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三秒もどせる手持ち時計(2章5話:宴の最中)

5.宴の最中

「そろそろパーティーの時間ですわね」
 桜子は、力の抜けた声で言った。しかし、秀次には桜子が肩ひじを張らず自然体になったように見えた。
「今のを聞いて、桜子ちゃんと何だか仲良くなれそうな気がしてきた」
 あやめが、元気よく言った。
「それは、どう言う意味かしら?まぁでも、わたくしもあやめさんとは仲良くなりたいと思っていたので、良かったですわ」
 桜子が、力なく言った。
「これは、女狐から狐になったということかのう」
 なぎさが、茶々を入れる。
「女狐から狐では、性別そのものが変わっていますわ。それなら、女狐の方がましですわよ。なぎささん」
「よかったですね。桜子さん」
 さらに、ツクヨが追い打ちをかける。
「良くないですわ!」
 桜子が、鋭くツッコミを入れる。

 秀次たちは、桜子の部屋を出た。改めて見てみると、小豆沢邸の広さには驚かされる。桜子によると、正面にあるのは桜子の妹・柚葉の部屋と、一階のダイニングルームに繋がる階段だそうだ。
 秀次たちは、桜子の先導でパーティールームへと向かう。階段の先にある玄関を右折すると、二つの客間、そして兄夫婦の部屋を横切り、目的の部屋へとたどり着いた。
 パーティールームに入ると、秀次はその光景に圧倒された。窓からは、日本庭園の裏庭が一望でき、天井からは幾つかのシャンデリアが伸びている。
 目の前には、背の高いテーブルと椅子が幾つかあり、奥のテーブルには和食中心の料理が並べられていた。
「立食形式なんだね」
 あやめが言った。秀次は、桜子と出会った婚活パーティーを思い出して、少し懐かしく思った。
(何だか、懐かしいのう。秀坊が女狐にうつつを抜かしていたのも今は昔)
 秀次は、なぎさの戯言には耳を傾けなかった。
 すると、白い生地に黄色の帯を締めた女性が歩いてきた。その女性は、姿勢が良く、優しさと清潔感が全身から醸し出せられている。
「本日は、小豆沢蓮也あずさわれんや京子きょうこの結婚記念パーティーにお越しいただきありがとうございます。わたくしは、蓮也の母・小豆沢祥子あずわさしょうこと申します。ご挨拶が遅れましたこと、心よりお詫び申し上げます」
 小豆沢祥子は、柔和かつ丁寧な口調で言った。
「えっ」
 あやめが、驚きの声をあげた。無理もない。小豆沢祥子は、おそらく50代半ばの年齢だろう。しかし、その端麗で気品に満ちた出で立ちは、実年齢よりも20歳ほど若く見える。
(なんと麗しい。わらわも、このように年端を重ねたいものよ)
 秀次は、なぎさがそう言うのであれば、やはり相当なのだろうと思った。
 桜子は祥子に二人を紹介し、さらに続けた。
「そう言えば、お母さま。今日、愛葉あいば君も来られるのかしら?」
しんさんは、離れで作品研究をしていますわ。パーティーが始まるころには来ると思いますわよ」
 祥子は、優しい口調で答えた。
 愛葉心あいばしんは、小豆沢祥子の弟子の一人で、小豆沢家の離れを住居兼アトリエとして使っている。また、彼は小豆沢家の歴史においても最高の才能だと言われており、家元である小豆沢蓮也をもしのぐ評価を受けているという。
 すると、神奈川凛かながわりんが倉庫にあった花瓶を運んできた。どうやら、その花瓶は『つる水面みなも』という名らしい。
 桜子は、神奈川凛によって飾られた『鶴と水面』をまじまじと見始めた。
「やはり、何度見ても美しいですわ。これを見る為だけに、ここに来ているといっても過言じゃありませんわよ」
 桜子は、目を輝かせている。
「それは、大げさですよ。桜子様」
 凛が、少したしなめる。
「…でも、何でしょう。何かがいつもと違うような気がしますわねぇ」
 桜子は、首を傾げながら言った。
「気のせいじゃないですか。久しぶりに見たからとか…」
 凛が、やや被せ気味に言う。
「…そうかしらねぇ」
 桜子は、少し腑に落ちない様子だった。
「そろそろ蓮也様と京子様がお見えになられますので、後ほど」
 そう言って、凛はパーティールームを出ていった。どうやら準備に忙しいらしい。
 秀次が時計を見ると、午後5時50分を指していた。
 すると、スーツ姿の男性が入って来た。さらに少し遅れて、黒い和装の男性と白いスーツの女性が入り、扉が閉められた。

