旅する魔女の日記帳~デイアナ・キルシュバウム①~

はじめに

私、こと〇〇の魔女がなぜ日記を書くようになったのか。
それはある平凡な一日がきっかけであり、作為的な事件を終えて渡された日記帳へ、試しに書き始めたのが発端である。

今では何か目新しいことがあると書き足しているわけだが、当時の私には時に退屈で、時に新鮮で、時に学びがありそんな他愛のないことを書き連ねているということをどうか理解いただき読んでもらえればと思う。

第0章 まだ旅を知らない魔女

ある作為的な事件をきっかけに私の友人であるイレイナの母から渡された日記帳を目の前にし、私は現在頭を悩ませている。

何を書けばいいかが分からないのだ。

本来であれば毎日の出来事を思いのまま書き連ねるのが良いのだろうが、私にはそういう習慣がなくどう書けばいいかわからぬ。

この日記帳の前に頭を悩ますきっかけになった出来事について書くということで今回は勘弁してほしい。
そもそも日記なのだから誰に見せるわけでもなく、謝る必要もないのだが。

〇×月△日
私は本日から自由の身になった。

私の家系は代々王国に仕える宮廷魔術師であり、私も生まれながらにして宮廷魔術師になる定めの中で生きてきた。

しかし私の定めはある日突然無くなってしまったのだ。
詳しくは割愛するが、私は宮廷魔術師から旅の魔女へと進路の変更を余儀なくされたということだ。

そのことを伝えるのと、本日の暇つぶしに付き合ってもらうため私は居住区の外れに住む少女、イレイナの家に向かった。

イレイナは私と同い年の友人であり、独学で魔法を学び、旅魔女魔法なる不思議な魔法を勉強している稀有な少女だ。
彼女は旅の魔女を夢見て独学で魔法を使えるようになった才女であり、全体的に私より優秀である。
まあ個人的には私の方が美少女だが。

彼女に私が宮廷魔術師から旅の魔女へと進路を変えた話をそこそこにいつも通り暇つぶし、もとい遊びに出かけた。

この時イレイナのお母さまであるヴィクトリアさんが、普段は言わないのに

「最近山賊が出歩いてるらしいから気を付けてね」

という意味深な言葉を残していった。

私たちいたいけな美少女が、わざわざ山賊が居る所に行くと思っているのか?と疑問に思ったが私たちは城の図書館へ向かった。

私からすればなじみある場所だが、イレイナからすれば目新しいモノばかりの城の図書館。
司書のルーンフォークの女性の気まぐれで禁書庫の中へ入れた私たちは、いくつかの興味深い書籍を見つけた。

『サルでもわかる☆剥ぎ取りの極意』
『自分で作ろう!流派の編み出し方!』

非常に人を小ばかにしたような本だったが、中身自体はどれも有用で、今後の旅を想定すると非常にためになった本である。

この二冊の著者は司書のルーンフォークの主人だというのだから度し難い。

話を聞くに、司書の方を置いて現在放浪中とのこと。
私はその主人の特徴を聞き、遠くない未来、私が旅をしているときに見かけたら一度は戻るように伝えると約束した。
現在旅の目的など一切ない私だが、やることが一個できたことは良いことだろう。
稼働限界が近いという話なので、それまでに見つかるといいのだが。

主人の特徴だが、『老年のアルケミスト』で『人を小ばかにした奴』かつ『司書の方すらろくでなしと呼ぶような人物』であることだ。
錬金術について知見がないとそもそも会話すらしてくれないとのことなので、私も近々錬金術について勉強する必要がありそうだ。

その後図書館を離れ、昼食を取るべく町の酒場に向かった。
ここでは酒場での作法などを学ぶことができ、旅をするときに大いに役立つことだろう。

私はこの日食べた『カルゾラルレックスのワイルドステーキ』の味を忘れることは無いと思う。
初めて食べた酒場での味であり、友人と一緒に食べた初めての『旅の魔女飯』になるのだから。

酒場と言ったら情報収集。
そんなことを何かの本で見たことがあった私たちは、酒場で飲んだくれている人々の会話に耳を傾けた。
雑多な会話の中で『変な依頼が貼られている』という言葉が気になった。
詳しく聞きたかったのだが、話の途中でやってきた可哀想な男のせいで話題がそれてしまい詳細は分からずじまいだった。

