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【時計】アウトドアにも最適な時計を探して SEIKO PROSPEX SBBN040 を買ったらすごい気に入っているのでレビューしますという話

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やー、普段は防水ですらなく防汗性能しかないために手洗い時にすら気を使うユンハンスのマックスビルを使っていたり、はたまた、ちょっと繊細で傷を付けるとすごく凹んでしまいそうなロレックスのミルガウスを使っていたりしていたのです。

が、しかし、なんというか「気を使わない時計」が欲しいと思った。

ちょっとしたバーベーキューに呼ばれた時とか(呼ばれない)、ちょっとした登山に行く時とか(登らない)、近所のゴミ拾い作業のお手伝いをする時とか(しない)、いや、そういうことはあんまりしないし、お友達少ないのでそういうことに呼ばれたりする予定もないんだけど、そういうときに気を使わない時計が欲しい。

でもそういう気を使わない時計として選ぶのにG-SHOCKはあまりに「正解」すぎてちょっと嫌だよね、もうすこしヒネリのある時計が欲しい。そう思う気持ちもあって、なんかそういうのとは違うやつ、と探していたら、そうですよ、ずんぐりとした金属質の見た目から通称「ツナ缶」と呼ばれているセイコーのダイバースウォッチにたどり着きました。

私が買ったのはセイコー プロスペックス マリンマスター プロフェッショナルの「SBBN040」。1978クオーツダイバーズ 復刻デザイン、と呼ばれるモデルです。通称仏壇カラーと呼ばれるイエローゴールド色と黒のコントラストが綺麗な、ころんとした、いっけん巨大な飽和潜水用ダイバーズウォッチ

この時計に関する気に入ってるところとか、そうでないところとか、そういうSBBN040ブログレビューをいろいろ書いていきたいと思います。お暇な方だったり、セイコーの外胴ダイバーズウォッチを探してインターネットを彷徨っておられる方のための記事で、とてもだらだらと長いのでどうかお覚悟を。


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飽和潜水用ダイバーズウォッチ

水の中に潜るダイバーにとって、「何分潜っていたのか」「あと何分潜って良いのか」というのは自分の生命を守るためにとても大事な情報となります。現在のダイバーならもう大抵はダイビング用コンピュータ(ダイコン)を使ってると思いますが、従来はダイビングに使用するために信頼性の高い時計を使うことがメジャーでした。

潜水機材としての時計には信頼性、視認性、耐水性、堅牢性…といった要素が求められます。そのため、ダイビングで便利に使える丈夫な時計は、すなわち「丈夫で良い時計」となり、地上で一般ピーポーが普段使うにも便利に使える丈夫な時計に自動的になっていく。そういった背景があるからか、それとも単に格好良いからなのか。その辺はちょっと定かではないものの、各社からダイビングユーザー向けという触れ込みで防水性や堅牢性、視認性に工夫を凝らした時計が、昔から現在に至るまで発売され続け、大きなジャンルを形成しています。

その中で飽和潜水は、レジャー感がない完全なる業務潜水のさらに特殊な一分野。通常の空気潜水では潜れないような100m以上の大深度潜水だったり、たとえ深度は深くなくても数週間とかの長期スパンで海中に潜り続け、土木工事や救助作業を行ったりします。石油採掘、水中施設建設、海中構造物メンテ、果ては軍事用途の潜水艦救助などの目的で水に潜る、ガチ系の潜水です。業者しかいない世界。日本国内だと、飽和潜水を行う潜水士は民間人と自衛隊で合わせて数十人とかそういう業界らしい。ちなみに飽和って何が飽和かというと、高水圧や長期の水中作業用に、気体を高圧で人体に溶かし込ませきって(飽和させて)から作業することを指しています。詳しくはググってください。あんまり出てこないけど。

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(図1)飽和潜水のイメージ。日本財団図書館より

飽和潜水にもとめられる時計として、特に問題となるのは、通常のダイビング対応としての「海に潜れること」に加えて大きく二つ。一つは大深度対応の「より高い耐水圧を備えること」。そしてもう一つは、潜水終了後の減圧中に発生する「ヘリウム内圧への対応ができていること」です。

