新校舎の蜘蛛

 女はブリッジをしていた。逆さ向きになった人間の顔はどうしてこれほど恐ろしいのだろう。それが笑い顔なら猶更だ。肩の間接は明らかに外れていた。いや、彼女にとっては、これが普通の姿か。普段はなんと窮屈な体勢だったのだろう。その証拠に、彼女は俺よりも早くその四肢を動かしている。追いつかれるのも時間の問題だ。しかし、この校舎はこんなに長かっただろうか。いつもならすぐに到達する階段が遠すぎて見えないほどだ。おまけに、廊下の所々は白い糸で覆われている。まるで蜘蛛の巣だ。そこまで考えた俺はもう一度後ろを振り返った。なるほど、何かに似ていると思ったが、女の顔はジョロウグモの背を上下ひっくり返した模様にそっくりだった。模様が外向きに開き、柔らかい肉を求めて顎が蠢いた。糸が右足に絡んだ感覚がした。

 どこの学校にもあるような噂。立ち入り禁止の旧校舎には、もう使われていない制服を着た女学生が現れる。彼女を探しに行った先輩が行方不明になった。彼女は旧校舎で亡くなった生徒だ。彼女は恋人に裏切られて自殺した。彼女に遭うと死ぬ。
 とはいえ、旧校舎は解体されることになり、この噂はそのまま立ち消えるはずだった。だが……噂のモンスターが引っ越しをするなどということはあるのだろうか?旧校舎が更地になったその日から、女学生は新しい校舎に現れるようになった。そして、死人が出た。
 頭の上半分を千切り取られた男子学生。学校や警察は「不幸な事故」とだけ発表した。だが、その悲惨な姿を直接見た生徒が一人だけいた。彼女は「脳みそ食い千切られてた」と言い残し、退学した。
   
 「申し訳ございません、私のサイズでは、この学校の制服には既製品が無いそうですので、しばらくはこの格好で通わせて頂きます」その女生徒は今時見ない古風な黒い制服に身を包んでいた。日本人離れした背格好は他の生徒から好奇の目を集めていた。(続く)

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