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三秒もどせる手持ち時計(2章12話:女優)

12.女優

 立ち上がった桜子からは、憂いを帯びた気迫が感じられた。部屋着とは違い、白いワンピースを着た姿も、憂いや可憐さを演出している。
「ビデオを見る限り『鶴と水面』を壊したのは、京子義姉様なのでしょう」
 桜子は、京子を見た。
「どうですか?京子さん」
 涼が、桜子に続く。すると、京子は険しい顔をしながら、小さく頷いた。言い逃れの術を思いつかなかったのだろう。すると、桜子はそれを見て、続けた。
「でも、柚葉。あなたは、私たちと花火を見ている時にも京子さんと言っていましたわね。動画でも、残っていましたわよ」
「姉さん。それが何?」
 柚葉は、強い口調で言う。
「何故、あの時点で京子義姉さんだと分かったのかしら?」
 桜子が続ける。
「それは、白い髪飾りを見たからと言ったではありませんか。桜子さん」
 涼が、やや呆れた口調で言う。
「ふーん。本当にそうかしら」
 桜子は、そう言うと京子を見た。
「京子義姉さん。わたくしは、今着ておられるお召し物を初めて見ましたけど、以前から持っておられたのですか?」
「…いえ。今日のパーティーのために作ったものよ」
 京子が静かに言う。
「それは、いつ開封されましたの?」
 桜子も続けて聞く。
「今日、和装に着替える時だから、今日の五時過ぎだったと思うわ」
 すると、桜子は「ふーん」と言って、柚葉を見た。
「柚葉。もう一度聞きます。何故、あの時点で京子義姉さんだとわかったのかしら?」
 すると、柚葉と涼が互いに目を合わせ、険しい顔をした。彼女らは、何も言い返せないようであった。
 さらに、桜子は続ける。
「ところで、京子義姉様はドレスに着替えた後、どのような行動を取ったのかしら?」
 京子は、観念した顔になっていた。今は、ただ話の行き先を見守っている様に見えた。
「私の部屋から、玄関を通って、離れに行きましたわ…」
「玄関へ?二階の倉庫には行かずに?」
 桜子が、京子と凛を見る。
「桜子さん。これ以上、揚げ足を取るのは――」
 桜子は、涼の言葉を遮って続ける。
「どうなのかしら?」
「…予め、凛に頼んで部屋に『鶴と水面』を置いてもらったのよ。それから、凛がダイニングルームで祥子様と会話している間に離れへと向かう計画だったの」
 京子が力なく言う。
「…あの時、わたくしは凛とパーティーの段取りの話をしました。ダイニングルームで」
 祥子も、疲れた様子で言う。
「…はい、私は京子様のご指示で…」
 凛は、狼狽えながら言う。蓮也も、深刻な顔をしている。
「凛…それは、真実?」
 桜子が言う。
「桜子さん。何を言っているんですか。すでに、京子さんが自白しているでしょう」
 涼が、声を荒げる。しかし、桜子は涼に話を無視して続ける。
「今、柚葉の動画によって京子義姉様が断罪されています。しかし、それは花火大会の名目が無ければ成り立ちませんわ」
 桜子は柚葉を見た。
「柚葉。あなたの部屋から見える花火大会はそう多くは無いはずですわね。ましてや、小豆沢家の行事と重なることなど、稀」
 桜子は、柚葉と凛、そして涼を見て続けた。
「ならば、京子義姉様に今日この日に、事を起こさせるように仕向ける必要がありますわね」
 すると、桜子は、一拍の間を置いた。そして、
「そのためには、日頃から京子義姉様と関わりの深い誰か…。つまり、凛の誘導無くして、柚葉たちの計画は成り立たないのですわ!」
 桜子は、強い口調で言った。目頭には、涙が浮かんでいる様に見える。部屋は、静まり返っていた。そして、桜子は椅子に座りこんだ。
「…こんなところで、良いかしら。秀次さん。後はお願いします」
 すると、あやめが優しく抱きしめた。彼女の肩は、小さく震えている。秀次も、立ち上がった。そして、息を整えた。
「涼さん。あなたは、最初から知っていたのはありませんか?」
「…秋山さん。突然何を」
 涼が、虚を突かれたような顔で見る。
「凛さんが京子さんを誘導し、柚葉さんが証拠を作り出した前提に立つと、もう一つ重要な役割が浮かび上がります」
 柚葉と凛は、静かに話を聞いていた。反論のタイミングを窺っているようにも見えない。
「それは、話を完結させる役です。涼さんが、発案した事情聴取の順番…」
 秀次は、涼のメモを取り出した。
「これは、部外者である俺に犯人が京子さんだと、分かりやすく伝えるために作られた順番だったのではないですか?」
 秀次は、静かに言葉を紡ぐ。
「何を。私も秋山さんと同じく、小豆沢家から見れば善意の第三者。そもそも、あの時、祥子さんの発案で、あなたが事情聴取に加わった。違いますか?」
 涼は、やや強い口調で言う。あくまでも、自分は関係が無いと言いたいのだろうか。凛と柚葉の表情は、重く暗いものであった。
「それを、凛さんの目を見て言えますか?」
 秀次も、続ける。
「…そもそも、私はそんな計画は知らない。全て、あなた達の空想ではないのですか?」
 秀次は、何も言葉を発しなかった。彼が認めない以上、更なる追求をしたところで、あまり意味がない。あくまで、推論に過ぎないのだから。
 すると、祥子が立ちあがった。その表情には、悲しみや後悔を優しさで包み込んだような印象を受けた。そして、静かに口を開いた。
「事情は、おおよそ分かりました。もうおやめください」

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