加圧された窒素は人体にとって有害なため、ダイバーは飽和潜水作業の期間中はずっと、空気中の窒素をヘリウムに置き換えた特殊な気体の中で生活します。このとき、ヘリウムの分子サイズが小さいことから、通常ではヘリウムが時計の防水パッキンを浸透し内部まで入り込むことが飽和潜水用時計の大きな問題となっていました。潜水に伴い加圧されていた機材は、作業終了後に減圧されますが、このとき、時計内部に染み込んだヘリウムが時計の内側から風防を内圧で押し上げて外してしまう、などの悪さを発生させていた。時計って圧入してたり嵌め込んだりという固定をしますから、外からの圧力に強いんですが、中からの圧力には弱いんですよね。

そこで飽和潜水が本格化し始めた1970年前後以降、時計メーカー各社はこの飽和潜水のヘリウム浸透問題に対していろいろな対策をとってきました。

対策の主流は「ヘリウムが入っても問題なく出ていくようにする」というアプローチ。代表的なのは、ロレックスがヘリウムガスを時計内部から外部に逃がすバルブ、その名もヘリウムガスエスケープバルブ(まんまやな)を設けたシードゥエラー Ref.1665 を1967年に発売しています。当時フランスでぶいぶい言わせていた潜水会社コメックスと共同でいろいろ開発し、こういう機能が付きました。いまでもシードゥエラーにはヘリウムガスエスケープバルブが付いています(図2)。

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(図2) webchronosより。真ん中の丸いのがバルブ

また、オメガもロレックスと同じアプローチ、バルブ系です。1970年に発売された飽和潜水用時計プロプロフ(こいつもコメックス社との共同開発)や、有名シリーズだと、シーマスター 300Mなどにバルブが設けられています。図3はシーマスター300Mですが、10時のところにもう一個リューズがついてるやつがそれ。こちらはつけっぱなしのロレックスとは異なり、バルブにネジ式の蓋が付いてて、使わないときは閉めて密閉できます。

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(図3) オメガHPより。10時のリュウズみたいなやつがバルブ。


また、IWCも同様にバルブを設けている時計がありますが、IWC固有の対応として「ヘリウムの内圧ごときでは壊れない丈夫な構造」というマッチョなアプローチをとった時計もあったらしい。各社いろいろだったんですね。

そんななかで、セイコーは「そもそもヘリウムを入れない」という根本解決系の対応を行った時計を1975年に発売しました。

webChronosの記事によると、セイコーはヘリウム侵入の問題を①接面漏れと②浸透漏れ に分けて、対処したとのことでした。まず①接面漏れには、図4に示すようなL字パッキンを採用。おそらくは気体の侵入経路を長くして通過させにくくさせる構成的な対処を行いました。そして②浸透漏れには、パッキン材質をこれまでのNBR(ニトリルブタジエンラバー:いわゆる普通のゴムですね)ではなく、気体透過性がより低い特殊ゴムであるIIR(イソブチレンイソプレンラバー:一般的にはブチルゴムと呼ばれる)に変更しました。
といっても、NBRも言うほど気体透過性が高いわけじゃないんですけどね。というよりOリングの材料選定としてもまずはNBRで考えようか、となる程度にはかなりガスバリア性に優れています。当時のNBRの気体透過性はもっと高かったのかもしれません。ブチルゴムがより優れていた、ということではあったものの、気体透過が非常に低いと言ってもNBRの半分程度、というそのくらいです。通らないわけではない。ちなみに現代だとフッ素ゴム(FKM)なんかはさらに気体透過性が低いので、その辺もうまく使えれば、さらに小型にできたり性能があげられるかもしれません。まぁFKMは低温で硬くなるので、-30℃で使用すると防水性がダメダメになったりしてそう上手くはいかないかもしれませんが…。

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(図4)セイコーHPより、L字型パッキン。

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(図5)セイコーHPより、内圧上昇が他社に比して低い。

とはいえ、図5にキャプチャを載せましたが、セイコーのインタビュー記事によると、ダイバースウォッチの高圧ヘリウム環境下での内圧上昇記録では対策の有無で「数倍から数十倍の差があった」ようです。したがって、一部の記事にあるように、材質を変えたら一発OK!というような感じではなく、L字構成(つまり接面漏れ対策)もまた、けっこう効いていたのではないかと思われます。それにしてもセイコーの飽和潜水用ダイバーズウォッチのヘリウムブロックぶりは、同時代の他社に対して半端ない成績をたたき出していることがわかります。セイコーのすぐれた技術力が垣間見られるデータです。

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話を聞き実地を見た設計

以上に述べてきたように、ガチ系の飽和潜水に使われる時計には、単なるダイバーズウォッチを越えた特殊な性能が要求されます。すなわち、僕が今回購入した飽和潜水用時計というのは、非常に過酷な世界で使われることを想定した、より信頼性の高い時計なのです!!

