持たざるものが敗北と選択を緩やかにできる社会に
社会で本当に敗北した時、自ら白旗を上げそこからの撤退と新たな選択を余儀なくする。
これを私はしてきた自負があるけど、
この日本でそんな局面に追い込まれる必要はあるのだろうか?
残念ながら敗北者はいるけど、
そのもの達がそれを緩やかに受け入れ敷かれたレールの上をただ生きる幸せも日本人には向いていると思うのだ。
みながそのような局面に耐えられる人間ではないし、
あまりに物質的には豊かなためそれにソフト面のみ抉られるような経験をするには
ちょっとやり方としては良いとは言えない。
かつてお見合いで結婚できていた時代、終身雇用が機能していた時代が全面的にいいとは思わないけど、
そんなエグいことを経験しなくとも救い上げる何段階かのきめ細やかな仕組みがあっていいと思う。
敗北したら自ら名乗り出て選択しなければならない社会は厳しすぎる。
すでにそのようなサービスは溢れかえっているけど機能していない面があるのも事実だ。
そのような社会ならちょっとは生きやすくなる気がする。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?