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濡れた欲情 ひらけ!チューリップ

俺なら某日の夜なら、確かにラピュタ阿佐ヶ谷のレイトショーで、芹明香主演『濡れた欲情 ひらけ! チューリップ』を見ていたのだ。

そして奇才・神代辰巳監督が織りなす映像世界に、完全に巻き込まれていたのだ。
神代辰巳は必ずなにかしかけてくる。これまで見てきた作品においても、ワンシーン・ワンカットという長回しや、現在、過去、未来という時制をあえて並列に並べずシャッフルしてみたり、望遠でものすごい引きの画面から被写体に思いっきりアップに迫ったり、その手法は実験的であり、前衛的である。

それを芸術映画、前衛映画で行わず、ロマンポルノというフィールドで行ったところが、神代辰巳の評価の高さに繋がっているのだろう。
だが自分としては、そんな神代作品のなかで、大きく実験性に舵を切った『恋人たちは濡れた』のような作品は辟易してしまうものがあるし、娯楽に徹し切った『悶絶!! どんでん返し』は腹抱えて笑えるものがある。

と、『ひらけ! チューリップ』なのであるが、言わずもがな間寛平のヒット曲にあてこんだ作品である。当然、寛平も登場する娯楽作品なのだが、そのなかでも思いっきり作家性を炸裂させる神代辰巳はやはりすごいと思った。

大阪城を前にして、巨大な朝日が昇ってくる。そこに、
「おなごなんちゅうもんは、力づくでやってまえばええんや!あとのことはそれから考えればええんや!」
という、おっさんの絶叫がこだまする。

その朝日の色に染まりながら、高級外車の後部座席に座っているゴルゴ13と尾崎紀世彦を足して二で割ったような男が、上りゆく太陽を見つめながら、
「なんや。パチンコ玉みたいな太陽やな」
と、つぶやく。

男が到着したのは、開店前のパチンコ屋。男はアタッシュケースから道具を取り出すと、台を入念にチェックし、その台に若い男が座る。そして五本勝負を始めるが、結局チューリップは開かず敗退。
「なんや!われ!これで十連敗やないけ!根性入れて打ってるんかい!」
男は着流し姿の師匠からどつき回される。そこにブサイクな若者が一人たちあっている。ゴルゴは何も言わず立ち去ってゆく。

そして店は開店時間を迎える。シャッターが上がっていき。ガラスドアの前に押す直すなの状態で殺到している客たち。開店と同時に、殺気立った客たちがなだれを打って店内に突入してくる。
「お客様ウハウハ。私たちハラハラ。楽しい娯楽のひと時をお過ごし下さいませ」
マイクでしゃべる女主人。ブサイクは客の一人にクレームをつけていた。
「おい。おっさん。磁石使ったやろ。わいは釘師や。だませると思うとるのか」
「なにい。われえ。それが客に向かって言う言葉け。よっ。もし、その磁石言うヤツが出てこなんだら、どうするつもりじゃ!」
客はどんどん服を脱いでゆく。
「おまえらも疑われとるんじゃ。脱いでまえ!」
むくつけき男たちは、全裸同様になる。
「どうなんじゃ。われえ。磁石出てきたんか?」
「す、すんまへん!」
「すんまへんで済むと思うとるんか!このガキャ!」
ボコボコにされるブサイク。ここまでが手持ちカメラで、ワンカット。だがだれるということがない。逆になんなんだこれは、なにが起こっているんだ、という気になってぐいぐい引き込まれてしまう。

ここのパチンコ屋の店員が芹明香。
芹明香はパチンコ屋の物干し場で、ブサイクのことをなぐさめてやる。だがそこにセックスは介在しない。
「明ちゃん。誤解せんといてな。わて、明ちゃんがかわいそうやから、こうしているんやで」
「わかってま。わかってま」
むせび泣くブサイク。そこに冒頭の朝日がインサートされ、
「おなごなんちゅうもんは、力づくでやってまえばええんや!あとのことはそれから考えればええんや!」
という絶叫がこだまする。このインサートの手法が、作品中何度も繰り返される。