…と言いたいところなんですが。そうじゃないんですよね。

や、飽和潜水対応の時計を出してる各時計メーカーがこういう言い方をしているので、飽和潜水に対応している時計はすなわち素晴らしい時計である、一見そう思えちゃう。

もちろん、例えば大深度作業時の水圧問題があるので、飽和潜水時計は一般的に潜水時計としてより耐水性を備えています。備えているんですけど、どちらかというと、飽和潜水特有の特殊な課題であるヘリウム問題への特殊な対処方法を目立たせて、時計全体への信頼性的な文脈の宣伝文句として使っている気配があるのは否めない。飽和潜水に適したヘリウム対応と大深度対応してるんですよ!(わかる)→だからこの時計は特に優れた時計なんですよ!(そうかな?)という売り方。

「ヘリウムバルブを付けているから、飽和潜水対応だから、無条件ですぐれた時計か?」私はそうじゃない、そんなことはないと思っています。

そんな中で、セイコーの飽和潜水用「ツナ缶」ダイバーウォッチが特に優れているのは、飽和潜水特有のヘリウム対応をしたことそのものではなく、セイコーの技術者たちが実際のダイバーが潜水作業にあたって困ることを全て聞き取り吸い上げ、それらのニーズに対して技術的な解決を図ったことが、時計としての良さにつながったことにある。僕はそう感じています。


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セイコーの技術者は、このヘリウム漏れ以外にも、実際のダイバー使用に関する各種の困りごとを徹底的に聞きました。そして、話を聴いて、実地を見てこういう環境か、と言うのを理解して、その上で考えて試作品を作って、プロに試用してもらって意見を聞いて…というトライを何度も繰り返してこの形が出来上がったと述べています。これは非常に理想的で、製品を創り上げていくうえで正しくなされたプロセスですよね。

このこと、すなわち「実ユーザーの深刻な困りごと(ペイン)を掬い上げて、それに対する解決策を技術者が出して、その策へのフィードバックをまたユーザーにもらう」という姿勢こそが、「ツナ缶」がロングセラーとなった根本的な理由そのものであり、この時計が唯一無二という扱いをされる理由であり、この時計がとても良いと私も感じた理由であるのではないか。私はそう考えています。

そんなプロセスってものづくりでは当たり前じゃないの?と思う人も多いかもしれません。理想はそうなんですけれど、実際はこれがそうでもないんです。コレが出来てない製品・出来ない製品というのがいかに多いことか。むしろそういう商品ばかりだと言っても良い。やはり、デザイナーの脳内や技術者の机上構想だけで作られてしまう製品というものは、デザイン文脈の外、実世界ではどうも長続きしないような気がしています。これは機械設計者の末席にいる自らの、自戒を込めた私見ですが。

セイコーが掬い上げたダイバーの具体的な要望と、その対応策の例を下記に記します。

【ダイバーの要望と技術的な対応の例】

①狭い作業空間で腕や時計にケーブルがよくからまる
→うわすぼまりになった円錐型で突起をなくし、縁を全て丸めた形状

②狭い水中で電気溶接を行うと時計が磁化する懸念があり耐磁性が欲しい →ムーブメント下に耐磁板(軟鉄)を敷いて防磁性をもたせた

③潜水設備が狭くガンガンぶつけて傷だらけになってしまう
→セラミック溶射で硬化処理したチタンの外胴プロテクターでガード

④深度が深いと光が入らないので暗くても見やすい時計が良い
→たっぷりと蓄光塗料を塗ってよく光るようにした

⑤水中機材メンテ時のグリスが時計のベゼル周辺に入り込んで取れない
→つけ外し可能な外胴でベゼルを押さえる構成にして、外胴を外すと簡単にベゼルを分解して洗えるようにした

