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2022.01.03 【引退選手名鑑(番外編):山中美和子(ウグイス嬢)】

2021.10.23 東京ドームにおきまして、亀井善行、大竹寛と並んで、引退セレモニーを行われた球団職員の方がいらっしゃいました。その方は、山中美和子さん。同日、2021.10.23 巨人vsヤクルト戦においてウグイス嬢を務めあげ、45年のウグイス嬢生活に幕を下ろしました。

野球のゲーム時間は長い。この日は3時間31分。

45年間毎年、後楽園~東京ドームにて、数多くのゲームでウグイス嬢を務めました。

この日のセレモニーでは、原監督から「彼女の声から試合が始まり、試合が終わりました。幾多のジャイアンツの選手が、彼女の声で元気を出し、戦うことができました。」と紹介されました。

引退セレモニーで球団が用意したユニフォーム・背番号385に身を通し、選手代表・菅野から花束を贈呈されました。バックスクリーンには「山中美和子さん、45年間ありがとうございました」というメッセージが表示され、記念撮影が行われました。最後に選手・スタッフ・観客からの盛大な拍手で送りだされ、ウグイス嬢としての最後を全うされました。

セレモニー後は「夢のような45年間。これからは一人のジャイアンツファンに戻って応援していきたい。」と語ってくださいました。

2021年デビューした3人の新人ウグイス嬢についても、「すごくうまくなっています。これからは彼女たちの声が、東京ドームの声になります。」とエールを送りました。

山中さんは高校卒業後、神奈川県高等学校野球連盟に就職。

東海大相模高のゲームでは、「四番サード原君」と、原辰徳選手のアナウンスも行いました。

1977年には読売興業(現在の讀賣巨人軍)に入社、9月3日には、見習いとして入った、後楽園球場の場内放送室で王貞治の756号本塁打を見ることができました。

また、後楽園球場の場内放送室は一塁側ベンチのそばにあり、当時・長嶋茂雄監督や王貞治選手、中畑選手、篠塚選手がよく訪れてきてくれたと嬉しそうに語ってくださいました。

フランチャイズの後楽園・東京ドームに加え、主催ゲームの地方球場で、2.3人でローテーション組んで、アナウンスしたゲームは3000試合以上となるようです。

引退後は「一巨人ファンに戻り、巨人を応援し続ける。」とのことです。


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