変愛教室 7
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定時で上がって飯田橋大勝軒に行こうと思ったが、残業になってしまった。
あきらめて、代わりの店を探す。
最寄りのT駅まで帰り、伝説のすた丼屋に入る。
仕事のストレスが増えると、わたしはドカ食いをすることが多い。
すた丼の肉飯増しを、3分でたいらげると、腹が膨れるのを感じながら、帰路についた。
家に帰ると、竹田さんがいた。
無表情で、リビングのテーブルでテレビを見ている。
二時間サスペンスのような番組のようだ。
「親子丼、どうやってつくる?」
竹田さんは、唐突に聞いてきた。
「親子丼?わたしは、鶏モモを……」
「鶏モモ、使わない。鶏ムネ」
「あ、うん。それでもいいよ。用意するのは、玉ねぎ、卵ね。めんつゆ、酒、みりん、砂糖、和風出汁があればいいかな」
竹田さんは、
「めんつゆ」
と言った。
わたしの部屋の冷蔵庫を開けると、親子丼を作り始めた。
十分後、竹田さんの親子丼をふたりで食べた。
「おいしい」
と言うと、
「おいしくない」
と返ってくる。
会社にいる時と、同じ調子だ。
ここは会社ではない。
なぜ、竹田さんがいて、なぜ親子丼をつくっていて、なぜ二人で食べているのか。
確認しなければならないことがいくつもある。
話を切り出そうとしたが、先に口を開いたのは竹田さんだった。
「仕事」
「え、なんですか」
「仕事、行く」
「ああ、明日ですね。行きますよ」
「明日じゃない。今」
疑問を解決したかったのに、さらに分からないことが増えてしまった。
わたしは、さすがに苛ついてきたが、竹田さんには怒るまいと思って、心を整えた。
彼女は立ち上がると、リビングのドアを開け、
「仕事」
と再び言った。
わたしは、竹田さんに続いて廊下に出た。
廊下の左側に、見たことがないドアがついていて、竹田さんはそれを開けた。
ドアの向こうは、下りの階段になっていて、行先は真っ暗で見えない。
わたしの部屋は三階で、下にも住人がいる。メゾネットタイプでもなく、階段などあるはずがない。
竹田さんは、無言でどんどん降りていく。
わたしも、後に続く。
五分以上も下り続けた頃、目の前の竹田さんの向こうに、ドアが見えた。
「ここ。着いた」
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