サンダー・ブーと二律背反
おはようございません。決して。
最近眠れないぜ。なにか不安や迷いがあるわけではない。あったとしてもそれらは下敷きでギュッギュと押し固めてサランラップで巻いて「諦念」と書いて冷凍庫に閉まってあるからである。多分、お尻が蒸れるからだと思う。
私は人よりお尻が大きいのではないかという強迫観念に囚われている。触れればそれはYouTuberがふざけて作ったゼラチンの塊のようであるし、なによりその一帯の湿気がすごい。そろそろ、海と形容してもいい頃だろう。もしかしたらラクダのコブのようなもので、そこに栄養が蓄えられているのかもしれない。いい子だから、今すぐ全ての栄養を脳に渡しなさい。
昨日気が狂って丸坊主にしたのを忘れていて、朝、シャワーを浴びた時夢なのかしらと思った。頭に触れるとどこもジョリジョリとしていて落ち着かない。ヤスリ。ガンプラに使うヤスリ。序盤に使う粗いヤスリ。攻撃性。荒々しさ。鏡を見ると、髪がないぶん目や眉が強調される。こう見ると割と眉がはっきりしていて……あんた、悪くないじゃない。
朝飯の豆とバナナを食べてワンダモーニングショットを飲んだ。adidasを着てベトナム土産のドッグタグをつけてグッチの指輪をしてダメージジーンズと革靴を履いて、坊主。ガラが悪すぎる。バイクに乗ってる時も「ああ、おれ、坊主なんや」とぼんやり考えていた。ヘルメットを取っても髪がふさあとなることはない。それはそれで楽だ。
職場に着いて身支度をしていると私の頭にあるべきものがないことについてかなり驚かれた。仕事で使う帽子を取ったらいきなり毛が無くなってるのだからおじさんやおばさんにはたまったものじゃない。その反応が面白いのであえて帽子を被って話してる最中に帽子を取るという露出狂的テクニックで頭部露出を楽しんだ。なるほど、露出狂の気持ちが少しわかった気がする。
坊主にしたら何か悪いことをしたとか、女が髪を切ったら失恋したとか、あれ、しゃらくさいよ。そうだったら逆に気まずいだろ。それ以外のリアクションとしては褒める、疑問を投げかけるというようなバリエーションだった。それ以外の手札がきっと例のセンテンスなのだろう。髪を切った人に対するリアクションというのは実は案外多くないのかもしれない。強欲な壺くらいの気軽さで「褒める」を切るのを強く勧める。
元々委託業者が担ってた配達区域へ初めて行った。実は、そのために出勤時間が1時間早かったりしたし、業者撤退後初めて行くのが自分だったりで他にも色々考えてたりした。考えていたのは、そのエリアが駅周辺でタワーマンションばかりであとは駅周りの店ばかりだということ。これは一軒家ばかりで配達しては運転し配達しては運転し……を繰り返せる天国エリアとは真逆の地獄、コキュートスなのだ。現に資本主義という悪魔が氷に……なんか恥ずかしいから辞めるわこの例え。タワーマンションと店ばかりだということはそれだけ配達に時間がかかるということで、実際最も効率のいいエリアでは1時間で22個ほど配達できるが、ここでは結果的に1時間に11個しか配達できなかった。少しナマを言うようだが、私は配達の早さには自信がある。無論上には上がいるけど、それでも、最も広く最も会社の多いエリアでも他のエリアと変わらない速度で配達できていたのだ。それが、1時間、11個。おれが、癌。しかも、喉。嘘やろ。悔しい……ですよね(櫻井翔)
いや眠れなかった理由それじゃん。思い返したらどう効率的に配達するかめちゃくちゃ考えてたわ。実際オートロックのマンションしかないので、在宅していた荷物は配達、そのエレベーター内で不在票なり宅配ボックスの通知書なりを書いたり……ってのも昨夜考えてたことだし。それでも全然ダメだった。えーどうしたらいいんだろう。
お母さんにも言ってなかったことだが、ここのところ左手首が痛い。小指側の……手首の骨を押すとなんか痛いのは気づいていたがだんだん手首を使ったり動かしたりしても痛くなってきて、ついにはバイクの運転に支障をきたすレベルになってきた。クラッチを握ると痛いのだ。再来週は職場の上司たちとツーリングに行くのにこのままではいけないと思い、さすがに接骨院を予約した。ほねごりというところだ。名前がかわいいと思う。
一昨年、バイクの教習中に転倒、右手をついたために痛めて治るまで1年かかった。手首をちょっとひねるたびにパキパキ鳴って痛いのだ。あれは悪化せずヒジョーーーーーーにゆっくりと治っていったが今回のは違う。そもそも怪我したわけでもなくある朝突然痛み始めたのだ。配達中ハンドルを左手で華麗にさばいて右手でペン回しをしてたせいかも。今、もはやなにもしてなくても痛い。なによ、これ……なんなのよ!!たぶん寝てる時に猿に左手首を執拗に殴られたのだと思う。本当にやめてください。
ほねごりについて調べてたら青と黄色のサイケデリックなデザインが目を引いた。珍しい色の組み合わせなのでもうその2色だけでほねごりだと認識してしまう。旧Twitter(現X)の青と白、コカコーラの赤と白、この色といえばこれってのはけっこう多い。色でそれと認識させる以外にもそれと認識させる方法は数あれど、色は……強いよな。個人的にはLINEの緑がここ最近で最も強いと思ってる。
個人を規定するに当たって、こいつはこの髪型、こいつはこういう顔、こいつはこういう声、話し方、性格、趣味、体格、歩き方、etc……人を構成する要素は外から見たらあまり多くはないのではないか。自分のことであれば(それは目玉で目玉を見ることができないように儚くも想像上の産物であったとしても)人は自分のことをいくらでも都合よく規定、認識することができる。
坊主になったら私は私でなくなったか。違う。それは髪型の違う私だ。しかし、もし、仮に、いやありえない事は承知の上だが、もしかしたら、私と言えばあの刈り上げポニーテールでしょと思ってる人がいたとしたらその人にとって私は何者になるのであろうか。刈り上げポニーテールの人としか認識してなかったとしたら私はその人の中でまるっきり違う、坊主の人へと変貌してしまうのだ。私が整形したらどうだろう?整形し声も変えて、どこまで変わったら私は私と認識されなくなるのか。あるいは、私はいつ私でなくなり、それか、どこまで裸になれば私がいるのだろうか。バタイユみたいになってきた。こういうことは昔よく考えていたが最近は考えても意味がないのでやめていた。
20歳の頃、あまり人には言わないけれど髪を伸ばして女装に勤しんでいたものだ。それが今じゃコレよ。これは間違いなく師匠と崇める上司のパワフルでワイルドな思考回路に感化されたせいだ。どうだ、参ったか。私は坊主になっても私でいられるのだ。小学生の頃、ちょっと好きだった女の子にサラサラでいいなあと羨まれた自慢のストレートヘアを、アイデンティティを自ら破壊してなお私は私なのだ。ただ、本当に脱獄犯にしか見えない。
一日に仔猫を三度(みたび)見かけた。そんなことがあるのか?
だいたい親猫と二匹の仔猫というパーティ編成だった。動き回る仔猫を見守る親猫とマジで危ないところだったバイクの私。仔猫。バカかなと思うくらいかわいらしい。その愛くるしさ、プライスレス。実際現実で目にしたのは初めてだったので見かけただけでメンタルがギュンギュン回復して最大HPも上昇した。リオレウスのブレスくらいなら耐えると思う。
$って書いてある袋、ちょっと欲しくないか?
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