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三秒もどせる手持ち時計(2章8話:演劇)

8.演劇

 桜子は、先ほどまで見せていた砕けた雰囲気から一変して、毅然とした姿を見せていた。おそらく、北村涼の前だからであろう。
(私が言うのも何ですけれど、桜子さんは白ですよ)
(同感だよ)
 すると、桜子は秀次の前にある椅子に座った。そして、桜子は秀次ではなく涼の顔を見た。パーティーでは常に共に過ごしたうえに、ツクヨが付いているからであろう。
「では、桜子さんは19時から21時の間、どこで何をしていましたか?」
 涼が尋ねる。桜子は、常に秀次とあやめと居たこと、途中で柚葉の部屋に行ったこと、そして時折、京子と楽しく会話したことを話す。
「では、何か気になったことはありましたか?」
 涼が続ける。
「そうね。『鶴と水面』が何かいつも違う雰囲気だった気がしますわ」
 桜子が答える。確かに、彼女は『鶴と水面』をまじまじと見て言っていた。
「具体的には、どう違ったのですか?」
「いつも感じる由緒ある気品が無かったと言いますか。何か新鮮さを感じたと言いますか。言葉では言い表しにくいオーラ的なものですわ」
 桜子がそう言うと、涼が頷いて、軽くメモを残した。
「桜子さん。ありがとうございました。真田さんを呼んできていただけませんか?」
「いいですわよ。ところで、警察には届けないのですか?」
「祥子さんは、小豆沢家の問題なので届けるつもりは無いそうです」
 桜子は、「そう」と言って、外に出ていった。
 
 続いて、あやめが部屋に入って来た。彼女は、少し頬が赤くなっているが、いつもと変わらぬ雰囲気だ。
 そして、あやめも桜子と同じく、秀次と桜子と行動していた旨、柚葉の部屋に行った旨を話した。
「では、何か気になったことはありましたか?」
「うーん。お色直し前と後で、京子さんの雰囲気が変わったなと思いました。何か、緊張がほぐれたというか…」
「そうですか。わかりました。ありがとうございます」
 
 次に、来たのは蓮也だった。彼は、無表情のまま椅子に座ると、涼の問いに淡々と答えた。彼は、高砂席から一歩も動かず、神奈川凛が定期的に運んでくる料理やお酒を楽しんでいたという。また、常に涼か京子のどちらかと話していたと言っている。
(印象通りですね。つまり、彼と涼さんには『鶴と水面』を割ることはできないことになります)
 秀次も、ツクヨと同意見であった。しかし、蓮也が先ほど見せた怪訝な表情が気になった。祥子との関係は良好ではないのだろうか。
「では、何か気になったことはありましたか?」
 涼は、定例の質問を投げかける。
「…真田さん、と言いましたっけ?あの人は、細身なのによく食べるなと思いました」
 秀次は、笑いを堪えるのに必死だった。まさか、この人物からあやめの名前が出てくるとは思わなかった。
 
 続いて、京子が入って来た。すると、犯人は愛葉心で決まりではないのかという意味の言葉を発した。
「まぁ、これは形式的なものですので、よろしくお願いします」
 京子は、お色直しの時間を除くと、涼と蓮也と共にいたと話した。さらに、お色直しの時は、自室で神奈川凛のサポートの元、今も着ているドレスに着替えたという。
「いつも神奈川凛さんにサポートをお願いしているのですか?」
 秀次も、質問してみた。
「今日は特別。このドレスと髪飾りは、今日のために作ったから少し時間が掛かりそうでしたので」
 そう言うと、京子は立ち上がった。気になったことも、特に無いという。
 