物語は冒頭の十連敗中のパチプロ洋と、ブサイクな釘師明を中心とする青春ものなんであるが、洋はパチンコの腕はぜんぜんだが、女にはもてもて。明も釘師として修行中なんであるが、二十五にしていまだ童貞、女にはからっきし縁がないというか、そのあまりのブサイクに女の方から逃げ出す、というありさま。

洋は芹明香も含め、あちこちに女を作り、きついアフロヘアをかけた不感症の女と寝たりもする。そのアフロもパチプロで、ブサイクが整えた台の前に座り、必殺静止玉を繰り出し、見事チューリップを開く。
だが当然、芹明香は焼きもちを焼き、アフロのアパートから出てきた洋を待ち伏せしていて、
「わて。女になりたいんや。女になりたいんや」
と、懇願するものの、洋がごにょごにょお茶を濁していると、指にはさんだカミソリでスパッと洋のズボンを切り落としてしまう。

元スケバンという設定の芹明香なのだが、この作品ではいつもの退廃的な感じは薄く、逆に純情性を感じさせる。

橋の上を荷車に家財道具一式を積んで歩いてくる洋。それを自転車に乗って追いかけてくるブサイク。この二人をカメラは橋の全景が入るくらい横位置から狙っている。それをだんだんとアップに寄っていく。
「われえ。わしに十連敗してくやしないんかい!」
「じゃかあしい!このブサイクが!二十五にもなって童貞が!きしょくわるいわ!」
とかなんかとか言っている間に、二人が辿り着いたのは質屋。その質屋の主が浜村純。
「おっさん。こいつ、いい歳してまだ童貞なんですわ」
すると浜村純は烈火の如く怒りだし、あの、
「おなごなんちゅうもんは、力づくでやってまえばええんや!あとのことはそれから考えればええんや!」
の言葉を吐き出す。ここでこの言葉が繋がったと思った。
さらに浜村純はブサイクの髪をひっつかみ、
「二十五にもなって、なにさらしてんのや!情けないやっちゃ!」
と、とても他人事と思えぬ怒り方を見せる。
「な、なんでわいの歳まで知ってまんの!?」

その後、ブサイクは洋の彼女だという女を紹介される。
「わたしテーラーやっているのよ」
「お願いしまっ!お願いしまっ!」
盛りのついたオス犬のほうが、まだ、要領得ているだろと思うほど、ブサイクは女に向かって突進してゆく。
「痛い。ちょと、やめてよ」
「お願いしまっ!お願いしまっ! 」
「もう。わたし帰る。洋に頼まれただけなんだから」
「待って下さい。洋には、洋にはやったということにしておいて下さい」
そう言ってブサイクが、部屋から出ると、洋がいて、
「なにやってるんや。おまえ・・・」
と言った。

だが、その洋もうだつの上がらないパチプロ。師匠と一諸に夜の屋台でラーメンを食べている。この屋台の主人も洋の女。師匠は着流し姿で、渡世人を思わせる。いわばパチプロ渡世の世界。
「なあ。洋よ。男の一生なんてはかないもんや。パチンコの玉にも限りがあるように、男の体も一生に打てる玉には限りがあるんや。最後は赤玉打って終わるいうてな」
そこにパチンコ台のアップが映し出され、転がり落ちていく赤い玉。
「洋。ついてきてもらいたいところがあるんや」

そういって二人がやってきたのは、ストリップ劇場だった。
「こ、ここは姐さんが舞台に立っている小屋やないですか!?」
「そうや!おまえはこれからあいつのあそこを、しっかり見るんや!」
「そ、そんな。できしまへん!」
「師匠の言うことが聞けんのんか!それやったらどこぞへいね!パチプロなんかやめてまえ!」
小屋に入ると、その舞台にはあまりにも濃厚なエロスを発散する谷ナオミがいて、結局洋はかぶりつきで涙にむせびながら、ナオミの観音様を有り難く拝み、師匠も肩を震わせているのであった。

