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【鑑録】火の魚(2008)

好きな俳優は?と聞かれたら。
迷わず「石橋蓮司」センセーの名を即答することにしております。

いや、本当は原田芳雄さんだったり伊丹十三さんだったり…思えばきちんと応えられる主演クラスの俳優さんもありますが。一頭地抜けているのはやはり石橋蓮司センセイなのです。残念ながら今回鑑賞のドラマにセンセイはご出演ではございません。

ちょい役でも、出していただければさらにポイントは上がったと思います。

さて。NHKの地方ドラマ「火の魚」。
広島の県南、大崎下島に東京から帰省移住した小説家村田正三(演:原田芳雄)と、編集者である折見とち子(演:尾野真千子)の物語。

室生犀星の原作を再構成されたものが2008年に広島NHKで製作され、各所で受賞する栄えあるテレビドラマでした。

30代で直木賞を受賞した村田は流行作家となり放蕩無頼を気取って、やがては作家としての勢いも失い。腫瘍を患い手術して後に故郷に帰り、作家としての活動はするものの。

もう自分自身にかつてのような作品は書けなくなっていることを自覚して、それでも(元作家として)艶っぽい作品を紡ぐことで生にしがみついている。

好き嫌いは激しく、こだわりの一癖も二癖もある作家としてのスタイルは。帰省移住はしても、地元の人間との付き合いはしない。日用品や食材を買い求める、島のよろず屋女房と会話を交わすぐらい、という設定。

そこに本来の担当者に替わって訪れることになった若い女性編集者の折見。彼女との連載作品原稿受け渡しで繰り広げられるやりとりが描かれていきます。

人が年を取り、死に至るまで。老年となったものが周囲の人間との間柄に、嫌い、憎み、嫉んだりする間柄を取り結ぶのは、年寄りに残された最後のゲームのようなものだ、と作家村田に語らせるシーンがあります。

老年になって困るのは、むしろ好いたり好かれる場合で。「そんなモヤモヤした状態からは一刻も早く逃れるようにして距離を置くか、離れていってほしいと思うことだ」と、独白させるのですが。この辺りは実に秀逸。

若手と言われる世代には到底理解できない仕組みだと思うのです。

年寄りの理不尽な考え方に付き合わされ、真にうけて怒ったり悲しんだりするのは…相手を遠ざけたいという(さらに理不尽な年寄り側の)タチの悪いゲームに載せられているだけだ、というわけです。

「むしろ喜んでたりするフシすらある、ということか…」と。やけにうなづける部分でした。

理解されたいわけじゃない、二言目に出てくるおなじみの「お前にオレの(アタシの)何がわかる!」っていうアレも、どこかそういう気持ちからのことで。…イヤ、それは分からんし分かりたくない。

憎んだり、嫌われたりすることは…年寄りにとって(認知にもならず)生命力を維持する上での格好の源なのだと判じることは。なごやかにモメずに生きていこうとするフツーの人にとって、この上なく迷惑な話だということです。

老年あるある、なんでしょうな。老年性、閉鎖心理。

ドラマ後半、担当者折見が島を訪れることもなくなり。不安になった村田は電話を編集部にかけて、折見が実は若年性の癌再発で入院したことを知ります。

村田は彼女が編集者として何度か訪れてくれている間に自分のしでかした数々のことを詫びたくて、折見の入院先に10年ぶりに島を出て向かいます。お見舞いには、不釣り合いなぐらいに大きなバラの花束を携えて。

やがて病院にて折見と出会い。折見は村田に勝手に編集担当から降りたことを詫び。村田も折見に数々の経緯を詫びるのです。

村田自身が腫瘍の手術以降、作家としての去勢を捨て。故郷に帰り、年老いて人を遠ざける老人となったこと。それらと若くして癌疾を患い、手術をして後に再発した折見自身の中で「死」に向き合わねばならなくなったことを兼ね合わせた時。

老い先はさほど長くなくとも、老人の勝手な気まぐれや翳りのあるゲームに付き合わされる。若くても「死」に程近い位置にいる女性への非礼と…「生」に対して忘れていた正しい向き合い方に。作家村田の心が揺れるんですな。

「先生?死を意識されたことは、おありですか?
(作家役•原田芳雄、うなづく)
その時、人間は果てしなく孤独です。
でも、その孤独こそが先生と私をつよく繋げていてくれる気がしました」

訥々と語る彼女の言葉は胸を打ちます。

本当に大切なことは、そう。簡単なことなんですけど、なかなかそうは思えない。思えなくさせる出来事やこだわりこそが、ヒトが病む一番の原因。ストレスの正体なのかもしれません。

さて。
本作が放映された2008年、俳優原田芳雄さんは大腸の癌により手術を受けることになるんです。この作品はおそらくその前に撮られたものだと思いますが、その後2011年にお亡くなりになる前の作品として。

個人的にはそのリンクっぷりが印象的な作品でした。

ヒトの生死は巡り合わせで片付けられるハナシではございませんが、生きてる間に見聞きできるハナシとして、本作に巡り会えたのは(個人的に)幸せなことだと思います。

録画し損ねた大河ドラマを見るために、ゾンアマさんのNHKチャンネル再登録したら、「おすすめ」で表示された「火の魚」。久々に再見したのは何かの巡り合わせ。

田山花袋の「蒲団」も…この歳になると違って読み解けるのかもしれません。老いらくの秘めたる恋慕は、秘められてこそのもの。

くわばら・くわばら…

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