 しばらくして、愛葉心が現れた。京子は、誰かに彼を呼びに行かせたのかもしれない。
「京子さんから、呼ばれたんですか?」
 涼が、愛葉に聞いた。
「いいえ。犯人とは話したくないとのことで、凛さんが呼びに来ました」
「そうですか」
 涼は、そう言って、何かをメモした。
(何でしょうか、この感じは…。京子さんの決めつけもですが、こうなる事を予想して敢えてこの順番にしたような気もします)
 すると、涼は定例の質問を始めた。
「俺は、『鶴と水面』が返却された頃に、離れに戻りました。そして、新作の制作を進めていました」
「なるほど、それを証明できる何かはありますか?」
 涼が、優しく聞く。
「無いと思います。強いて言うならば、制作した作品でしょうか…」
「わかりました。では、何か気になったことはありますか?例えば、何か物音がしたとか」
「特に、ありません。アトリエのドアも閉めていましたし、花火の音も響いていたので、割れた音も聞こえなかったのかもしれません」
 愛葉は、迷いなく答えた。その眼には、自分は無実であると訴えている様にも感じた。
「わかりました。ありがとうございます」
 愛葉は、涼の言葉を聞いて、静かに部屋を後にした。
(ツクヨは、どう思う?)
 秀次は、ツクヨに聞いた。
(黒にしては、あまりにも杜撰ずさん。白にしては、あまりにも淡白と言ったところでしょうか)
(俺も、そう思う。それも、これから聞く人によって疑いが晴れると思っているようにも見えた)
 ツクヨは、少しうなり声をあげた。
(無実であれば、必ず疑わしき人物が現れると信じている。もしくは、そう思わせておいて…。やはり、まだ情報が足りませんね。引き続き、考察を続けましょう)
 
 次に入ってきたのは、祥子であった。彼女は、少し疲れているように見えた。
「では、祥子さんは19時から21時の間、どこで何をしていましたか?」
「私は、パーティーが始まって、京子さんのお色直しが終るまでは、パーティールームとダイニングルームを行き来しておりました。八時くらいからは、パーティーの補助もひと段落着いたので、皆様と交流を」
 祥子は、俯き加減で答えた。それは、何か内に秘めた重いものを抱えているようであった。
「…では、他に何か気になったことはありましたか?」
 涼も、神妙な表情で聴く。
「…そう言えば、ダイニングルームから離れが見えるのですが、心さんが珍しく窓を開けているなと思いまして」
 聞くと、愛葉心は作品制作に集中するため、普段は窓を開けないらしい。さらには、アトリエも防音壁を取り付ける徹底ぶりだという。
「ただ、そのおかげで、心さんが制作を行っている様子を何度か見ましたわ。一部始終では、無いものの、作品の進み具合から見て、ずっと籠ってらしたと思います」
 小豆沢家の実質トップが言うのであれば、それはそうなのかもしれないと思った。
「ありがとうございます。では、次は凛を呼んできてもらえませんか?」
「わかりました」
 祥子は、そう言って部屋を後にした。その後ろ姿からは、負の感情とそれに打ち勝つしなやかさを感じた。
(順序良く状況が明らかになりますね)
(…そうだな)
 
 すると、神奈川凛が入って来た。凛は、何かに怯えておるのか、視線が定まらない。
「凛、19時から21時の間、どこで何をしていた?」
 かつての師弟だからであろう、涼は砕けた口調で言った。
 凛も、祥子と同じくパーティーの世話役をしていたため、パーティールームとダイニングルームを行き来していたという。また、京子のお色直しの際は、それに立ち会ったとも話した。
「他に何か気になったことはあったか?」
 涼が聞く。すると、凛の目線はより一層定まらなくなった。
「何かあるなら、言えばいい。幸い、ここには小豆沢家とは無関係の二人しかいない」
 凛は、涼の言葉を聞いて、少し落ち着いた。そして、
「京子さん。和服の下に黒いドレスを着ていらっしゃいました。着替えに時間が掛かりそうだからだとか…」
 凛は、何かを躊躇っているように見えた。
「なので、着替え自体は十分少々で終わりました。でも、それにしては、戻ってくるのが遅かったなと…」
「凛は、京子さんの着替えの後はどうしてた?」
 涼は、真剣な眼差しで聞いた。
「そのあとは、すぐにダイニングルームに行きました。そして、祥子さんとその後の段取りをして、二人でパーティールームに戻りました」
「それについては、後で祥子さんに聞いてみるよ。他にはあるか?」
「特には、ありません」
 すると、涼は凛に柚葉を連れてくるように言い、話を終えた。
(まただな。何かの演劇を見せられているようなテンポの良さだ)
(そうですね。現状では、愛葉さんへの疑いがやや解けて、京子さんへの疑念が生まれたということでしょうか)
 
 すると、小豆沢柚葉が入って来た。秀次は、花火を見ていた時に誰かが不可解な言葉を口にしたのを思い出していた。

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