⑥潜水時は経過時間を分単位で確認する
→分針を極端に大きくして目立たせた設計とした

⑦潜水前に締めたバンドが水圧で海底で緩くなる
→蛇腹形状でバネ性をもたせたウレタンバンドを採用した

などなど…


こうして、単に飽和潜水のヘリウム対策だけではなく、実際のダイバーたちが潜水作業で困ることのないようにと各種問題への対処を練り上げて出来上がったのが、最初の「ツナ缶」。下の図6に示す、1975年に発売された600mダイバーと呼ばれた「6159-022」でした。

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(図6)セイコーミュージアムより。
セイコー初の飽和潜水対応時計「6159-022」

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(図7)webChronosより。600mダイバーズ6159-022の断面図

図6の時計の写真でわかるように、この600mダイバーズが発売された時点で、すでに現在とほぼ基本形は変わっていないことがわかります。図7と図10の新旧?断面図を比較しても良いです。全然変わってない。製品として、お客さんのニーズに対する完成形と言えそうな製品がいきなり現れる、というのは実はあまり例がありません。とても驚きです。実際、このスタイルになってからクレームが皆無になった、とのこと。

その後、600mダイバーズのような外胴プロテクター方式のダイバーズウォッチは、様々な派生モデルこそ数多くリリースされますが、その本質的なスタイルをほとんど変更することなく、現在まで作り続けられます。大きな変更としては、1978年にムーブメントを機械式からクオーツのCal.7549へと変更し、600mクオーツダイバー PYF018(海外名7549-7009)が発売されました。僕が買ったのはこれの復刻版です。図8にPYH018の写真を載せています。

そして1986年、PYF018をベースに、耐水深度を1000mへとスペックアップ&ムーブメントを7C46に変更、ベゼルを逆回転防止構成にし、外胴をチタンからセラミックに変更したマイチェン型(SSBS018)を発売。その後、20年売り続けられました。機能的にはここで完成を見たと判断されたのでしょう。これ以降大きな基本構成を変更しないまま、蓄光やバンド、表面処理などの小改良を続けつつ発売が続いています。

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(図8)セイコーHPより。クオーツダイバーPYF018。

なお、飽和潜水用のクオーツ式外胴プロテクターモデルの現行品は、例えば図9に示すSBBN047などになりますが、これらの時計は、水中での視認性向上目的で全黒の仕様となっています。これはこれで格好良いし水中での使い勝手は非常に良いと思われますが、個人的には立体感に乏しく、腕につけた時にすこし寂しい印象を受けました。また、PYF018にはあったインデックスの白枠もなくなって、文字盤もこれまたちょびっと寂しくなりました。ちなみに現行のSBBN047に至るまで、1000m対応のモデルは SSBS018 → SBBN011 → SBBN013 → SBBN025 → SBBN047と変わっていくのですが、この経過で、例えば分針の形が変わったりリューズの刻印が変わったりプロスペックスのXマークが入る入らないとか、そういう細かな話はいろいろあるようです。本稿では割愛します。

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(図9)セイコーHPより。2021年現行のSBBN047。
黒一色で精悍かつ視認性も良さそうだがちょっと寂しい。

【余談:潜水時計のISO・JIS規格のはなし】
ちなみに、国際的には2018年から、国内的には2021年から潜水時計の規格(ISO 6425:2018およびJIS B 7023:2021) が変わりました。具体的な影響としては、JIS B 7023の5.3.2(c)項で「アナログ表示の潜水時計は,暗いところも5分ごとを指示する表示が明確に確認できなければならない(意訳)」と決められてしまいました。すなわち、5分刻みでのインデックスは必ず夜光や蓄光で光らなければなりません。そのため、このISO/JIS規格に準拠するかぎり、デイト表示があった3時の場所についても蓄光が付けられることになります。SBBN040なんかは3時位置がデイデイトの表示になっていて光りませんから、復刻の時とかはデザイン制約となって困っちゃいそうです。あとはセイコーとは全く関係ない話なんですけど、この規格に対してスイス時計とかはどうすんですかね。ロレックスのサブマリーナーデイトとかどうするんでしょうね。ガン無視ですかね。ガン無視でしょうね。


