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橙の龍はココに居た。

 ホロライブの桐生ココさんが卒業なさるとの事で、僭越ながら小説を書かせて頂きました。

 昔々、あるところに、「世界一の龍」がおりました。

 何が世界一なのでしょう?生き物としての身体の大きさでしょうか?度量でしょうか?供物の数でしょうか?

 その確かな答えをコレだと断言出来る人は居ませんでしたが、兎に角、沢山世界一を持っていた龍が居ました。

 その龍の周りには、龍の恩恵を求めた人が集まり、彼らはやがて一つの集落となりました。その集落の灯りが潰える事はなく、常に笑い声が咲き誇る、明るい場所だったと言います。
 また、その龍自身も自らの世界一に驕ることなく、しかし無邪気かつ自由に振る舞うことで、集落の民達を常に笑顔にしていました。

 朝には彼女の力である『世界を見渡す目』で見えた出来事を面白おかしく民草に聞き伝え、『天界で流行っている遊び』を民草に伝えてはそのルールで戯れたり、

 時に『天界の遊具』を持って来ては民と共に遊びながら日々を暮らしていました。

 さて、とある日のお昼辺りの頃だったでしょうか。いつも快活に振る舞っていた龍でしたが、その日はあまり元気がありませんでした。

「どうなされたのですか龍神様?」

 そう女性が語り掛けると、橙の龍は女性に問い返しました。

「私が突然何処かへ行ったら、お前はどうするか」

 その問いに女性は即座に返事をします。

「龍神様のご決断に、我々が文句を言えるはずがありません。」

 そうか。とだけ呟いて龍は空を仰ぎます。昼の高い陽が橙の龍の身体を眩しく照らしていましたが、龍の心中はあまり穏やかとは言えませんでした。

 龍は近々、この集落を離れなければならなかったのです。

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『文句を言えるはずが無い。』

 その言い回しに龍はもやもやした物を抱えていました。

『彼らは我慢しているのではないか?』

 情けない不安だと思いました。本当は彼らに一抹の不安も残すべきではなかったのに、「下界の者に知られてはならない」天界の掟が、彼女の口を封じていたのです。

 橙の龍はその掟に納得しつつ、民が不安な気持ちを抱いていることを知りながら、それでも聞かずにはいられなかった。橙の龍は心配性だったのです。

 そこで龍は別な人間に問い直す事にしました。
 手頃に暇を持て余している者は居ないかと辺りを見回していると、そこにちょうどよくトテトテと幼な子が歩いて来たので、橙の龍は彼女に同じ質問をしました。

「幼な子に問う。私がこの集落からいなくなったらどうするか」
「え‼︎龍神様どっか行っちゃうの⁈寂しい‼︎」

 それが正直な感想だろうな、と思いました。それが疑いようがないくらいには、龍と民は共に長い時間を過ごしてきたのです。

 また別の意見を聞きたい、と通りかかった青年にも問います。

「青年に問う。私がこの集落からいなくなったらどうするか」
「何故此処を去られるのか、理由をお聴きしても構いませんか?」
「……」
「いえ、勿論無理にとは言いません。それが龍神様のご決断ならば」

 そりゃ理由を聞きたいよな、と龍神様は思いました。それでも人が知りすぎる事があってはならない以上、天界の掟を語る訳にはいかなかったのです。

 少女にも問います。

「少女に問う。私がこの集落からいなくなったらどうするか」
「貴方は神なのでしょう?でしたら、最後まで我々を照らし、胸を張って消えるのが道理という物では無いですか?」

 身につまされる思いでした。けれど胸を張るのは嘘をついているようで息苦しかった。龍は正直者でした。

 龍は迷いました。どのように去れば良いのか分からなかったのです。自らの身の振り方に悩みながら、龍は夕陽の中眠りに付きました。

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 さて、そんな事を沢山聞いてしまった民達は、龍神様はきっと何処かに行かれるのだろう、という事を薄々と察し、祭りを開きました。
 もしそれが気の所為だったとしても楽しい事には変わりないだろうと思ったので、開かない理由がありませんでした。

 祭り自体はとても明るく、普段にも負けない賑やかさで執り行われました。その中で橙の龍は、胸を張って言える限りのことを言おうと決めたのです。

 縁もたけなわ、夜がもうすぐ龍と民を迎えに来る頃合い。橙の龍は口を開きます。

「我の為に盛大な祭りを開いてくれた事、誇りに思う。我はもうすぐ旅立たねばならぬ。すまないが、理由は…言えない。言ってはならないのだ。」

 民達はただ黙って聞いていました。

「理由も言わず突然旅立つ事を、許して欲しい。そして、最期まで貴公らの神であれなかった事、誠に済まなく思う。」

 流れる沈黙、人に頭を垂れる龍のその姿は、その龍の驕りなき生き様を体現していました。
 すると沈黙を破るように人の子が口にするのです。

「龍神様。もしかしたら、今龍神様の心の中には、済まなかったという贖罪の気持ちがあふれているのかもしれません。しかし我々には龍神様を責めたいという気持ちなど、一寸たりとも存在する筈が無いのです。」
「龍神様が降り立ってくれて、ただ日々を過ごすだけの我々に笑みを与えて下さった。我々が生きる理由を下さった。だから我々は、今現在までこうして命を紡げている、生を続けられているのです。」
「我々に意味を与えて下さった、それだけで」

