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奥義「デスわしづかみ」

何もいいことがなかった日というのは数あれど、出来事の全部が悪かった日というのはあまりない。

なぜか昨夜ぜんっぜん眠れず、めちゃくちゃな眠気に苛まれたまま出勤した。睡眠不足で悪いのはイライラするのではなくて、言動にストッパーがかからないことだ。普段なら思うけど言わないことを即座に言ってしまったりする。それで何人か驚いていたが、それ自体気にも留めない。寝不足だとこうなる。

今日の配達区は駅前、かつ休日。無限に立ち並ぶ高層マンションと無限人の往来、無限車。全く楽しくない。実際運転はほとんどしないでオートロックのインターフォンを鳴らして宅配ボックスにぶっこんで階段を駆け上がっての繰り返し。何も楽しくない。

家というか部屋に門がついていて、立て付けが悪いのかなかなか開けられずに鍵がかかってるのかしらと上から覗き込んだところ扉が思いっきり開いて顎を強打した。真横からアッパーを食らった形になる。アウトレイジのあれみたいに舌と内頬を噛み、かなりしっかり血が出た。そのへんに血を吐いたらなんか長渕剛みたいだなと思った。お前も螺旋食うのか。

渋滞のせいで昼飯を食う事が出来なかったけど、午後の配達は少なかったので定時退社が確定。帰りに夕飯を食うことにした。雨はポツポツと降り出していた。

チェーンの中華屋についた。バイクは野ざらしになっしまうけど、雨が強まらないほうに賭けて入店。18時にも関わらず完全に出来上がった団体客が地獄のように騒いでいて、死んだらええのにと思った。それに負けないくらい人間の赤子とガキが大騒いでいて、お前は生きたらええわと思った。

これでええか……と野菜炒めみたいなのを頼もうと人を呼んだが、よくみたらエビが入っていたので直前で注文を変えた。息を吸って吐きながら口を動かすやつが面倒だったのでメニューの坦々麺を指さし「これ!」と言った。なにか店員が復唱したようだが喧騒にかき消された。

イヤホンを取り出してまだ聞いてない分のオードリーのオールナイトニッポンを聞く。少ししたら「行ってくるニャ~!」の声。しゃぶ葉とかで聞いた声だ。おまえ、ここにもいたのか。猫ロボ(決して猫型ではない)の出る幕ではないくらいのタイミングでしか来たことがなかったので知らなかった。

1人テーブル席で猫ロボが向きを変えて料理をこちらに向けるまでの時間、なんかこの世のものとは思えない気分になった。詩人に詠わせたい。

「あかん」

料理を見て膝から崩れ落ちた。全く坦々麺ではない。しかもそこかしこにエビ、キノコ、イカ、きくらげが見える。終わった。五目そばのようなものだろうか。終わった。

おれは魚介が苦手だ。魚は好きだが、それ以外の貝とかタコとかイカとか、特にエビは食べると胃の中身ごと吐くくらい嫌いだ。嫌いというかもうそんなのアレルギーと言っていいんじゃないかと思ってる。さらにキノコのダメ押し。キノコめちゃくちゃ嫌いだ。不味すぎる。味も匂いも食感全部だめ。共通してるのはぐにょぐにょとした食感だ。おれはあれを食べ物の食感と認識することが出来ない。

猫ロボに、「ちゃうで。おれが頼んだのは、坦々麺」と言いたかったが、陽気な音楽を流し背を向けてどこかへ消えていった。マジで食えないので店員を呼ぼうかと思ったが、指で指(さ)したのもまずかったし、復唱を聞いてなかったのも悪い。全ておれが悪いのだ。だからもう可食部のみ食べるしかなかった。

「久しぶりにあれやるか」

これは兄者から盗んだ技である。ホイコーローのピーマンなんかの苦手な具材のみを先に苦しみながら喰らいつくし、その後の天国を味わうという画期的なシステム。これにより兄は肉野菜炒めを肉に、ホイコーローを肉に、青椒肉絲を肉に変えていた。それはそれできめえなと思っていた。

イカを喰う。まずい。きくらげを喰う。まずい。キノコを喰う。まずい。エビを……喰、喰、

エビを口元に近づけるとエビ特有の毒にも似た香りが漂ってくる。ちびまる子ちゃんの顔に縦線が入った感じの顔になり、胃がきゅきゅっと縮んだ。吐きそうだったので、エビを戻して天井を見上げた。

「おれはなにをやってんねやろう」

昼飯を我慢した結果がこれ。幼少期を思い出す。家族の中でおれだけ魚介が苦手だから、よく料理に魚介が使われていた。みんなは好きなのだ。おれはずっと戻しそうになり涙目になりながら水でそれらを飲み下していた。毎日。親父は心無い言葉を投げかける。「産んだのはあんたらだよな」とか「こんなふうに産まれたかったわけじゃないんですが」とか言って対抗していたのでもう食事が死ぬほど嫌いだった。

そんな頃を思い出してひどい憂鬱に襲われた。親戚の、兄の、友人の結婚式でも魚介に苦しんだ。なんであんなクソまずいものをありがたがって食べるのか意味がわからない。その割に蚕もサソリも食えないくせに。おれはどっちも美味しくいただける。虫の方が何倍も美味い。好んで食うわけじゃないけど……。

中華スープが今朝噛んだ舌と内頬に沁みた。

ゲリグソのロサンゼルスみたいな気分で外に出ると、雨はやんでいた。予報では夕方からずっと雨のはずだが、ぬるい風が不快な湿気を運ぶばかりで、ヘルメットもシートも濡れてなかった。唯一、これは今日ましだった出来事だ。

このまま一日を終えるのが癪なので、また髪を刈った。もうこのままでは刈る毛がなくなってしまう。坊主になったら目つきもあいまって最悪な印象になる。刈るのをやめなければ。なんか依存性あんだよ、これ。

チョコラBBを飲んだあとのおしっこ、ロイヤルゼリー配合みたいな色しててウケるよね


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