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SBBN040について

さてさて、長い長い時代背景の前置きの後、ようやっと本題、今回僕がたどり着いた、このSBBN040の話です。2018年発売、1978年クオーツダイバーズであるPYF018(図8)の復刻モデル、1000m対応外胴ダイバーズです。性能的には前項で書いた1000mダイバーズから大きな変更はありません。

世界1978本限定ということで時計にもLimited edition 銘と シリアルナンバーの記載があります。が、発売から4年後の2022年6月現在でも銀座セイコープロスペックスショップの店頭には普通に並んでいたので、そんなには売れてないのかもしれません…。

SBBN040の外装は、当時から現在まで続く1000mの飽和潜水用ダイバーズウォッチを踏襲し、純チタンに窒化チタンコート処理(イオンプレーティング)された内胴本体にジルコニアセラミック製の外胴プロテクターを組み合わせた構成です。

内胴は裏蓋のないワンピース構造のため、ムーブメントや文字盤などのパーツは上からどんどん組みこまれます。ツナ缶共通の仕様ですが、ベゼル(カチカチと回転して潜水時間を確認できる指標)の押さえと外部衝撃対応のために外胴プロテクターが4点でビス止めされているのが特徴。

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(図10)forumfree.itより。1000mクオーツダイバーズの断面図。

イタリアの時計掲示板から引っ張ってきちゃいましたが、図10にこの時計の断面図を示しています。緑がチタンのワンピースケース、ピンクが外胴、黄色が回転ベゼルや留めビス、リュウズです。非常にしっかりしたシンプルな構造であることが見て取れます。

この構造をみると、潜水時にかかる水圧などの外部圧力は、非常に分厚い風防(上ではハードレックス無機ガラスとありますがSBBN040ではサファイヤクリスタルとなっています)からダイヤルリングを介して、リングが接地したワンピース内胴に直接伝わる頑丈な構造になっているようです。映像11に示したyoutube動画では、JAMSTECがSBBN013を深海に沈めた試験の様子が示されています。この試験でSBBN013は、公称値の1000mを大きく超える水深3284mで運針停止となりました。これは、断面から考えるともしかしたらダイヤルリングが圧力で変形してムーブメント地板を曲げにかかっちゃったのかなー?とか、だとするとワンピースの段をもう一段増やして、ダイヤルリング&ムーブメントを外圧変形から切り離すともうちょっと良くなるのかも??とかいろいろ邪推してしまいそうな、機械設計者にはずっと楽しめる、そういう美味しい断面図です。

(映像11)セイコー公式youtubeより。JAMSTECとの共同実験。

内胴の材質はチタンは純チタン。純チタンといえば添加物によって通常グレード1(柔らかい)からグレード4(硬い)に分けられるんですけど、メジャーどころだとグレード2で、時計にはグレード2=純チタンか、グレード5=チタン合金が一般に用いられるようなので、おそらくはグレード2でしょう。

チタンは比強度が高いため、目標強さが同じなら、ステンレスやアルミよりも軽くできること、またいったん形を作ってしまえば酸化皮膜が表面を覆うので貴金属並みに腐食に強いこと、生体親和性が高いのでアレルギーの心配が少ないことなど、時計の部材としては良いことも沢山あります。ただし一般的には欠点が多く、大量生産向けには難加工材とされている物質ではあります。チタンっていうと時計とかロケットとか戦闘機とかそういう特殊用途向けばっかりで希少な金属というイメージがありますが、チタン自体は、実は地球に死ぬほどある物質(地球上で9番目に多い元素、金属ではアルミ>鉄>マグネシウム>チタンの順)です。なのに、その割に使われていない。それには理由があるのです。端的に言うとチタンは作りにくく使いにくい。もちろん加工業界の中でアルミや鉄、ステンレスのノウハウが多すぎて、チタン加工のノウハウが比較的少なく見えるだけで普通に加工できるんやで、という説も多いんですが、一般的には以下の理由によって、純チタンはとても扱いにくい物質である、とされています。

具体的には、
A:柔らかくて粘るので工具に材料が絡みつきやすい加工速度を上げにくい
B:熱伝導率が低く加工時の熱が工具にばかり伝わって工具を痛めやすい。
C:チタンの削り粉は化学反応を起こして燃えやすいので危ない。
D:高温状態のチタンは酸素とすぐ結合しボロボロになる