 彼は泣いていた。

「……それだけで、我々は…。」

 幼な子が飛び出てきた。

「やっぱり寂しいよ‼︎龍神様ぁ〜‼︎行っちゃヤダ‼︎」

 これ、龍神様を困らせてはなりません、と出てきた母親の声も若干震えている。

「いい大人が、しゃんとしなさいッ‼︎」

 そう稲妻のように叫んだのは、少女でした。

「私達は何の為に祭りを開いたの⁉︎龍神様と共に有り、その笑顔を刻みつける為でしょうが‼︎それをいい大人がわんわんわんわんと…」
「これじゃあ、龍神様と笑顔でお別れ出来ないでしょうが…龍神様を困らせてるのは、どっちなのよ…」

 そうは言いながらやはり少女も寂しそうでした。

 涙の空気が漂う中、人の民のリーダーが龍の前に一歩踏み出し、想いを胸に語ります。

「龍神様。龍神様が何処に旅立たれるのか、賤なる身分の我々は知る由もありません。ですがそれを龍神様が気に病む事は無いのです。我々は龍神様の旅の御幸運を、心よりお祈りしているのですから。」
「よろしければ、コレを。我々が協力して作り上げた物です。」

 それは、御守りでした。思い出で編み上げられたお守り。

「ありがとう…ありがとう。」

 それを龍は大事にしまっておくと、涙を流すのを辞め、こう、民に告げるのです。

「よし‼︎我を信仰する民達ヨ‼︎今夜は無礼講である‼︎」

 そう告げ、大きな翼を広げます。
 冷たく湿った霧を払うかのように。

 いつもの如く龍は自由に無邪気に振る舞います。
 そんな無邪気さが民達の生きる意味となっている事を、龍は知っていました。

「我が与えた『遊び道具』を持てッ‼︎今夜の『遊び』は特別ルールだ‼︎もし我を打ち倒す事が出来れば、天界に渡る権利をやるぞッ‼︎それだけではなく、我が溜めた宝も全てだ‼︎さぁ、本気で掛かってこいッ‼︎」

 ……アレ?雲行きが怪しいですね。

「何と‼︎では本気で挑まねばなりませんな‼︎」

 そうして彼らは、『遊び道具』を手に持ち始めました。
それは黒くL字型の…まぁ、後世で言うところの『チャカ』と、銀の刀身に木製の持ち手が美しい『ドス』でした。

 そして、『天界で流行っている遊び』とは、いわゆるヤクザごっこ、ひいては下克上の事。中々ワイルドな遊びでした。

 龍と民達は一晩中、チャカと刀、龍の炎とで『じゃれあい』、一晩中笑いと篝火が潰える事はありませんでした。
独特な天界の文化が根付いた、そんな集落のお話です。

ーーーーー

 翌日、篝火はすっかり黒く冷え切り、段々と命が目覚め始める早朝。

 民達は疲れ果てて眠ってしまい、彼らが起きる様子がない事を確認した龍は、静かに朝焼けに向けて飛び去ってしまいました。

 その橙の体躯は朝焼けのオレンジ色に照らされ、やがて太陽に溶けるようにして消えていきました。

 彼女は別の地に旅立ったのかも知れません。天に召され更に上位の存在になったのかも分かりません。

 少しして起きだした民達は、此処に龍神様が既に居ない事と、空に橙色の虹が掛かっているのを、しっかりと目に焼き付けました。
 その景色とほんの少しの硝煙の匂いが、彼らにとって唯一無二の思い出となったのです。

 とても派手なハレの日を終え、民達は龍神様の居なくなった毎日を力強く暮らします。それが自然であるという事、龍神様が居なくなった理由を問い詰める事は、人間の身の程を知らない行為だという事を、誰もが信じていたからです。

 それに、民達は既に満たされていたのです。祭の時に焚いた橙の篝火が民達の心に灯り続ける限り、これまでの龍神様との思い出と共に、橙の龍は『此処』に生き続けるのです。

 それ以上の物を、民は欲しませんでした。

ーーー

 昔々、ある所に、「世界一の龍」がおりました。

 何が世界一だったのでしょう?身体の大きさでしょうか?度量でしょうか?供物の数でしょうか?

 それらもそうでしたが、彼女が世界一と呼ばれた一番の理由はもっと別の所に有りました。

 彼女が世界一と呼ばれた理由。それは、彼女と彼女を取り巻く民達の、笑顔の思い出にあったのです。

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 因みにその後、彼らの子孫は「ヤクザ」と呼ばれる組織を立ち上げ、その組織に龍の名前に因んだ「キリュウカイ」という名前を付けるのですが、それはまた別のお話。

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