まだ、『ナニモノ』じゃなくていい。

おわって、はじまった。

おしごとやめました。
夜勤で昼夜逆転がしょっちゅうで、
胸をはれないこのおしごとを、おわりにしました。
実に2年間、同じかいしゃに勤めていたことで、
思うことも、たくさんありました。
おしごとをやめると、自己紹介の答えも色々変わりました。
なにより、
『ざっくは、なにしてるひとなの?』って質問に対して、
考えるようになりました。

私は『ナニモノ』でしょうか。

とりあえず、ヒトです。
・何をしているひと?
・何ができるひと?
・どんなひと?
しばらくは、このまま迷っていそうです。

おしごとをやめるだけでこんなに考えることになるなんて、
まったくおもってもみなかったぼくは、
『おしごとってなんだったんだろう?』とも考えました。

いかりのようなもの

おこってないです。会社にも、しごとにも、じぶんにも。
ただ、このままでいくのは
ぼくにとって絶対によくないぞって思った。

おしごとは、
ある意味で船のいかりのようなものだと思っていて、
安定した収入があることによって、
流されないように、そこに停滞することができる。
そしてその反対に最低限の保障があることから、
早く行こう、先に行こうとするものをその場に留めてしまう。
『これでも悪くないな。』って思わせちゃうようないかり。
2年間の間に、後者のいかりが見え隠れしてきて、
これは本当にやばいぞと思って、やめることを決意した。

いつのまにかじぶんに追い越されてった

『ざっくは、毎日楽しそうだよね。』
『すごく幸せにあふれているよね。』
そう言われることに慣れてきて、
『そういうのがざっくなんだ!』ってなった。
こんな形でできた理想的な自分としてのざっくが、
最初のうちはすごく嬉しくて、気持ちよくて、誇らしくて、
でもそんな『よきがあふれる少年ざっく』が
いつのまにかぼくの前を走るようになって、
そっちに引っ張られることが多くなった。

泥臭さがあっていいと思う

『すごい人』より『助けてあげたい人』に
『できる人』より『協力したくなる人』に

自分は〇〇に所属しているものです。
自分は□□ができるものです。
そんなかんじできれいなところばっかりだして、
人間味があんまりなかった。
実はまさきに弱いところを見つけてもらうのが好きなのも、
自分の人間味が感じられるから好きだったのかな。

これからはもっとたくさん、できないところを出して行こうとおもう。
泥臭さをしっかりだしていくことが、これからのぼくだとおもう。
だから、まだぼくは、『ナニモノ』じゃなくていい。
そんなぼくを発信していこう。
そうおもった。

めっちゃよき

ざっく



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