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【不思議な喫茶店】マスターヨーダの淹れるコーヒーを飲んだ話

うちの近所には営業しているのかよくわからない喫茶店がある。
Googleマップにも店名だけが載っていて、営業時間もホームページへのリンクもない。
外観も最近流行りの小洒落た喫茶店じゃなくて、ちょっと寂れてて入りづらい感じ。まぁ、田舎町にはよくあるタイプだと思う。

ある日曜日のお昼前、用事も無いしコーヒーでも飲んでゆっくりするかと思って、その喫茶店に行ってみることにした。
家から徒歩10分、そもそも営業しているのかもわからない店のドアには、営業中の文字があった。少し安心しながらドアを開けると、すぐにコーヒーのいい匂いがした。

店内には、カウンター席に腰掛け雑誌をめくっている女性が1人。
個人経営の店にありがちな店主がくつろいでいるタイプの店かなと思いながら、「こんにちは。」と声をかけると、「こんにちは、お好きなところにどうぞ。」と案内してくれた。
初めての店に少し緊張しながら、女性から少し離れた席に腰掛けた。
何を注文しようかとメニューを探していると、「あぁどうも、いらっしゃい。」とカウンターの奥からマスターらしい高年の男性が出てきた。
「わたし、店員じゃないのよ。ここにはよく来ててね。」と女性は微笑みながら先客であることを明かしてくれた。
「そう、この人は常連でね。よく来てくれるんだよ。」とマスターいわく、常連のお客さんらしい。

カウンターに置いてある小さなメニューにはコーヒーの産地だけが並んでいて、軽食すらない硬派な喫茶店のようだ。コーヒーに明るくない私にはよく分からないが、マスターが「おすすめはブレンドだよ。」と言うので、「じゃあブレンドでお願いします。」とそれを注文することにした。

「うちのコーヒーはちょっと特別でね、気を込めるんだよ。気ってわかるかな。中国では気功とか、インドではヨーガとか言うんだよ。国によって呼び方が違うだけで、全部おんなじだと私は思うんだけどね。」

まさか喫茶店で「気」の話が出てくるとは思わなかったが、私がまだ小さかった頃親戚のおばさんが念じると手から風を出せると言って、やってみせてくれたのを思い出した。たしか「気」と言っていたと思う。

「へぇ、気はわかりますが、それをコーヒーに込めるんですか。」と私が言うと、「若いのに気を知っているんだね。気を知らない人にはスターウォーズに出てくるフォースと同じだよって説明するんだけど。」と笑いながらマスターが言う。

「で、気を込めるとコーヒーっておいしくなるんですか。」と聞くと、「そうだね。おいしくなると言うよりも、その人の好みに合わせた味にできるんだよ。」とのこと。
「ほら、まずお湯を沸かして。」と、トークの止まらないマスターを常連の女性が注意していた。

「で、どんなコーヒーが飲みたい?」
「じゃあ、あんまり苦くないコーヒーがいいです。」
「よかったら2杯どう?気で味を変えてあげるよ。」とマスターに勧められ、興味津々な私は時間もあるし、せっかくだからと2杯注文してみることに。

「コーヒーなんてさ、お湯をかけるだけの飲み物でしょ。誰にでも作れるわけ。インスタントだって昔からあるし。それでも30年以上もこの仕事ができるのはさ、気を込めてうまいコーヒーを作れる人が少ないからだと思うんだよな。コンビニとかチェーン店のコーヒーもうまいかも知れないけど、先輩に機械の使い方を教えてもらえば作れちゃうだろ。本当のコーヒーってのはさ、そうじゃないんだよな。」と語りながらネルドリップのコーヒーを淹れるマスター。

プロがコーヒーを淹れているところをまじまじと見たことはないが、ドリップしながらもカップにお湯を注いで温めていたり、銅線のようなもので補強された道具からマスターのコーヒーへの真剣さが伝わってくる。

2杯分のコーヒーをコーヒーサーバーに落とし終わったマスターが「これから注ぐんだけどさ、上の方と下の方で味が違うんじゃないかとか言うお客さんもいるからね。」と、左右のカップに少しづつ交互にコーヒーを注いでいく。
煎茶みたいだなと思いながら、注がれるコーヒーへの期待が膨らむ。

「こっちがマイルドな方で、こっちは普通だから。飲んでみて。」
マスターは自信満々そうにコーヒーを提供してくれた。

「あれ、気を込めるってもっと念じたりするのかと思ってました。」
見ている限り特別なことはしていないように見えたので聞いてみた。

「気ってのはさ、力むと出て行かないんだよ。ホースを折り曲げたり、つまんだりすると水が止まるのと同じでさ、リラックスして軽く手を伸ばすくらいが一番いいの。緊張してたら血行が悪くなって肩がこるでしょ。気も血行が良くないと出ないんだよ。」

