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三秒もどせる手持ち時計(2章15話:参考)

15.参考

「秋山は、今後、やってみたいことはあるか?」
 勝山課長が、秀次にそう問う。ここは、会社の小会議室。殺風景な部屋に、勝山と二人きりだ。二年ほど前から、賞与のタイミングで上司と面談をするのが、恒例となっていた。
 そして、毎回聞かれるのだ。自分のやりたいことを。
「…いやぁ。今、パッとは思いつきません」
 秀次は、この質問が非常に苦手であった。仕事の事を考えれば、考えるほどにやりたくない事ばかりが思い付く。
「はぁ。秋山、お前はいつもそうだな。真田を見習え。真田を」
 勝山曰く、真田は部署の改善から新規案件まで多くのことに興味があるそうだ。うらやましい限りである。
「まぁ、とりあえず。業務連絡を先に伝えると――」
 秋山の会社は、大企業とは言わぬものの、それなりに大きな会社だった。特に、インフラの分野では高いシェアを誇っており、業績も好調だという。そのため、海外の市場を獲得すべくタイでの工場立ち上げが計画されているらしい。
「と、まぁこんなところだ。どうだ、少しは興味が出てきたか?」
 勝山が言う。
「いや。全く…」
「ほんと、お前は。仕事は、出来るんだから、もっとあれだ。野望を持てというかだな。俺の若い頃は――」
 こうして、面談では勝山の昔話を聞かされる。要約すると、高卒で現場作業者からスタートして、設計部の課長まで昇進した話だ。確かに、凄いと思う。しかし、自分がそうなりたいかは別の話だ。
(野望が無いと知られているではないか。さすが、秀坊じゃ)
(褒めてないだろ。それは)
 秀次は、無表情でなぎさと会話をする。しかし、なぎさと出会ってから、自分の野望を探すように心がけてきた。それだけでも、もしかすると進歩なのかもしれない。
 しかし、秀次は入社してからというもの、自分を偽って好きでもない仕事ばかりをしてきた。結果、自分でも何がしたいのかが分からなくなっていた。
「という訳だ。聞いてるか?秋山」
 勝山が問いただす。
「はい。大体は…」
「はぁ。そうだなぁ…」
 勝山は、意外と親身になって考えてくれる。多少、時代錯誤なところもあるが、部下思いのいい上司だとは思う。
「秋山は、もっと視野を広げたり、視座を変えたりしてみたらどうだ。実務レベルでは、それなりに見通しが立つだろう。それを少し遠くまで眺めてみたり、視点を変えてみたりだなぁ」
 勝山の言葉は、ご尤もだ。そう言えば、千賀にも同じようなことを言われた。
(なかなか良い事を言うではないか。そうだのう。わらわには、貴様の仕事は分からぬが、例えば、新しい事を始めてみるとか、知らない場所に行ってみるとかじゃな。幸い、あやめも近くにいるのじゃから)
「参考にします」
 秀次は、勝山となぎさに同時に答えた。

 帰宅すると、少し早くあがったあやめが夕飯を作ってくれていた。どうやら、小豆沢祥子に教わったマッシュポテトを作ってみたらしい。
「いつもありがとう。でも、少し多くないか?」
 見ると、あやめのマッシュポテトは大きめのボールに入っている。
「そうかなぁ。とりあえず、ジャガイモを六個使ってみたんだけど」
 秀次は、思った。おそらく、それは四人前ほどあるのではないかと。
「まぁいいじゃん。残ったら、明日も食べれば。ところで、面談どうだった?」
 秀次は、勝山との面談の話をした。いつも通り、やる気が無いところだけをアピールしてしまったと。
「そうなのじゃ。あやめも助けてやってはくれんか。この情けない秀坊を」
 ホログラフのなぎさが、目を細める。
「そうだねぇ。秀次君は、ほっといたら家でゲームばっかりしてそうだし…」
 確かに、一時期オンラインゲームにはまっていた。しかし、あやめと付き合うようになって、格段に頻度は減った。
「じゃあ、こうしよう。とりあえず、外に出て、身体を動かそう。で、色々な景色を見よう。そうしたら、何か見つかるかもしれないよ」
 あやめは、明るい笑顔で言った。
「そうじゃのう。それじゃあ、二人で先日言った逢坂に行くところから始めてみてはどうじゃ?調度、連絡が来とった気がするのじゃ」
 そう言えば、なぎさが妹のなごみと彼女の神具の使用者と会って欲しいと言っていた。彼女らは、どうやら他にも神具を持っている人物を見つけたらしい。
「でも、それには段取りが必要だろ。いつでもって訳にはいかないはずだぜ」
 秀次は、あまり乗り気がしないので、無理な理由を述べてみた。
「そんなことは無いぞ。わらわが言えば、なごみはすぐ計画するはずじゃ」
 なぎさは、自信満々に言う。秀次は、なぎさの自信過剰も少し羨ましく思えてきた。
「これで、秀次君も野望が見つかるね!」
 あやめが、再び笑顔で言う。
 秀次は、あやめの言葉を聞いて、斜め上を見た。いつか見た換気扇が見える。それを見ていると、自分は本当に情けない奴ではないかと思えてきた。そして、考えるのを辞めたくなった。
「はぁ…。そんなもんなのか?」
 秀次は、力なく言った。
「そんなもんだよ!」
「そんなもんじゃ!」
 あやめとなぎさが、同時に答えた。部屋には、いつか聞いたような言葉が響いていた。

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