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三秒もどせる手持ち時計(2章4話:再会)

4.再会

 少しの間があった。そして、真田あやめは大きく息を吸って、吐き出した。
「分かったわ。でも、その前に、あなたの目的をちゃんと話してちょうだい」
 あやめの表情は、まだ険しい。
「目的だなんて、大層なものはありませんわ。まぁ、パーティーまで少し時間もありますし、中に入って話しましょう。秀次さんも、どうぞ」
 そう言って桜子は、自室に二人を招き入れた。
「じゃあ、お邪魔します」
 秀次は、中の光景を見て少し驚いた。八畳ほどの洋室に勉強机とベッドが置かれている。ベッドの奥にある棚には、フィギュアや漫画本、アニメのDVDなどがたくさん並べられている。
「へーなんか意外。小豆沢あずさわさんって、漫画とか読むんだ」
 秀次は、あやめの声のトーンが少し変わったように思えた。
「わたくしも、あやめさんと同じ可愛い女の子ですわよ。それに、呼び方も桜子でいいですわよ」
 桜子は、屈託のない笑顔で言った。それを聞いて、なぎさが舌打ちをしていそうだが、気にしないことにした。
 部屋に入ると、桜子はベッドに腰を掛け、床に『魔性の香水』を置いた。すると、黒い着物に深緑の帯を締めた小柄な女性が現れた。黄金の髪飾りと右肩と左腕にある白とピンクの花柄が印象的であった。
「初めまして。私は、柊ツクヨと申します。『魔性の香水』の所有者かつ小豆沢桜子の案内人を行っております」
 ツクヨは、冷静かつ丁寧な口調であった。秀次は、なぎさとは大違いだなと思った。
(失敬な!とりあえず、わらわも出せ!)
 秀次とあやめは、ツクヨに簡単な挨拶を交わした。そして、『逆巻き時計』を床に置いた。
「久しいのう。ツクヨ。何年ぶりかのう」
「五年ぶりです。会いとうございました、お姉さま」
 ツクヨは、感激と羨望が入り混じった目をしていた。
「よかったですね。ツクヨさん。ずっと、なぎささんに会いたがっていましたもんね」
 桜子が、ツクヨを見ながら言った。
「しかし、こうして会うまで時間が掛かったのう。お互い居場所が、分かっていたというのに」
「それは、桜子さんにも思いがありましたので、そちらを優先しておりました」
 ツクヨは、少し申し訳なさそうに言った。なぎさとあやめの視線が、桜子に向けられていた。
「さぁ、何のために秀次君に近づいたかを教えてちょうだい。そもそも、婚活パーティーなんて行かなくてもよさそうじゃない」
 あやめは、語尾を強めて言った。
「あら。結婚に憧れる女性は多いわよ」
「桜子さん。悪い癖が出ていますよ」
 そう言うと、ツクヨは全員を見渡した。そして、あの婚活パーティーに行った経緯を話し始めた。
 ツクヨは、研究者として日頃から神具に触れている。そのため、神具の発する独特な呼応を繊細に感じられるらしい。
 あの日、『魔性の香水』がその独特な呼応を示したため、桜子と共にそれを追って、婚活パーティー会場に辿り着いたそうだ。
「あの時、『逆巻き時計』を持った秀次さんが、『魔性の香水』の半径20キロ以内に入ったことで、呼応を始めたのだと思います」
「でも、あのパーティーは予約制じゃなかったか?」
 秀次が、ツクヨに質問する。
「それは、桜子さんが上手く運営の方を説得してくれました」
 なぎさが、何かを言いたそうにしていたが、話の腰を折るまいと堪えている様に見えた。
「じゃあ、ツクヨさんには他の神具の在り処もわかるの?」
 あやめが、質問をする。
「直近七日以内に使われた神具であれば、捕捉可能です。しかしながら、その期間を超えると、神具の呼応が微小となるため、捕捉が不可能です」
「つまり、今のところ『逆巻き時計』以外は捕捉出来ていないのじゃな?」
「残念ながら、今のところは捕捉されておりません。しかし、私の力は他の兄妹には知られておりません。そのため、今後、呼応を確認でき次第、なぎさ姉様に知らせれば、ミコト兄様を出し抜く材料にはなるかと思います」
