イスラエル式岩盤浴とギーターのすゝめ

 2023年2月13日夜10時頃、是界房は自身の精神衛生が深刻な状態であるのを自覚した。
28年間生きてきて、初めてのことであった。

躁状態とでもいうのか、「これをやらねば」「あれもやらねば」と、身体的にも肉体的にも疲れているのにどんどんタスクを増やしていくのだ。
そして、悩むと脳の負担が大きいからか、数秒で決断してしまう…そういう暴走状態に陥り、Twitterのアカウントを一時消すなどした。

原因はわかっていて、間違いなく
①年度末に向けての激務
②弟が一人暮らしを始める
という2つが精神的な負担になっていた。
特に仕事のほうは、肉体もひどく苦しめた。
(現在進行中である。)

 ツイ廃であるのにアカウントを消すはめになった時の心境は、中王国時代の古代エジプトの物語の主人公、シヌヘのようであった。
実際はアメンエムハト1世の暗殺に加担したと疑われるのを避けるためらしかったが、シヌへの物語の中ではシヌへが逃げ出した理由自体は明かされていない。
謎多く逃げたいという感情に駆られ、砂漠をさまように日々を送った。
…職場では激務に追われているので、さまよったりはしていない。
さまよっていたのは、残業を切り上げて夜遅くに帰宅してからである。
趣味などは何もできず、気力がなかった。


 さて、前置きが長くなったが、そろそろ表題について語ろう。
2月27日の月曜日、体がどうしてものろのろとしか動けず、電車に乗り遅れた。
いつもと同じ時間に起きたので、確実に動作が鈍かったことが原因である。
特に、連日の激務で背中と腰が痛かった。

遅刻して人事評価に悪影響を与えてまで、職場に向かう気力は残されていなかった。
かといって、心配性で厳しい母が許すはずがないので、自宅に戻ることもできなかった。

是界房はのろのろと、徒歩で行ける範囲であるので、大阪城公園に向かった。
前日に雨が降っていたのか、噴水前の木のベンチは少し湿っていたが、仕方ないので座った。
そこで2時間ほど日向ぼっこをして、Kindleで漫画を読みながら早めの昼食をとった。
「自分は弱いのかなぁ。弱いんだろうなぁ。でも、これ以上踏ん張れないよ…」
など考えていた。

百均で仕事の道具を物色した後、スパワールドに行こうと思い立った。
その頃、ちょうどテレビでテルマエ・ロマエの映画が放送されていたり、Kindleで漫画の1巻が無料で読めたりと、温泉に注目することが多かった。
是界房もテルマエに…温泉に浸かれば、この背中の苦しみから解放されるのではないか。
藁にもすがる思いで森ノ宮から新今宮へと向かった。

 スパワールドに到着し、これまた悩むという行為を放棄して、秒で岩盤浴の申し込みをした。
浴場に向かうと、あちこちに「テルマエ」という言葉を目にする。
フフン、やはりテルマエか。テルマエは全てを解決する…。
そんなふうに思いながら、湯に浸かることしばらく。



……………なぜだ?!せっかくここまで来て温かいお湯に浸かったというのに、思ったほど楽にならない!家の湯船にバブ入れるのと大差ないではないか。

こう、失望した。

血色は良くなったはずなのに、表情は浮かばれないままだった。

失意のまま、申し込んだのを少し後悔しつつ、岩盤浴の部屋着に着替えた。

 岩盤浴の階に向かうと、案の定、後悔は増した。
よく考えたら、これってサウナと大差ないじゃないか。サウナは苦手で、1分ともたない根性無しなのに…金払って、なんでこんな馬鹿なことしてんだ?と思った。
もう、いまの自分にはこんな簡単なことさえ考えて判断することができない、そう思うと惨めになった。

いろんな国の岩盤浴の部屋を物色して、
ロシア式サウナのバーニャというのが、41℃と低めの温度設定だったので、そこに入った。

そこはなかなか快適だった。
薄暗い部屋の中で、夏の車の中のような(※危険)、暑いのに眠気を誘ってくるような…実際、何人かはいびきをかいていた。
寝転がってスマホを見ていた。
ただ、疲労はさほど取れたようには思えず、心も潤いを取り戻すような兆しは得られなかった。
ネットサーフィンをしてるうち、この暑い空間はiPhoneを使うのによろしくない環境であるのに気づき、ロッカーにiPhoneをしまい、代わりに本を取りに行くべく脱衣所へ戻った。

