彗星の話を:モブとモデル
夏の暑い日だった。お誘いをいただいて、モデルの前田一翠さんと雑司が谷を散歩し、写真を撮らせてもらった。
お会いする前には、何をどう撮ろうか、ということについてはとても迷っていた。
朕兆未萌、みたいな話とか、美男子が風景に溶け込んでいる様子を撮ろうと思っていたのだけれども、待ち合わせた大塚駅の改札を通り、僕の姿を探す前田さんの姿は笑ってしまうほど縮尺が違う理想的な人類の姿をしていた。自分の考えは早々に却下せざるをえなかった。
アルマーニやダンヒル、ドルチェ&ガッバーナなどのランウェイを歩き、華やかなショーやイベントでモデルをこなす前田さんは、きっと自身が唯一無二の商品の様なもので、どうカメラを構えても主役になってしまうのだろう。
その主役の姿を一般のおっちゃんである僕は撮り、
僕は前田さんに、自分がモブであること、という考えを話した。
僕たちは、少なくとも僕は、背景に油絵調で解像度低く塗りこまれた動かないイラストで、その一方で前田さんは、丹精込めて枚数を重ねて描き続けられるセル画なのだろう、それを分けるものはなんだろうか。しかし果たして、自身をキャラなのかモブなのかを決めるのはそこなのだろうか、本当はいったい何なのだろう、そういうお話。
きっと何者にもなれないお前たちに告げる、デジタルセルに塗りこまれた美麗で細密なキャラクタが液晶ディスプレイのなかで僕ではなく前田さんにそう語りかける。その言葉を背景画のモブは聞く。その言葉を背景画のぼくは聞く。
前田さんはどう聞いてくれるだろうか。
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