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わたしが見た建設業            ~「社会保険労務士からみた建設業」~ 


社会保険労務士法人アスミル 社会保険労務士  櫻井 好美

■建設業に特化したきっかけ


社会保険労務士事務所を開業して20年が経ちますが、私が特に建設業を意識するようになったのは、社会保険未加入問題の頃からでした。
社会保険加入の相談の際に「まともに社会保険料を負担したら会社がやっていけない」という経営者、「保険に入ると手取りが減ってしまうから加入をしたくない」、「いまさら年金に入ったってもらえない」という労働者等、今まで他の業界をお手伝いしている中ではなかったような質問を頂くことが多く、一体この業界はどうなっているのだろう?と興味を持ち始めました。さらに個別の相談にのっていく中で雇用と請負の曖昧さ、それには重層下請構造といった背景等もあり、この業界では常識とされていることが法律的にはNGではないの?という壁にあたりました。
そのような中でこの業界のお手伝いをしていくためには、単に社会保険や労務管理のプロということだけではなく、建設業法や税務、業界の構造や歴史的背景を理解しないと適切なアドバイスが出来ないことがわかり、建設業をもっと知っていこうと思ったのがスタートでした。

■応急仮設住宅の現場をみて


平成30年西日本豪雨災害のあと、岡山県倉敷市真備町の応急仮設住宅の現場を見学に行く機会がありました。
実際に応急仮設住宅の現場に行く途中は倒木で道がふさがれ、半壊の住宅、積み上げられた木材等、テレビでみているよりもさらに過酷な現実を目の当たりにし、自然災害の恐ろしさを痛感しました。
さらに車を走らせていくと、そこには、水害で住宅を失ってしまった人のための応急仮設住宅の建設地となっており、勝手ながら「仮設」というイメージはプレハブで、小さな部屋をイメージしていましたが、そこでみた応急仮設住宅は木造で、不謹慎ながら「住んでみたい」と思うような住宅であったことを覚えています。

応急仮設住宅の写真(張り紙)
応急仮設住宅①

そして、そこでは多くの建設作業員の方達が働いており、家を失った人の
ために1日も早い入居を願って働く職人の方達の姿を見て感激をしました。
今まで建設業というと、大きな商業施設、マンション等の建設ばかりに目
がいっていましたが、こうした災害においての対応も建設業の重要な仕事で
あり、災害の多い日本では、何かが起きた際に1番最初に動いてくれるのは建設業の方達だと思うと、自分自身はこの一線にたつことはできないけれど、この職人さん達が安心して仕事ができるように、何かお手伝いをできることはないか?と強く感じるようになりました。
その後、令和2年には熊本豪雨もあり、その際も応急仮設住宅を見学させて頂きましたが、改めて日本の災害の多さとあわせてこの業界への入職者が減少していることに危機感を覚えました。

応急仮設住宅②

■若者との意識のギャップ


先日、ある建設会社の経営者の方から社内のBBQ大会へのお誘いを受けました。「私のところは女性の職人も入ったので、是非話をきいてあげてほしい」と言われ、私自身、女性の職人さんの働き方を聞いてみたく、喜んで参
加いたしました。
しかし、期待とは異なり、私は女性の職人さんたちから質問を受けることになりました。「今日は土曜日ですが、これは出勤扱いにならないのですか?」「社長には移動時間は労働時間に当たらないと言われましたが、会社の仕事で行っているのに、労働時間に入らないなら遠い現場は行きたくないです」「有給休暇は5日しかないって言われましたけど、本当ですか?」等々、彼女たちが日頃思っていることへの質問攻めにあいました。
他にも、建設業の顧問先で「入社前は8時始業と言われましたが、入社したら7時30分の朝礼に参加しろと言われました。これは7時30分が労働時間ではないのでしょうか?」と。
今まで、業界の常識とされていたようなことや、会社が従業員のためにと思ってやってきたイベントについても、疑問に思う人達が増えてきているのを実感しました。
細かいルールを作ると、会社の雰囲気が悪くなるという経営者の方がいますが、今は調べれば何でもわかる時代です。
ルールの見える化は安心して働ける職場づくりの一歩なのです。

■若手経営者の意識


社会保険未加入問題のころです。
ある若い経営者の方が弊所に社会保険の加入について相談にいらっしゃいました。「元請さんから社会保険に加入しなさいと言われたけど、何をしていいかわからないので教えてください。」というお話でした。
しかしながら、その実態を把握すると、個人事業主であり従業員も4人であったために「強制適用事業所ではないので、社会保険に加入しなくても大丈夫ですよ。」とお話をしたのですが、「若い子が保険のない会社では可哀そうなので、保険加入をします。」といって加入の手続きをしました。
その後も、人が入社するたびに雇用契約書の作成の仕方がわからない、36協定はどうするのですか?と都度質問をされ、1つ1つ課題を解決してきました。
今、その事業所は従業員も20人近くまで増え、休日に関してもいち早く週休2日制を導入し、従業員の紹介で人が増えていく事業所と成長してきました。
この会社が成長をしてきたのは「出来ない」という意識ではなく、1つ1つ課題をクリアしてきたことが大きな要因であり、さらにいうと「経営者」としての意識が強かったのだと思います。
建設業では、こうした小さな事業所も多く、法律に詳しいわけではありません。しかしながら法の無知は、法は許してはくれないのです。こうして頑張っている事業所が、成長していけるよう、少しでも寄り添ったサポートをしていきたいと思っています。

魅力ある建設業であるために
いよいよ来年4月からは建設業においても時間外労働の上限規制が適用されます。
確かに工期の問題もあり、自社だけで解決できない問題もたくさんあります。
しかしながら、働き方改革は労働法の改正であり、労働法は各社ごとに適用されるのです。
もう、「出来ない」ではなく、やらなくてはいけない状況にきています。
この仕事を通して、建設業は私達の生活のインフラを支える「地域の守り手」として重要な事業であることを痛感しています。
にもかかわらず、この業界に若い人材はなぜこないのか?ということを私達真剣に考える時期がきているのではないかと思っています。
この業界の社会的な役割や、ものづくりの楽しさに憧れている若者はたくさんいます。
しかし、労働環境の実態は、未だにルールが不透明なのが問題だと思っています。
どこが労働時間なのか?何を頑張れば給与が上がるのか?有給休暇は何日あるのか?等ルールの見える化はできているのでしょうか?
決して若者は労働条件の良いところだけを探しているわけではありません。
ルールが見えないことへの不安の方が大きいのだと思います。
各社が魅力ある企業となり、その企業がより多く集まることで建設業界の魅力が広がっていくものだと思っています。
最近では、セミナーに登壇させて頂くことが多く、その際に地元の建設業各社の取組を伺うことがあります。
各社とも「恰好いい建設業」を目指した取り組みをしていますが、成功事例を聞くたびに、うまくいっている会社はルールの見える化と教育制度がしっかりしています。
さらには、地域建設業がどれだけ地域にとって必要か?ということを社員に周知しているような気がします。
働き方改革は労働環境改善の絶好のチャンスの時期です。
この時期を活かして、魅力ある建設業にしていってほしいです。

(写真出典:一般社団法人 全国木造建設事業協会)

[全建ジャーナル2024.1月号掲載]


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