選んだ本は、バガヴァッド・ギーター。
それも、サンスクリット語の原文と音訳と日本語訳が付いた優れものだ。
(菅原誠訳、『サンスクリット原典対訳 バガヴァッド・ギーター』)

本当に良い本だ。ただ、日本語訳が少しとっつきにくい文章であるので、なかなか読む気にならなかった本だったが、疲れた心にありがたい文章を読みたい気分だったので、家から持ってきたのだ。

 さきほどのバーニャに戻ろうと思ったが、よく見るとスパワールドの宣伝でよく出ている、白い岩と水色っぽい空間の部屋を見ていないことに気づいた。
これが、イスラエル式の岩塩の岩盤浴だった。
室温は47℃と書いてあり、サウナが苦手でもこれならまだ耐えられそうだと思った。

旧約聖書や新約聖書の世界の中心地であるイスラエルに、古代インドをぶち込むなんてと少し背徳感はあった。
しかし、これが素晴らしい化学変化をもたらすのだった。

部屋の中は真っ白な岩塩の粒が敷き詰められていて、ミント風のアロマの香りが漂った。
足の裏や、背中、腰にごつごつの岩塩が当たって気持ちいい。
これだけで十分なリラックス効果が得られるに違いなかったが、バガヴァッド・ギーターが相乗効果をもたらした。

クリシュナ神の語る、
「貪欲と憎悪から解放され、諸感官(インドリヤ)から諸感官の対象に赴き、自己(アートマン)の抑制により自己を制御した者は、清澄に達する」(2章64節)だとか、
「生類は生来(プラクリティ)に赴くもので、知識(ジュニャーナ)ある者でさえ、自身の生来に則り活動する。抑制したとて何を為すであろう。」(3章3節3)といった言葉に、
いけないドラッグのように息に混ざり合うミントの香りと、温かい岩塩を同時に摂取することで、頭の中はライブハウスの中のようにヴォルテージが最高潮に達していた。

何人かが「暑いー!「暑い暑い、早く出よう」といって出て行くのを見送りながら、
30分40分とそこで過ごし、興奮気味にページを進めていった。これがラリってるという状態だ。

さすがに1時間近くいると体を壊すので、惜しみながら部屋を出た。
その頃には、体の疲労もかなり減り、気持ちが清々しくなっていた。
サウナ好きな人の言う、「整う」というのに近い状況かもしれないな。

 この素晴らしい体験を、今後の自分のためにも書き残しておかねばと思った。
イスラエル式…でなくてもいいのかもしれないが、あの室温と岩塩と、ミントの香りにはバガヴァッド・ギーターがとても合う。

新約聖書はどれを読んでも雰囲気に合うかもしれないが、旧約聖書の諸々の巻や、仏典はおすすめしない。
あの空間には合わないと思うのだ。
そして、新約聖書は雰囲気にはあっても、興奮を得られるものではない。

バガヴァッド・ギーターは戦争真っ只中の場面からのスタートであり、心折れた王子アルジュナをクリシュナ神が説得するという話だ。
なので、アルジュナの限界メンタルと自分を同一視させ、その上でクリシュナ神の言葉を読むから効果的に臨場感が得られるのだ。
さらに、これがエジプト式の部屋みたいな赤っぽい部屋だとしんどくなってくるが、白と青という、知的で冷静になれる空間で読むことで、頭の中にスラスラと入っていくのだ。

お湯や他の部屋では思った効果が得られなかったが、この体験だけでお金払ってよかったと思った。

 帰りしな、新今宮の駅で白人男性が電話口で相手に怒り、Fu*kと連呼して叫んでいた。
皆、いろいろストレスを溜めてんだ…そう思うことで、次の日からの「正義の戦い」(バガヴァッド・ギーターに出てくる言葉)に立ち向かおうと思った。

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