これらの特性に気をつけながら、手間をかけて作っていかないといけないのがとても大変。

今でこそチタン外装の時計は増えてきましたが、1975年当時から、そんな面倒な素材を目的達成のために頑張って使いこなしたという点は結構な激アツポイントです。

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ベゼルも見た目はマットな金色で内胴と同じように見えますが、母材はチタンではなくステンレスとのこと。樹脂リングを抱えている内側のエッジはかなり薄肉なので、ここはステンレスのほうが良さそうです。ベゼルの数字フォントは1978年のものを参考にデザインした、というセイコーデザイナーの方のコメントはありましたが、文字の太さとしては個人的には図12の1986年クォーツから持ってきたように見えます。

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(図12)セイコーHPより、1986クォーツSSBS018。図8や図13の華奢なベゼル数字に比べるとしっかりと白文字が太く、現代的である

この内胴とベゼルに施されたマットな金色の表面処理。チタンもステンレスも表面硬度が比較的弱い(柔らかい)金属なので、イオンプレーティングという工程で窒化チタン(TiN)皮膜を成膜し、表面硬度を高くして保護しています。窒化チタンは、例えば金属加工用のドリルの表面硬さを強化させるためにコーティングするような硬い物質で、コーティングによって表面硬度がステンレスの10倍以上である2000Hvくらいまで上がるので、こすれや傷にはかなり強いことでしょう。日頃ラフに使っていてもきっと安心、大丈夫。

ただしこの窒化チタンコート。表面が硬いだけで母材は柔らかいので、落としたりぶつけたり系の打撃的な凹みにはそう強くなくて、えぐられるような攻撃には無力です。生ケーキをいくら硬いチョコでコーティングしたとしても握ると潰れちゃうよね、とかそういう感じ。そこだけはちょっと気をつけましょう。

あと、梨地(マット処理)の物質は、外部からの打撃で表面の微細な凸凹が凹んだり均されたりして溝っぽくなる=擦過痕が見えてしまうので、使っていくと見た目は傷に見えちゃう筋がいっぱい付いてくるんですけどね…表面を鏡面にしてからコートしてくれてたらええのに…

透明ベゼルは裏側から文字を彫り込んで色入れをして、黒塗装をした凝った仕様。表面にはマット処理をしてテカリを防止し、視認性を上げています。これの利点は擦過によって文字が消えないこと。欠点はアクリルなので傷に弱いこと。ベゼルも心も割とすぐ傷つきます。交換前提なんでしょうね。

文字盤はつや消しというか粗めのマットで加工された漆黒。外光で見ると非常に黒くて針が見やすく、さすがダイバーズウォッチ、という感じです。インデックスには文字盤に凹みと土手を作ってこんもりと蓄光塗料がドーム状態に盛られています。よくみるとちょっとドームに凹みが見られたり、手作業感?があって、なんか道具風で良いですね(道具です)。ちなみに蓄光はめちゃくちゃ光ります。笑うくらい光る。ミルガウスのクロマライトとかとは比べられないくらいビッカビカです。12時、6時、9時の部分はさらに大きく凹んでいて、たっぷりと塗料が盛られているのが好ましい。現行品では見られない白枠はデザイン的なアクセントにもなっていて良いです。

文字表示は SEIKO QUARTZ / PROFESSIONAL 1000m のみのシンプルなもの。プロスペックス銘もマリンマスター銘もなく(裏側に記載があります)、当時の復刻にこだわった様子があって、これまたとても好ましい。ただし、図13に示す1978当時の一部モデルには描かれていたSQマークと3時位置のデイデイト横にあった諏訪マークはなくなっています。SQマークは輸出モデルのマーク、また諏訪マークは諏訪精工舎製を示すマークだったため、復刻では廃止したのでしょう。

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(図13)60clicks.comより。PYF018。日付表示の横に諏訪精工舎製を示す小さなマークがある

針は水中での一瞬の視認性を重視したダイバーズらしい堂々としたもの。1978年モデルの忠実な復刻ですが、秒針のバランス取りのために後方に伸びている蓄光部分は、図12を見てわかるように当時のものの方が長いです。ここは現行品を流用したのでしょう。個人的には短めの現行品バランスの方が良いのでこっちが好きです。