そして洋は夫婦のアパートに連れて行かれ、ナオミの体内に一物を挿入させるのであった。
「洋よ。わいはもう赤玉が出てしもうたんや。男ではなくなってしもうたんや。こいつを、こいつを満足させてくれ~っ。くぅ~」

その頃、パチンコ屋でもゴルゴと女主人がきつい一発を決めていた。しかも女主人は変態で、スパンキングを要求してくる。その模様を隣の部屋から覗き見て、マスをかくブサイク。またしてもインサートされる巨大な朝日。そして浜村純の絶叫。
さらに屋上で、パンツ一丁で水を被りながら、
「女にもてる!女にもてる!」
と唱えているブサイクの姿。ブサイクは観音様のように微笑んでいる芹明香の幻を見た。。

ブサイクが久しぶりに実家に帰ってみると、そこには間寛平がいた。
「あっ。わて、今度四回目のお父ちゃんになった男やから、よろしくな」
「うん」
「あんた。この子が明や。かわいがってやってえなあ」
「はい。お小遣い400円」
「うん」

明は心に決めていた。なんだかんだいっても自分の意中の人は、芹明香なのだと。そしてなんとかデートをすることを取り付けた。
そして通天閣の真下で、芹明香を待つスーツで決めたブサイク。街ではマーチングバンドが行進している。

その頃、洋は例の屋台のラーメン屋の女の屋台を押していた。それを手持ちで追ってゆくカメラ。
すると洋はカメラに向かって、
「なんや。またカミソリかいな」
と台詞を発する。すると画面のなかに芹明香が映り込んできて、
「なんで分ってくれへんのや!わてはあんたの女になりたいんや!」
と、迫り始める。屋台の女は、初めて現れた芹明香の存在に面食らい、
「あんた。この人、誰やの?」
と疑問を発する。そのまま三人は屋台を押したり、引っ張ったりしながら街をものすごい勢いで疾走しはじめる。これがやはりワンシーン・ワンカット。

映画を撮るということは、もちろんカメラを据えて、被写体や風景を記録するというところから始まる。だが、そのなかで、カメラがどの視点に立っているのかということも、とても重要に思える。
例えば第三者の視点、つまり観客の視点に立っているのか。それともキャラクターのいずれかの視点に立っているのか。ここをどう構築し、繋げていくか、そこにカメラマンと監督の才気と度量が現れるのであるが、この作品でいうと先に書いたシーン。
最初、屋台を押していた二人を映している姿は、それをうしろから追っている芹明香の視点に立っている。それが洋が台詞を発して、画面に芹明香が映った瞬間に、観客の視点に切り替わっているのである。
それをカットを割らずにワンカットでやってみせる。

そのあと三人は屋台を引きながら、坂を下っていったり、橋を渡ってみたり、そのなかで芹明香が、
「この男は大阪中に女作ってるんやでえ。それも知らんと、あんたも騙されとったんや。あんたなんか、この男の女んなかでは下の下のほうやわ。飯炊き女とでも思ってんのとちゃうの!」
と発し、屋台の女は、
「あんた。ほんまやの!」
と発し、洋は、
「ああ。そうや。そのとおりや。せやけど、飯炊き女でもなんでも好きなものは好きなんや!」
と発し、芹明香がよりジェラシーを募らせると、さらに屋台の速度は加速し、手持ちでもうがっくんがっくんになっている画が、本当に躍動感を生んでいる。

マーチングバンドが通天閣に到着する頃、ブサイクは膝を地面につけて泣いていた。
「やっぱり来てくれはらなかった~。やっぱりやったんや~」
そして走り出すブサイク。それを追ってゆく、やはり手持ちカメラ。

この作品はほぼ手持ちで撮っていると思う。間違いなく、先例として深作欣二の実録物というのがあった訳であるが、神代辰巳には深作欣二とも違う、より映像実験としての要素が色濃いように思える。
冒頭に書いたように、そのベクトルが一層実験性に傾いた時は、辟易するものも感じるのだが、この作品は娯楽と実験性の境界ぎりぎりのところにあるように思える。