そういうものかと思いながら、注がれたコーヒーを見ると同じコーヒーサーバーから注がれたコーヒーなので、どちらも見た目はもちろん同じ。

「いただきます。」
まずは「普通」と言われたコーヒーを飲んでみた。
普段は砂糖やミルクをたくさん入れて甘くしたコーヒーばかり飲んでいるから、コーヒーの良し悪しなんてわからないが、おいしいコーヒーだと思った。
いい香りがするし、適度な苦味がある。これが美味しいコーヒーなんだろうなと言うような味。
1/3ほど「普通」を飲んだ後に、「マイルド」と言われたコーヒーを飲んでみた。

期待を込めて「マイルド」をひとくち。
「うーん、よくわからないですね。」
私が正直にそういうと、マスターも常連の女性も笑っていた。
「ははは、そりゃ残念。でも美味しいだろ。」
「はい、違いがわからないのは申し訳ないですが、美味しいのは間違いないです。」

「水は、容器の形によってどんな形にもなるだろ。四角い容器なら四角、丸い容器なら丸くなる。電子レンジに入れたら分子が振動してあったかくすることもできる。だから、気でコントロールしやすい物質なんだよ。たとえば、水だけでもコーヒーみたいな味に変化させることだって出来るんだよ。まぁもちろんコーヒーそのものになるわけじゃないけどさ。」
とコーヒーをすすっている最中もマスターのトークは止まらない。

「あれ、ちょっと苦いかも」
マスターのトークを聞きながら、ふと「普通」をすすった時だった。それまで飲んでいた「マイルド」よりも少し苦い気がした。
話している間に冷めてしまったからなのか、気のせいと言われれば、否定できないほどの差だったと思うが「マイルド」よりも少しだけ角の立った苦みを感じた。

「お、わかったか。」
「なんとなくですが…。」と自信なさげに答える私にマスターはさらに教えてくれた。
「途中で味を変えることもできるんだよ。気ってのはさ、だいたい半径2m以内の範囲に作用できるからね。カウンターに置いてあるコーヒーなら好きなようにできるよ。」

長年理系として生きてきた身ゆえ、「気」というものをすんなりと信じられないのが申し訳ないが、それでもマスターの話はとても興味深く面白かった。

「電流の流れてる電線から電磁波が出るのと同じように、筋肉を動かす電気が周囲に影響を与えてるのが気だと思うんだ。あくびが人にうつるのも気だと思う。自分の出している波長が周りの人に影響してて、それを何に使うかってこと。手をかざして身体の悪いところを直したり、武術に使って人を投げ飛ばしたりね。」

私の頭の中にある人物が思い浮かんだ。中学生のとき塾の先生がすごい人がいるぞと教えてくれた合気道界の伝説「塩田剛三」である。当時、YouTubeで観ては盛り上がった記憶がある。

「合気道の塩田剛三も同じですか?」
その問いかけにマスターが嬉しそうに答えた。
「なんだ、結構知ってるんだな!ちょっと待ってて。」
そういうとマスターは店の奥の本棚から数冊の雑誌を出して見せてくれた。「Ki magazine」というなんともマニアックな雑誌で、発行年は私が生まれるより前だった。

「お、塩田剛三も載ってますね。」
「これすごいだろ、吹き飛ばすシーンのコマ撮り。」
「いやぁ、これ本当なんですかね。」
「写真に写ってるんだ。疑う余地はないだろう。」
まだまだ気が信じられない私は色々と疑っているが、マスターは得意そうだ。

「そもそもほとんど触ってないのにどうして人が飛んでいくんでしょう。」
「これは、意図的にてんかん発作を起こしているんだよ。一瞬だけてんかんの波長を出して、相手に発作を起こさせる。自分はそれをコントロールできるから発作を起こさないが、相手はコントロールできないからそのまま飛んでいくんだよ。」
「ずいぶん危険な技なんですねこれ。」
「だから弟子にしかやらないんだろう。」
当時は体当たり系YouTuberが居なかったのも要因の一つだろうが、映像で弟子にしか合気道の技をかけない理由が喫茶店で判明してしまった。

「マスター、お腹すいたのでそろそろ失礼します。コーヒー美味しかったです。また来ます。」
昼前に来て気付けば時計は14時を指していた。

「はい、ありがとうね。君はきっと気が使えるようになるよ。最近は不思議だと思ってくれる人も少なくてね。コーヒー2杯で1100円ね、今度また時間のある時においで。」
コーヒーの代金を支払って店を出た。

まさかコーヒー2杯で3時間も楽しめるとは思わなかった。知らない世界の話が聞けて、うまいコーヒーも飲める。
気が使えるようになったら、うるさい上司も投げ飛ばせるかな。

みなさんも、フォース使いのマスターがいる喫茶店でコーヒーを味わってみてはいかがですか。

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