく現れる怪物。兄が怪物の方を振り向くと、誰もいない。
「どうしたの」
「なんか。今、人の気配がしたんだよ。ちょっと見てくる」
そう言うと兄は障子を開けて、部屋から出て行った。その隙を狙ったのか。再び怪物が現れ、インパラを狩るライオンのように、女に襲いかかり、やはりライオンがそうするように女の頚動脈に牙を立て、その命を奪った。

部屋に戻った兄が、そこで見たのは命が絶えている新婦の変わり果てた姿だった。それから屋敷は蜂の巣を突いたような大騒ぎになった。
庭を逃げてゆこうとする怪物を目撃したおっさんは、思い切って猟銃をぶっ放し、その弾は怪物に命中した。この時、怪物、いや池内淳子は思わず、
「ヴッ」
と言った。

闇に包まれた森の中を逃げてゆく怪物。しかし、その力が衰えてくると、怪物は水辺に倒れて、そのままその体は浮かび上がり、池内淳子の姿に戻っていった。

そこに兄がやってくる。
「藤子さん・・・。やっぱり。あなたは藤子さんだったんですね!」
そう言うと兄は池内淳子の遺骸を抱き寄せ、お姫様だっこのポーズをとる。これがラストシーン。

このメロドラマ調のラストも、あれだけさんざん悪趣味なものを見せられたあとなので、なんの感慨も湧いてこない。
正直言ってこの手の悪趣味映画は大好きなのだが、当時の人たちがこういう映画を見て、どう思ったのかということもある。それとも当時から好き者はいたのだろうか。
だが興行的に振るわなかった新東宝は、翌61年に倒産。ここに大蔵体制は崩壊した。

だが当時、大蔵貢がキワモノ映画を作っていてくれなくては、俺もこのようにこの作品について文章を書くこともなかっただろうし、怪物に変身する池内淳子の姿に嬉々として喜ぶこともなかったであろう。

狸映画を撮れ!狐映画を撮れ!各社が気取った映画を撮っているうちにお化け映画を撮るんだ!

この主張は非常にクールだ!

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