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〈マレーシア紀行3〉賭博堕天録クアラルンプール

〈CHAPTER3〉 欲望の沼

 「私たちが組めば絶対に勝てるんだから、いいだろう?勝った分の3割を君にあげるよ」
 老人の屈託の無い笑顔。こんな老人から金を巻き上げる吝嗇の金満ブルネイ人、許せない。
 若かった。私は何の疑問も持たず、首を縦に振る。

 老獪・・・・・・!
 無防備を衝かれ、承諾っ!
 異国の名も知らぬ街で、初対面の老人と組んでのイカサマ賭博。
 油断! 致命的油断っ!
 豊かな国に育ったが故の甘え。
 しかしその時の私には、毛ほどの疑いも無い。

 念のためもう一度、通し(サイン)の確認をしようとしたその時!
 ガチャリ。
 「うっ・・・・・・!」
 開くドア。
 登場っ! ブルネイの賭博師、登場・・・・・・!
 折り目のくっきりしたスーツ。丁寧に7:3に分けられた髪の毛。見た目は典型的ビジネスマンそのもの。
 しかし・・・・・・!
 浅黒い顔にかけた金縁眼鏡の向う側、優しく弧を描く目の奥が笑っていない。
 男は瞳の底で舌なめずりをしながら、値踏みするように頭のてっぺんから爪先まで、私を素早く観察した。
 目つきから振る舞いまで、怪しい男だ。

 まずはおじいちゃんが私をブルネイ人に紹介しながら握手をうながす。
 ブルネイ人は私の手を握りながら、名乗った。
 「マリックです」
 ・・・・・・!!
       ざわ・・・・
                 ざわ・・・・
 日本人にとって、なんてなじみ深い怪しい名前なんだ。怪しすぎて、逆に怪しくないような気がしてくる。
 名前だけで私の脳を揺らすミスター・マリックとのブラック・ジャックが始まった。

 あれよあれよと巻き込まれた闇賭博。
 シンガポールにいる彼女は、そろそろ仕事を終える頃だろうか。それとも残業にいそしんでいるだろうか。
 思えば一緒にいたときから、いつも彼女はまっとうな道を歩んでいた。
 私はと言えば、気ままに散乱する好奇心にまかせて仕事を次々に変え、彼女のこともほったらかして、毎日あちらこちらをほっつき歩いていた。
 飲んだくれ、悪ふざけを繰り返しながらも、充実感は無い。
 目覚めたくなくて、布団に潜り込んで夢の続きを見ようとする子供のような自分が、好きじゃなかった。
 バカなことをするたびに、彼女を思い出す。
 今頃、マジメに働いてるだろうか。本を読んで勉強をしているかもしれない。深刻な友達の相談に耳を傾けているのかも。
 私と違って、無為に時間を過ごす人でないことは確かだ。
 やっと彼女に向き合えると思って海も国も越えてきたっていうのに、私は何も変わっていない。

 目の前の状況が、夢想を終わらせた。
 おじいちゃんは俺に「3万円あるか?」と当たり前のように聞いてくる。
 (3割の分け前って、タネ銭は俺が出すからか!)
 心の中で叫んだが、それをおじいちゃんと話せる状況ではない。
 ごたついていては、マリックにこちらが組んでいることを気取られてしまう。
 金がチップに化け、即席コンビのイカサマブラック・ジャックがはじまった。
 こうなったら、腹をくくってマリックをハメるしかない。

 初回は互いに1000円ほどベット。
 小張り。行けない。いきなり大きくは行けない。
 相手がどんな奴か分からない。細心の注意を払い、イカサマがバレないようにしなければ。
 ブラックジャックとはトランプを2枚引き、21に近いほうが勝つゲームだ。21以下であれば、何枚でも引けるが、22以上になると自動的に負けが確定する。
 俺のカードは11。ディーラーのじいさんから出された通しによると、マリックは19、次のカードは・・・・・・10。
 マリックは、かなりいい手だ。当然引かない。私はじいさんの通しを信じてカードを引く。
 21対19。私の勝ちだ。
 悔しがるマリック。イカサマに気付く様子は無い。
 その後も、おおむね順調。
 途中、マリックにわざと勝たせたりしながらも順風満帆。
 一方的に勝ちすぎないのも、おじいちゃんからのアドバイス通りだ。
 ゲームが進むに連れ、お互い張りが大きくなる。

 いつしか場の熱気は、最高潮に達した。
 ラストゲームだ。
 勝ち抜ければ、無事にこの闇賭博が終わる。
 その時点で私の手持ちは、60万円ほどに膨れていた。
 マリックは、ラストゲームに約60万円をベット。
 大きく張って、これまでの負けを全部取り返そうという気だ。
 これを乗り切れば、120万の勝ち。老人と分けても36万以上の利益が残る。
 おじいちゃんの通しによれば、マリックのカードは19。私は21。
 初回と同じ構図だ。勝った。
 あとはイカサマさえバレなければ良い。と思っていたら、予想外の展開に。
 マリックが、更にレイズ(上乗せ)を宣言!
 19という手に、さらに賭ける気だ。
 場の空気が、ピンと張り詰める。
 私は目を疑った。
 マリックが鞄から取り出したのは、信じられない量の札束っ!
 USドルで約600万円!!
            ざわ・・・・
                 ざわ・・・・
 かかった!
 これで私の取り分は200万円以上っ! ここでハメる! 殺すっ!
 「受けて立つ」
 カードをオープンしようとしたその時・・・・!
 延ばした私の手は、中空で止まった。
 マリックが腕を掴んでいる!
 「うっ・・・・・・!」
 頭皮に汗がにじんできた。
 「オープンは、まだだ・・・・・」
 マリックが、笑顔で首を横に振った。
            ざわ・・・・
                 ざわ・・・・

(つづく)

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