またクオーツなので、運針は正直期待してなかったものの(ほらクオーツ時計の針っていつもフラフラでしょ)、これは毎秒ほぼインデックスを狙ってピッタピタにピシッと揃えながら運針していく気持ちよさ。さすが高トルクと謳われる7C46ムーブメント。びっくりしました。

風防はかなり厚みのあるサファイヤクリスタル。ベゼル避けなのか深海時の圧力対策なのか打痕欠け対策なのか、面取りが非常に大きいのが特徴です。ヘッダー写真でわかるように、蓄光がこの面取り部に反射してリング状に光るのはとても綺麗です。

風防の内側には反射防止コーティングがされているんですよーと店員は言っていましたが、SBBN040のカタログには(内側に反射防止コートあり)とは記載されていないんですよね。実際はどうなんでしょうか、真相は謎です。まぁ現行品流用の風防ならコーティングはされてるんでしょう。


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外胴は当時PYF018ではセラミック溶射処理をした純チタンだったものが、SBBN040では現行品に合わせてジルコニアセラミック製に変更されました。ジルコニアセラミックスはビッカース硬度がステンレスの数倍、1000〜1200Hvとかなりの硬さで、おそらく傷はつきにくいはずです。物質は基本的に硬くすると脆くなるので、バンパー部品としてはあまり硬すぎると良くない(こすり合いには強いけどぶつけ合いには弱い)という側面はあります。そのため硬さをちょっと下げて粘りという要素を入れることも重要になってくるんですが、このバンパーがどういうジルコンにしたのかは、割ったことがないので分かりません。まぁそうは割れないだろう、と希望的な観測を持っておきます。なんか割れた物を購入して修理したら数万円かかった、みたいな話を耳にしたりはしましたが。なお、セイコーのHPで示されている外胴プロテクターのサンプル写真(図14)になぜか割れているものが写っているのが若干恐ろしいところではあります。

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(図14)セイコーHPよりセラミック製外胴プロテクター。手前の穴部の所が割れていて恐ろしい。油断するとたぶんこうなる。

外胴プロテクターは、これまたご丁寧につや消しの窒化チタンコート処理されたステンレスビスで止められています。物理的には外してメンテナンスをできるようにはなっていますが、やったことのある方によるとネジロックが塗布されているそうで(まぁそうだろう)、下手に外そうとするとネジを舐めてしまうらしいので迂闊にはやらないほうが良いのでしょう。

ちなみにプロテクターはベゼルの外れ防止部材も兼ねているので、外すとすぐにベゼルが外れて、回転部の掃除も出来るようで、実際にやっているおじさんもいました(映像15)。

(映像15)SBBN040のベゼル交換。

このビデオを見た感じでは、取り付け時のネジ締め時の外胴抑え具合でベゼルの硬さに影響が出そうな…?さすがに押さえ込み量は内胴に刻まれた段付きで決まる構造になってそうですけれど、放っておくとベゼルバネで浮き気味になるので、外胴を下に押し込みながらビスを締めないといけないのでしょうか。組み立て時は治具で挟み込んでからビス止めしたくなりそうで、設計的に対処するならば、やっぱり外胴ビスを段ビスにして、高さ方向も嵌合で位置を決めたくなっちゃいます。これはまた余談ですが。


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SBBN040の直径は49.4mm、厚さ約16mmと、腕時計としてモノ単体だけをみると、一見非常に大きいと感じます。ですがこのツナ缶シリーズはラグ(バンドを止める腕部)が本体に潜り込んでいて、いわば本体に直接バンドを取り付ける構造のため、横幅こそ大きく見えますが、細腕でも意外なほど違和感なく取り付けられます(図16)。これは装着してみて意外なところでした。ショーケースで見て「ああ巨大だな…」と思っている人には、ぜひ実際に装着してみることをおすすめします。

また、チタン製の恩恵なのか思いのほか軽いので、一度装着してしまえば非常に快適です。ただし背が高く重心が浮き気味なので、ゆるく取り着けると時計はぐるんと腕を一周します。ベルトをきちんと締めないといけないのは注意ポイントかもしれません。

ベルトは当時はポリウレタンだったそうですが、SBBN040では今風の強化シリコンゴムに。ポリウレタンは低温で硬くなることと(海中作業だとこれはたぶん実用的にも不便だったのではないか)、ポリウレタンは加水分解するので、時間が経ったものはボロボロになって見栄えも強度も悪くなってしまうことが特徴なので、シリコンに変えたものと思われます。

