『日本霊異記』上 聾たる者の方広経典に帰敬しまつり、報を得て両耳聞こえし縁 第八

諸注意

・平安初期の仏教説話集『日本霊異記』(『日本国現報善悪霊異記』)の現代語訳と、そのメモ書き。
・テキストは、手元にあった日本古典文学全集本(小学館、1975年)を使用(より新しい新日本古典文学大系本を参照する方が望ましいと思われる)。中田祝夫氏による現代語訳が付いているが、従わない部分もある。
・あくまでメモ書き。乱暴な訳なので、コピペしての二次使用は禁ずるし、奨励しない。

あらすじ

病により、耳が聴こえなくなってしまった男。人生に絶望した彼は、最後に善行を積もうと思いたち、僧侶に頼んで読経をしてもらう。すると彼の身に変化が……

本文

聾たる者の方広経典に帰敬しまつり、報を得て両耳聞こえし縁 第八

少墾田宮(おはりだのみや)で天下を治めた天皇(推古天皇)の時代に、衣縫伴造(きぬぬいのとものみやつこ)義通(よしみち)という者がいた。義通は突然重い病気を患って両耳が聴こえなくなり、更に全身に腫瘍ができて、長年治らなかった。

義通は「この病気は、前世の罪の報いによるものだろう。ただ日頃の行いが悪かっただけではあるまい。長生きして周りの人々に嫌われるよりは、むしろ善行を積みつつ早く死んでしまう方がよい」と思うようになった。

そこで義通は土地を掃き清め、仏堂を飾り、義禅法師という僧を招き入れた。義通は身なりを整え、香水で身を清めてから、法師に方広経(ほうこうきょう)を読んでもらい、一心不乱にお祈りをした。

すると不思議な霊感を覚えたので、義禅法師に「たった今、私の片耳に菩薩様のお名前が聴こえてきました。ですからお坊様、どうかもうしばらくお経をあげ、菩薩様をお祈りしてください」と頼んだ。

義禅法師が更に方広経を読むと、片耳が聴こえるようになった。義通は歓喜して、もっと菩薩を拝むよう頼んだ。更に読経が続けられると、遂に両耳が聴こえるようになった。

このことを聞いた人たちは皆驚き、不思議がらない人はいなかった。仏を信じて念ずれば必ず報いがあるということは、決して嘘ではないのである。

聾たる者の方広経典に帰敬しまつり、報を得て両耳聞こえし縁 第八 終

雑記

・難病の原因が前世の悪行によるという風説は古来から存在する。代表的なのがハンセン病(らい病)で、業病(ごうびょう)とも呼ばれ、差別の対象となった。ハンセン病差別は戦後まで続き、「らい予防法」によって患者は強制隔離を強いられてきた。しかし患者らの懸命な努力により、1996年に「らい予防法」は廃止されるに至った。
ハンセン病は飛沫感染するが、感染力は弱く、患者と接触しても罹患する可能性は極めて低い。また、現在の医療技術を以てすれば完治する病である(参考:https://www.nippon-foundation.or.jp/what/projects/leprosy/about)。
今回の説話で描かれた病がハンセン病であるかは判然としない(ハンセン病の症状に聴力低下は無い。全身の腫瘍は認められる)が、「長生きして周りの人々に嫌われるよりは(原文:長生して人の為に厭われむよりは)」という台詞から、義通の受けた差別が窺える。

・方広経とは、大乗仏典の総称。もの凄くざっくり言えば、大乗とは全ての人間の成仏を目指す仏教、対する小乗は自分自身の悟りを第一とする仏教のこと。大乗経典では『法華経』『華厳経』『仏説阿弥陀経』などが代表的。日本の仏教はほとんど大乗仏教である。

・衣縫伴造は、衣縫部(その名の通り衣服の生産を生業として、朝廷に仕えた一族)を統括する氏族だと思われる。

・仏のパワーによって病気が治る説話は数多く、霊異記にも散見される。そういえばキリストにも似たようなエピソードが多いことに気づく(新約聖書)。こうした「奇跡」は世界共通なのだろうか。

以上







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