そして唐突に映し出される花輪が並んでいる寺の境内。

パチンコ屋にお母ちゃんがやってきて、
「大変や~!お父ちゃんが死んだんや~!」
とブサイクに言う。
「死んだって。この前おうた時は元気やなかったか?」
「せやなくて、おまえの本当のお父ちゃんや!」

祭壇に飾られていた遺影に写っていたのは、浜村純だった・・・。これには爆笑した。こう繋がるんか、と思った。一瞬、寛平が死んだのかと思って、笑いかけたが、さらなる爆笑が用意されているとは思わなかった。
そしてそこにいる弁護士の小松方正。方正が読み上げる遺書によると、浜村純はブサイクに8000万円の財産を譲ることになっていた。しかしそれには条件があって、翌朝9時までに誰かと結婚しなければならないことになっていた。その場には洋もいて、二人して結婚相手を探す作戦に出た。

ゴリラの顔のドアップ。そこからズームバックしてくると、遊園地のゴリラ飼育舎の前で赤電話で女に電話している洋の姿が。
ブサイクが女主人に結婚するんです、でも相手がいなくて困っているんです、というと女主人は色仕掛けでブサイクを陥落させようとする。
ストリップ劇場の舞台裏に行くと、師匠が、
「くるな!くるんじゃねえ!」
とブサイクをさえぎる。しかし奥では谷ナオミが、
「明ちゃ~ん。結婚させて~」
と誘ってくる。まったくもてなかったブサイクが、大金を手に入れると分った瞬間、女たちはブサイクに群がってくる。
そして、喫茶店の店内全席が、ブサイクと結婚したいという女たちで埋まってゆく。

しかしブサイクは思った。自分が本当に結婚したいのは誰なのかと。
そこにインサートされる巨大な朝日。観音様のような芹明香。ブサイクは走り始める。
その頃、いまだ動物園にて電話をしていた洋だったが、彼も芹明香のことを思い出し走り始める。途中で合流し、そのまま一気に芹明香がいる物干し場に駆け上がってゆく二人。洗濯物が風になびいているなか、明が切り出す。

「なあ。話があるんや」
「なにが」
「結婚せえへんか?」
「誰と」
「明とや。明、8000万の遺産が手に入るんや。せやけど明日の9時までに結婚せえへんと、間に合わないんや」
洗濯物は風になびいている。
おもむろに洋に突き、蹴りを入れる芹明香。しかもそれが空手の演舞のように決まりに決まっている。さらにそれをストップモーションで見せる神代辰巳。
「情けない人やと思っとったけど、金で自分の女まで売るような男やとは思わなんだ~!」
そして二人の頭を両腕に抱える芹明香。
「あんたらもパチンコに生きる男やったら、わたし賭けて勝負せんか~い!」
泣き濡れる三人。洗濯物は風になびいていた。

開店前の店内。冒頭と同じようにゴルゴが台をチェックし、洋が台に座り勝負は始まった。洋が一発目を弾いた時、玉は見事な軌道を描きチューリップは開いた。
しかし洋は歓喜の言葉を発する代わりにこういった。
「サマや!!」
「おどれらー!!パチンコは神聖なものなんじゃー!!サマなんかしくさりやがって!!この面汚しがー!!」
師匠からボコボコにされる洋。なにごともなかったかのように立ち去ってゆくゴルゴ。
すべては釘師のブサイクが、洋の勝てるように仕組んだことだった。

まだ朝日が昇る前の店頭に、コートを着た芹明香が現れ、仁義を切る構えを見せ、ブサイクに、
「ありがとうございやした」
と例を述べる。そこにシャッターが降りてくる。この芹明香がまたかっこよかった。

めくるめく神代辰巳ワールド。そのなかで純情さを見せた芹明香。快作だった。


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