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三秒もどせる手持ち時計(2章2話:視線を上げたら)
2.視線を上げたら
『逆巻き時計』『魔性の香水』『隔絶の小箱』『空言の筆』『覆滅印』『強運の賽』。
この六種の神具が、時代を超える転送を許される。その内、『逆巻き時計』『魔性の香水』の使用者は分かっており、柊なごみは誰かに『隔絶の小箱』を貸与しているという。
そのため、柊ミコトは『空言の筆』『覆滅印』『強運の賽』のどれかを所有し、誰かに貸与していると予想される。
(ということで、いいのか?)
秀次は、柊なぎさに尋ねた。
(左様。しかし、使用権の移動ができる以上、現時点で誰がどの神具を持っているかはわからぬのじゃ)
柊なぎさの首を傾げた様子が浮かぶ。
(…つまり、一つずつ見つけて再転送していくしかないってことか)
秀次は、遠くを見ていた。
(場合によってはの。まぁ地道に行こうではないか。秀坊の野望も道半ばじゃしのう)
(俺の野望か…。見つかるといいな)
秀次は、大きく息を吸って、やや俯いた。
(何を言うか。わらわには、少しずつじゃが、何かに近づいているように思えるぞ)
秀次は、ため息をついた。
(だと、いいんだけどな…)
そして、秀次は真田あやめの姿を思い浮かべた。彼女は、いつでも顔を上げて生きているように見える。そして、あやめを見習えば、見える景色も変えられるのかもしれない。そう思った。
「秋山。ため息なんかついて、大丈夫か?」
隣から声が聞こえた。千賀係長である。
「あっいや、大丈夫です」
秀次は、慌てて答える。千賀は、「ならいいが」と言いながら、資料を渡してきた。
「時間がある時にでも、この資料を見直しておいてくれ。頼んだぞ」
そう言うと、千賀は足早に歩いて行った。
資料に目を落とすと、どこか見覚えのある資料だった。もしかしたら、自分も関わっていたのかもしれない。そこで、少し目を通してみようかと思った矢先、別の声が聞こえた。
「秋山先輩。この前は、ありがとうございました。おかげで、無事に終わりました」
白石明人である。富山県への出張以来、1か月ぶりの再会であった。
「それは、どういたしまして。ところで、珍しいな、こっちに来るなんて」
「いや。午前中、研修があったんで。ついでに、挨拶周りとあやめ先輩と軽い打ち合わせをしようかと」
秀次は、あやめデスクに目をやった。どうやら席を外しているようだ。
「それより、聞きましたよ。あやめ先輩との事」
秀次は、飲みかけたお茶を吹き出しそうになった。白石を見ると、獲物を見つけた獣のように不敵な笑みを浮かべている。
「あー白石君。待ったー?」
すると、真田あやめが戻って来た。
「いえ、全然。ところで、二人とも。今日、どうすか?」
白石は、飲み物を飲む仕草をしながら言った。
「いいじゃん。行こうよ。秀次君も行くでしょ?」
「りょーかい」
秀次は、そう言いながら、少し体を伸ばした。そして、少し目線を上げるだけで、違った景色が見えるかもしれないと思った。
待ち合わせの居酒屋は、駅のそばにある焼鳥屋だった。秀次は、会議が少し押したので、遅れて到着した。
「あっおつかれっす。ビール頼んどきましたよ」
「サンキュー」
そう言うと、あやめが奥の席に入れてくれた。この居酒屋は、真ん中の通路を挟んだ両サイドにテーブルが置かれ、入り口側にカウンターが、奥にトイレが設置されている。
三人が軽い雑談を交わしていると、ビールとお通しが運ばれてきた。そして、すぐに乾杯をする。すると、白石が不敵な笑みを浮かべてきた。
「さてさて、どこから聞こうかな」
「どっからでもいいよ」
あやめが、すぐに答える。秀次は、彼女のあっけらかんとした姿をうらやましく思えた。
(これは、これは、秀坊の“情けない話”が披露されるのかのう)
なぎさも、きっと不敵な笑みを浮かべているに違いない。
(…うるさいなぁ)
「じゃあ、まず。どっちから言ったんすか?」
秀次は、あやめの方を見た。すると、あやめと目が合った。そして、
「私からだよ」
あやめは、そう言うと事のあらましを話し始めた。無論、神具のことは隠しながら。
「秋山先輩。めちゃくちゃ情けないじゃねぇーすか」
「…それは、何回も言われたよ」
秀次は、頭を掻きながら、目を細くして言った。なぎさの含み笑いの声も漏れていたが、聞こえないふりをした。
「でも、それが秋山先輩らしくて、いいんじゃないすか。ねぇ、あやめ先輩」
白石が、あやめの方を向いて言った。
「まぁねっ」
あやめは、微笑みながら言った。
「そう言えば、白石は俺らの事、どっから聞いたんだよ」
「あー私も聞きたい。特に、社内では言ってなかったもんね」
あやめは、秀次に目配せしながら言った。
「それは、あやめ先輩を見てたらわかりますよ。秋山先輩からは、微塵も感じませんけど」
「えっそうなの」
あやめは、両手を口に当てて、顔を赤らめた。
「俺は、前と変わらない気がするけどなぁ」
秀次は、あやめの方を見て言った。
「いや、それは鈍すぎるでしょ!」
(そうじゃ。鈍感すぎるのじゃ!)
なぎさの声も聞こえた気がしたが、無視をした。その後も、秀次の“情けない話”を中心に話が弾んだ。しかし、時おり、あやめがフォローを入れるので助かった。
しばらくすると、店員がお盆にビールを乗せて歩いてきた。おそらく、あやめが頼んだビールだろう。すると、その店員は何かに躓いた。そして、ビールがガラの悪そうな男にかかってしまった。
その男は、店員に何かを言おうとした。その時、秀次の手にぬくもりを感じた。
「秀次君。時計」
秀次は、あやめの声を聞くと同時に、ポケットに入れた『逆巻き時計』を使った。すると、モノクロの風景が広がった。しかし、いつもと何かが違った。見ると、色彩を帯びた真田あやめが店員の方へ向かっていく。そして、周囲の色が元に戻った。
秀次が、店員の方を向くと、そこにはあやめがいた。
「危ないですよ。気をつけてください」
「ありがとうございます」
すると、ガラの悪そうな男は彼女らの横を通り、トイレに入っていった。
(なぎさ。今のは?)
白石は、あやめのビールを受け取り、ハイボールを頼んでいる。
(もしかすると、あやめの手に触れて『逆巻き時計』を使ったかもしれぬ)
あやめが、何食わぬ顔で席に戻って来た。すると、白石が立ち上がった。そして、「トイレに行ってきまーす」と言って奥へと向かっていった。
秀次は、白石が少し離れたのを見て、あやめに聞いてみた。
「あやめちゃん。今のは?」
「あー。さっき、急に周りが白黒になってさ。これが、『逆巻き時計』の効果なのかなぁって思ったの。で、動けそうだから、動いちゃった」
あやめは、おどけながら言った。
「あやめちゃん、すごいなぁ。俺、初めての時、全く動けなかったぜ」
「うーん。だって、秀次君が使ってくれたものだし。それに、視線を上げたら、店員さんがいて、待ってたら間に合いそうになかったから、つい」
「はぁー」
秀次は、返す言葉を見つけられなかった。
(…これは、あやめの行動力の賜物かもしれんの)
秀次も、なぎさの意見に同意した。そして、あやめに感服すると同時に、あやめの姿を見習いたいと思った。
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