ベルトについてはちょっと気になった点がありまして。ベルトとしてシリコンをつかってしまうと、一般には吸い付く感じが強く(タック性といいます)、すべらなかったり埃がついたりします。たぶんそこを気にしたのか、このベルトには触り心地を改善するためのサラサラな表面塗装がされているようなのです。で、これがすぐに端が剥げるんですよ。もう2週間くらいで角部が完全にハゲてしまった。ここはちょっとだけ不満なところ。

こういうのに対して、例えばみんな大好きApple Watchのバンドは、極限使用というよりも一般ユーザー使用域での実用性を重視したのか、フルオロエラストマー(FKM)を使っています。FKMはシリコンに比べると-10℃以下の低温で硬くなる傾向があるのと、シリコンバンドと比べるとむちゃくちゃ高いという欠点をもっています。ですが、無塗装でも表面サラサラ、そしてシリコンバンドを上回る強度を有していて、自分のようなパンピー使用だとこちらの方が快適で、先に行っちゃってるように見えてしまいます。極低温水環境下とかの極限使用だとシリコンの方が良いのかもだけど、このへんはちょっと改善して欲しいところです。


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(図16)直径49.4mmのSBBN040と、直径40mmのミルガウス。横幅こそ異なるが、着けた感じは意外と似ている


PROS & CONS という名の感想

【ここが◎】
・全体的な印象は「かわいい」。これに尽きる。
・実用感あふれるデザインが頑張ってる感を出しててすごくかわいい
・つや消しのイエローゴールドがちょっと野暮ったくてかわいい
・この大きさ、厚み、ゴツさにもかかわらずオラつきが少ない
・無理してイキってツヤツヤに頑張っちゃってる時計とは違うところ
・威嚇や主張するためではない、目的による形状とデザインの持つ迫力
・練りに練った感が伝わって来る設計の妙は圧巻です

【ここが×】
・使用における劣化への思想がちょっと甘い印象はある
・すぐ塗装がはげて端がテカテカになるバンド
・傷つきやすいアクリルのベゼルリング(実用を考えると悩ましいか)

・あとはこのモデルに対して云々じゃないんですけど、ちょっと勿体ないというか、もうちょっと進化のさせようもある気がするんですよね。この外胴ダイバーズに関して復刻を繰り返して、栄光の過去にしてしまうにはあまりに惜しいというか。もっともっと先に進んで、未来の復刻対象となるようなモデルを今こそ我々でつくるんだ!つくっていくんだ!という気概が欲しいし、このモデルはそのポテンシャルが十分あるんじゃないかな、と思いました。

・実際の飽和潜水に供するための時計ツールとしてはもうこれで完成されているにせよ、こういう高級時計はもはや「ファンタジーの世界をいかに真面目なお顔して突っ走っていくか」にシフトしていくわけで、オーバースペックな作り込みをいかに真顔で真剣に続けられるか、そういう部分に突入しているはずなんですよね。

・そういった意味で、かつては必要性に基づいた地に足のついた技術向上を真剣に行っていた。それが良かったんですけれども、たとえそれが行き着いちゃったとしても、そこでもうコレで良いじゃんこれ以上やるとコストかかるし〜で止めるのではなく、やり過ぎをあくまで追求し続け、その技術的な進歩しろを着実に埋めてさらなる完全なピースに進むという方向はまだありそうな、そんな気はしています。

例えば、7C46に温度補償を入れる現代的な改良をおこなうとか?
例えば、内胴と外胴の間にエラストマーを巻いて耐衝撃をあげるとか?

…いやでもそれくらい、もう時計としては非常に必要十分すぎる逸品です。SBBN040は買ってよかったし、いろいろ調べてもとても楽しい、素敵な時計でした。


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主要参考サイト

セイコーオフィシャルサイト
セイコー公式インタビュー「セイコー プロスペックス 妥協なき探究心により実現した「クオーツダイバーズウオッチ」とは?
セイコーミュージアム銀座:セイコーマイルストーン ダイバー・プロフェッショナル600
webChronos アイコニックピースの肖像 セイコー/セイコーダイバー
L'orologio 600m professionale


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