しかし、依頼であるのなら冒険者ギルドのことだろうと思い、目的地を赤き月の宴亭にすることにした。

折角冒険者ギルドに行くのだから、簡単な依頼でも受けてみたいなという下心もあり、前で壁役ができそうな人材が居ないか悩んでいたら、酒場のマスターがティダン教会にヴァルキリーの神官戦士の女の子がいると言うではないか。

私たちはギルドに向かう前に壁役、もとい仲間を集めに教会へ向かった。

私が教会に行くとき、優しい口調、表情でしゃべりかけてくる神父を見ても心が安らぐこともなく、どこか警戒してしまうようになったのはこの日この時のことが原因だと思う。

教会へ入った私たちの目の前では、屈強な神父たちが声を荒げながら、神への祈り?を捧げておりその気迫は、それだけで弱い蛮族であれば殺せるのではないか?というくらいの力強さがあった。

その一団から離れて座っている少女。
彼女こそが私たちの探していたヴァルキリーの少女であり、私が今後の冒険での教訓を得るきっかけをつくった者である。

名はアルビナ。
神父たちの大きな愛情を受けて育ったであろう、世間知らずなお嬢様である。
遊びに行かないかと私が唆すと、二つ返事で了承し神父の元へ許可を貰いに行った。
結果は了承であり、わざわざ私たちのところまできて挨拶までしてくれた。
この時の神父の対応の良さや、装備の厳重さ。そしてよくわからない本を渡されている姿に色々勘ぐりたくなったが、都合が良かったので流した。流してしまった。

三人パーティーとなった私たちが向かったのは、赤き月の宴亭。
初心者冒険者が集まるギルドだ。
ギルドマスターに『変な依頼』について確認したがここにはない言う。
ここに貼られていないなら私たちがどうこうできる依頼ではないと判断し、他の出来そうな依頼がないか探すことにした。

マスターが紹介してくれたのは山賊の討伐依頼であり、すでに何人かの人が窃盗被害に遭っているという。なんとその被害者の中にはイレイナのお母様であるヴィクトリアさんが居るというのだ。
そもそもこの時点で私たちの素性が割れている時点でおかしいなとは思ったし、被害者にヴィクトリアさんがいる時点で怪しさが凄かった。

被害の内容は知人との思い出の品であるマナリング。
本人はもう使わないものだからと回収には消極的であり、そもそもそういう被害に遭ったことをイレイナが知らないという状況だった。

もうこれ自体が私たちからすれば『変な依頼』であり、何か裏があるにしろ、盗まれたものが返ってくるのであればイレイナも褒めてもらえるだろうと思い、依頼を受けることにした。

依頼の内容は、山賊の討伐。根城などの情報は一切なく、自分で探せとのこと。
報酬は一人頭500Gと相場は分からないがけっこういい依頼だとは思う。

根城についてなどの情報は自分で集めろということで、少し変だと思い質問したら、最低限情報収集できる能力があるかどうか試したい。そもそも見つける能力がない奴らに山賊討伐を任せられないと言われて納得はした。

だって私たちはまだまだ子供で、いたいけでか弱い美少女なのだから。

手がかりを求めて私たちが向かったのはスラム街。
山賊のような根無し草がそうそう街中に居るとも思えないし、国内にいるとしたらスラム街だろうと思ったわけだ。

初めて入ったスラム街は不衛生で、暗く、同じ国の一部なのかと疑問に思うほどだ。
入って早々不用心なアルビナにスリの洗礼が襲おうとしたところで私は犯人の手を掴んだ。

スラムの子供のようでなんとか言い訳をして逃げ出そうとしたが残念相手が悪かった。
腕をか弱いなりにしっかり掴みながら問答をしていると、山賊の話を聞いたことがあるという。
詳しくはボスにきかないと分からないとのことで、酒場で学んだ交渉術『チップ』を使い、スラムの子供、もといヴィイ(私が命名)に道案内を依頼した。

ボスが居るというところは、スラムの奥にあるテントであり、建物ですら無かった。
中に入ると自称リルドラケンを名乗る、リアスという人物がいた。
私たちは情報料を払い、無事山賊の根城の情報を手に入れることができた。

100Gが情報料として高いか安いかは分からないがなんとか依頼解決の糸口が見えた。
このまま根城まで行きたい所であったが、既に夕刻。
良い子は帰る時間である。

明日商店街で待ち合わせをし、山賊討伐に向かうと約束しその日は解散となった。

気が付いたら冒険者のまねごとをしている自分に驚きはするが、宮廷魔術師じゃなくなった私にはこういう毎日が待っているのかと思うと、ワクワクもすれば不安に思ったりもする。
まあイレイナ達の前では極力余裕のある美少女で居続けることにしよう。