 午後6時。パーティールームの扉が、再び開いた。その先にいる女性は、青い生地に黄金の花が描かれた和服を着ていた。小豆沢京子である。秀次は、彼女の大きなつり目に少し冷たい印象を覚えた。
 隣には、黒い袴に藍色の羽織を合わせた男性がいた。小豆沢蓮也であろう。彼は、表情がやや硬く、緊張している様に見える。
 すると、小豆沢祥子が高砂席の横にあるマイクスタンドの前に立ち、開会の挨拶を行った。
 秀次とあやめは、桜子ともに参加者に挨拶をして回った。まず、桜子が話しかけたのは愛葉心であった。
「愛葉君。久しぶりね。元気にしてた?」
 桜子が話しかける。すると、愛葉は軽く頷いた。あわせて、秀次とあやめも簡単な自己紹介をした。
「初めまして愛葉心です」
 そして、愛葉は無表情のまま軽く会釈をし、予め持っていた料理を食べ始めた。
(何だか不思議な“をのこ”よのう。奇才という奴は、不愛想でかなわぬ)
 なぎさは、愛葉がお気に召さないようだ。
 すると、背後から女性の声が聞こえた。
「桜子姉さん。来てたんだ」
「あら、柚葉。久しぶりね」
 どうやら、桜子の妹・小豆沢柚葉あずさわゆずはが話しかけてきたようだ。柚葉は、黒髪とナチュラルな化粧が特徴で、白いスーツが良く似合っている。
「姉さん。また、ド派手な格好をして」
 すると、柚葉は秀次に近づき、顔を下から覗いてきた。
「気をつけてくださいね。桜子姉さんは、性悪陰キャガールなので」
 柚葉は、笑いながら言った。
「いや、まぁ。なぁ」
 秀次は少し面食らいながら、あやめの方を向いた。
「大丈夫ですよ。存じておりますので」
 あやめが、堂々と答える。と、同時になぎさの含み笑いが漏れてきた。
「柚葉。挨拶も無しに、何てこと言うの」
 桜子が、そう言うと、秀次とあやめを紹介した。
「初めまして。小豆沢柚葉です。本日は、蓮也兄さんと京子さんの結婚記念パーティーにお越しいただきありがとうございます。くれぐれも桜子がご迷惑をかけないように注意しておきますので、ご安心くださいませ」
 柚葉は、笑いながら言った。桜子との良好な関係が垣間見える。
「…それより、柚葉もパーティーに参加するのね。てっきり、花火大会に行ったものと思っていたわよ」
「いやぁ、相手もいないしさ。それに今日、オンライン講師の仕事も入っていたし。仕方ないから、花火は部屋から見ようかなと」
 桜子曰く、柚葉は英語と中国語が堪能なので、外国人向けに華道の講師をしているそうだ。また、この時期はどこかの花火大会の日程が被るので、毎年このパーティーにはあまり参加していないらしい。
「へー部屋から花火が見れるんですね。いいなぁ」
 あやめが、目を光らす。
「そうですわ。柚葉の部屋から見ると、お庭と花火のコントラストが綺麗なんですわよ」
 桜子が、答える。すると、柚葉が続けて言う。
「見に来ます?」
「いいんですか?秀次君も一緒にみようよ」
 秀次は、あやめの要望に同意した。
 奥を見ると、短髪で黒いスーツの男性が高砂席の小豆沢蓮也に話しかけている。桜子曰く、彼の名は北村涼きたむらりょう。蓮也の知り合いだそうだ。
 桜子は、蓮也に近づき、軽く会釈をして言った。
「蓮也兄様。お久しぶりですね。こちらは、友人の秋山秀次さんと真田あやめさんですわ」
 二人は、彼らに軽くお辞儀をした。すると、小豆沢蓮也は簡単な挨拶をし、視線を逸らした。
(当主が、あれでは祥子殿も大変じゃのう)
 なぎさの意見は、ご尤もである。
 聞くと、小豆沢蓮也は父・小豆沢竜也あずさわたつやが亡くなって、すぐに小豆沢家の家元を継いだそうだ。しかし、現在の彼は社交性に乏しく、母である小豆沢祥子が変わりに小豆沢家を動かしているらしい。
「すみません。秋山さん、真田さん。蓮也は、少し顔見知りなところがありまして」
 北村涼が、声を掛けてきた。
「申し遅れました。私は、北村涼と申します」
 彼は、そう言って名刺を渡してきた。その名刺には、顔写真と共に『合同会社ジェネロッド・北村涼』と書かれている。
「涼さん。本日はお越し頂きありがとうございます。今日は、存分にお楽しみくださいませ」
「いえいえ。桜子さんに会えて光栄です」
 桜子は、先ほどまでの砕けた雰囲気から一転して、他人行儀な対応をしていた。

 秀次たちは、しばらく刺身やサラダを楽しんだ。すると、高砂席から声が聞こえた。小豆沢京子が、神奈川凛に何かを言っているようだ。
 それを聞いてか、桜子は彼女らの元に歩いて行った。
「あら、お久しぶりですわね。京子義姉様。しばらく見ない間に、少しグラマラスになられたかしら」
 桜子が、好戦的な目線で言う。すると、
「あら、桜子さんこそ、お派手な衣装がよくお似合いですわよ。一体、何を隠そうとしているのかしら」
 京子も、桜子に負けていない。
(秀坊よ!目の前で花火が見えておるぞ!これは、楽しくなりそうじゃ)
 今、ツクヨは「なぎさ姉様、悪い癖が出ていますよ」と言っているのだろうか。
 さらに、桜子はなぎさの期待に応えてか、続けて言った。
「京子義姉様。身体に何かを纏いすぎて、少し汗ばんでおりますわよ。凛に頼んで、少し温度を下げましょうか」
「勝手にしなさい」
 京子は、そう言うと、桜子の元から離れていった。
 ふと、横を見ると、あやめが嬉しそうに焼きおにぎりを頬張っていた。

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