『洋服の青山』


光彦は、持っている紙に書いてある住所と、
目の前のアパートの名前を照らし合わせる。

光彦「コーポ富士。ここに間違いない。
   ここの203号室に奴がいるのか。」

古びた階段を上がると、ギシギシと音がする。
203と書かれた表札のあるドアの前に立ち、
インターフォンを押した。
中から、立ち上がって、
こちらへ向かう音が聞こえた。
ドアが開く。
中からは、自分と同世代くらい、
30代前後の男が出てきた。

光彦「突然申し訳ありません。
   青山さんですよね?」

青山「そうだけど。」

光彦「洋服の青山、さんですよね?」

青山「ちがうな。俺はただの青山だ。
   悪いけど、冗談には付き合えない。
   帰ってくれるか?」

光彦「あなたは洋服の青山だ!
   間違いない!」

青山「あまり大きな声をださないでくれ。
   他の住人に迷惑がかかってしまう。」

光彦「いや他の住人なんかいない。
   なぜならこのコーポ富士の部屋
   は全部あなたが借りているからだ!
   あなたが持つ膨大な服を、
   収納するためにね。」

青山「なぜそれを!?」

光彦「あなたのことは
   徹底的に調べてきました。
   どうかお話だけでも。」

青山「どうやら、
   ふざけてるわけじゃなさそうだ。
   部屋にあがってくださいよ。
   紅茶でもいれますよ。」

2人は部屋に入っていった。
中には、シルバーラックに服が整列していた。

青山「要件とは何ですか?」

光彦「実は私、ドメスティックラオという
   ブランドのデザイナーをしてまして。」

青山「ドメスティックラオ!
   3年前の冬服は最高だった!
   とくにあのダウンジャケット、
   シンプルながら、飽きが来ない。
   まだ着てますよ!」

光彦「今年の新作は、どうでしたか?」

青山「それは、うーん。
   正直に言うと、いまいち。」

光彦「ですよね。」

青山「もしかして?」

光彦「最近のドメスティックラオは、
   とにかく評判が悪い。
   経営も傾いてきています。」

青山「ほう。」

光彦「教えてください! 
   私の服のどこがダメなんでしょうか!
   洋服の青山さんなら、
   その答えを知っているはずだ!
   このままじゃウチは終わってしまう!」

青山「あなたみたいな不調のデザイナーは、
   よくここにきますよ。
   その度にお断りしてる。」

光彦「そんな。じゃあどうしたら。」

青山「でも、今回は特別だ。
   ドメスティックラオのために、
   力になりましょう。」

光彦「え!いいんですか!?」

青山「あなたが着てる服。
   ドメスティックラオが、
   初めて発表した時のスーツだ。
   かなり年数が経っているはずなのに、
   新品に見えるほど手入れされている。」

光彦「私にとって、思い出の服なんです。」

青山「そんなにも服を愛してるあなたには、
   私も協力したくなる。
   服の神が舞い降りたと思ってください」

光彦「ありがとうございます!」

そして、翌日から、
ドメスティックラオの大改造計画が始まった。

まず、ダウンジャケット。
全部がスケルトン仕様。
人工フェザーも透明なものを使って、
チャックをしててもインナーが丸見え。

光彦「ちっちゃいエビみたいだ。
   内臓が見えてるやつ。」

青山「これが最先端ってやつだよ。」

そしてデニムジーンズ
つまりGパンのことだが、少し揉めた。

青山「言う通りにするって言ったろ!」

光彦「でもこれはないですよ!」

机の上に置かれたのは、
「G」の形をしたズボン。
「G」の頂点から足を入れて、
片方の足は短パン、
もう片方は、めちゃくちゃ長くて、
「G」の下の横棒から引っかかりまでは
足から飛び出ているような形。

青山「小文字のgと悩んだけどな。」

光彦「あんまり関係ないな。」

続いて、パーカー。
光彦「普通ですね。」

青山「いや、フードをかぶってみてよ。」

背中がガッツリ開いている。

光彦「おお〜、セクシー。」

青山「フードの裏って、乾きにくくて、
   気持ち悪いじゃん。
   だからもうとっちゃおうっていう。」

光彦「革命的だ。
   これなら行けるかもしれない。
   新生ドメスティックラオの始まりだ!」

青山「まだ、メインがあるぞ!」

光彦「なんです?」

青山が取り出しのは、
バスケットボール。

光彦「服じゃなくてボールを売るんですか?」

青山「見ててよ。」

青山はバスケットボールを、
線に沿ってベリベリ剥がし出した。
すると、一枚の大きなTシャツになった。

青山「これが今回の目玉商品。
   着るバスケットボール。」

光彦「すごいな。」

青山「来季からは、
   着るスケボーを検討中だ。」

光彦「本当に、ありがとうございます!」

青山「ま、やれることはやったよ。
   あとは自分で頑張んな。」

光彦「はい!」

青山はコーポ富士に帰って行った。
テレビをつけると、
華々しいランウェイの中継が。

ドメスティックラオは、
その異才さと斬新さ、機能性から、
どのブランドよりも目立っていた。


青山「シンプルじゃだめなんだよ。
   新しくて、映えないと。
   大衆は目にも止めない。」

ぼそっとつぶやいて、テレビを消した。

〜終わり〜

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