〇×月□日

商店街に集まった私たちは冒険者らしく買い物をしようという話にはなったが、残念ながら私たちには薬師の真似事ができる者も居なければ、新しい装備を買う予定も無かった。
結果として商店を練り歩きながら山賊に盗まれたものが無いか聞きまわることにした。
食料とくすんだルビーが盗まれたらしいということがわかり、ルビーに関しては見つけたら返しにくると約束をした。

しかしくすんだルビーだけ盗まれるとは変な山賊も居たものだと不思議に思うばかりであった。

リアスから得た情報で、農場の奥の小高い丘のところに根城があるということで、農場を経由して向かうことにしたのだが、ここの農場主さんのおっとりとしたこと。
米を盗まれたというのに気にする様子もなく、その余裕からは強者の余裕のようなモノを感じた。
多分この人なら大抵の問題を何事もなかったかのように流してしまうのだろう。

根城に向かう最中、狼の足跡を見つけた私たちは、迂回するでもなくその足跡を追うことにした。
戦力的に狼程度なら問題にならないのと、あとから臭いだなんだで気づかれて騒がれるよりも先に叩いてしまう方が良いと判断したからだ。

足跡の先には、ウルフ、グレイウルフ、山賊、妖精使いのフィーの四体がおり倒せない相手ではないと判断し攻撃を仕掛けることにした。
この戦闘で私たちは多くの教訓を得ることになり、そしていつの間にか巻き込まれていた『作為的な事件』の確信を得ることになった。

教訓①
魔法誘導は早く取得しよう。
教訓②
女神のきまぐれは怖い

戦闘自体は本来危なげなく終わる予定だったのだが、度重なる不運によりアルビナが一度死んでしまった。ミスティックと呼ばれる力で死んだことを『無かったこと』にし、辛うじて立ち続けるアルビナに嫌な汗をかいたことは言うまでもない。

この時点でこの山賊がただの山賊ではなかったこと。本来の能力を隠蔽していたことがわかり、手心を加えようと(失敗しかけていたが)していたところから私の中では、疑念は確信に変わり、そしてこの山賊役の二人には申し訳ない気持ちになった。

ほどなくして、何故か万全の状態になった私たちは根城へと突入。
山賊の頭領とマナリングを盗んだソーサラーとの戦いになった。

結果としては無事勝つことはできたが、魔法の精彩を欠く場面が多くあり反省点が多く出来た。

その後ネタばらしというか今回の結末。
今回の作為的事件の発起人はイレイナのお母様であるヴィクトリアさんであり、ギルドに貼られていたという『変な依頼』はこの山賊役を募集するものだったというのだ。

今回はヴィクトリアさん、ギルド、教会、シーフギルドが協力していた国家プロジェクトの一旦だったらしい。
こんなそれとなく始まる国家プロジェクトでいいのか?と苦言を呈したくなるが私たちはその後、冒険者らしく根城を探索し金目の物や盗まれたものを回収し、依頼報告をしたり、戦利品を売却したりと実に冒険者らしいことをした。

そしてマナリングをヴィクトリアさんに返した時に貰たのがこの日記帳。
現在進行形で頭を悩まし、起こった出来事を慣れないながら書き連ねているわけだ。
旅する魔女の日記帳。
本来であれば旅先の出来事を書くのが正しいことなのだと思う。
しかし今回の出来事は、確かに私にとっては旅と同じくらい印象的な出来事だったのだ。

最後にスラム街のリアス、もといシーフギルド長の所へ行き、約束のお金を支払った。
今後もこの国家プロジェクト関係でお世話になるのだろうと思い、次回以降の利用方法を聞いたら、シーフギルドの所へ案内してくれた。
その場所は……やめておこう。
日記とはいえ隠された場所への行き方を全て書くのは万が一にもよろしくない。

しかし、物語の中でしか見たことのなかった知る人だけが知る隠された場所。
そして合言葉。
このやり取りに心躍らない子供は居ないと思う。
そう、私だって心躍ったし、ある意味ではこれが今回の依頼の中で一番楽しかったこと言っても過言では無いと思う。

以上が私がこの日記を書き始めるきっかけとなった出来事で、旅の魔女を目指すきっかけになった出来事である。


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