 ツクヨは、なぎさに訴えかけるように言った。
「ツクヨは、何故わらわに肩入れするのじゃ?」
 なぎさが、質問を投げかける。
「私は、技術局の研究員という立場上、中立派に位置しています。さらに言うと、あの報告書を知って、父上と母上の捉え方の違いも理解できます。しかしながら、他の時代に干渉する母上の対応は、更なる災いをもたらし兼ねないとも考えております。そのため、皇帝派かつ最も尊敬するなぎさ姉様にお力添えしようと考えた次第です」
 なぎさは、頷きながら聞いている。
「その場合の更なる災いとは、具体的に何なんだ?」
 秀次が、さらに質問する。
「…この時代で、起こりうる災いはそれほど大きくはありません。なぜなら、『時の羽衣』を使った転送は、私たちの時代から1万年後が最長です。そして、この時代には神具が存在しません。つまり、この先の未来は誰にも知りようがないと言えるからです」
 ツクヨは、息を整えて続けた。
「例えば、この時代の記録によると、現代から六千年前。私たちの時代から四千年後の時代に氷河期が存在したのではないかと言われています」
「じゃあ、ツクヨさんのご両親の考えは、杞憂きゆうに終わるのではないのかしら?」
 桜子が、言葉を発した。
「そうなのです。しかしながら、私たちは既に未来に干渉してしまいました。そのため、私たちの時代から見た未来は、この時代とは別の未来に進んでいると考えられます」
「つまり、神具が有ろうが無かろうが、結局、この時代の未来は何が起こるかわからないということか?」
 秀次が口を挟む。
「そうです。さらに言えば、『時の羽衣』で転送できる神具には人類を滅亡させるほどの代物はありません」
 秀次は、無言で頷いた。
「加えて、私の推論では生命体はその時代の歴史を通じて変化していくものと考えます。そのため、通常では育まれない異物。つまり、時を超えてきた生命体は、少なからず淘汰されるはずなのです。また、それを実現するためには時間や空間、さらには次元に至る全ての理を改変する必要があります」
「つまり、わらわ達がこの時代に移住しても、いずれ滅びる。それを回避するには、この世のすべてを消し去るしかないと言うのじゃな」
「そうです。だから、母上たちを止めなければなりません。これが、私が皇帝派を支援する理由です。そのため、最も尊敬しているなぎさ姉様と共に歩みたいと考えています故、桜子さんにこうした機会を作って頂きました」
 なぎさは二度頷いて、ツクヨに感謝の言葉を述べた。すると、桜子が口を開いた。
「ツクヨさん。そのような事情があるのなら、もっと早く言っていただければ、こんなに遊びませんでしたのに」
「遊んでたって、どういうこと?」
 あやめが、詰める。
「あっいえいえ、こっちの話ですわ」
「桜子さん。駄目ですよ。正直に話さないと。桜子さんは、少女漫画の登場人物に憧れを抱いており、自分もそうなりたいと願っておりました。そこで、自分もそれに倣って男性の友人を作ってみたいと思うようになったのです」
 あやめとなぎさの視線が、桜子に冷たく降り注ぐ。
「ちょっと、ツクヨさん。言い過ぎ」
 しかし、ツクヨは桜子の静止を無視して続けた。
「さらには、あやめさんの必死な姿を見て、少し悪戯したいとも考えておりました」
 それを聞いて、秀次は目を瞑って斜め下を向いた。すると、
「この女狐が‼」
 なぎさと、あやめが叫んでいた。
「ごめんなさい。悪気はなかったのよ。ただ友達になりたかっただけなの。でも、女狐なんて、ひどい。ツクヨさん。何とか言ってください」
「…そうですねぇ」
 ツクヨが、首をひねった。そして、
「…はい。どう考えても桜子さんは女狐です。観念してください」
「みんな、ひどいですわ」
 桜子は、そう言いながら項垂れた。秀次は、桜子が清々しく糾弾されたことで、なぎさとあやめから彼女に対する敵対心が消えていくのを感じていた。

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