倍速視聴

先日喫茶店にいると隣の席の男の会話がいやに耳に入ってきた。
一緒に来た友人の荷物が明らかに椅子に乗りきらない量にもかかわらず奥のソファー側に鎮座し「荷物こっちに置く?」の配慮もなきその男は友人が興味なさそうな話題でも一方的に話し続けるタイプの男であった。
店員さんが水とおしぼりを運んできたタイミング、おそらく次のターンでメニューを持ってくるだろうと思われるタイミングで食い気味に「メニュー!」という男であった。
あと自分で言ったことに相手より早く笑うことでしか盛り上がりを演出できない男であった。
喫茶店のキャパに声量を合わせるということを知らぬ、声のでけー男であった。
とにかくもう完璧なツカミから序盤のたたみかけで一気に不快感をかき立てられた僕は集中力とやる気を大きくそがれ、なんとなくそいつの話を聞いていた。
その話題もまた”通”ぶった映画批評だったりして
「こいつこれ系のあるある詰め合わせ人間すぎるやろ」
ともう苛立ちよりおもろいが勝ちだした頃、話は映画やドラマなどのコンテンツの倍速視聴の是非の話となっていた。

その男の持論はこのテーマにおいて一周目である
「間が大事なのに」
「クリエイターに失礼」
ぐらいのもんだったが、話を聞いてふと
「そういえば自分はどっち派でもないなぁ」
と思わされた。それもそのはず、倍速視聴などしたことが無かった。
存在は認知しているものの一般的な30歳よりも金がズズン↘と無く、時間がちょっぴり多めにある僕にとってはわざわざ手を出すほどのものではなかった。
こいつと仲良くなって喫茶店にいく事なんか一生ないに決まっているし(ドデカ巻物荷物持って通路側は勘弁やし)別にいいのだが、心の中の僕が僕の心の中のアイツに「俺やったことないから分らんわぁ」と言わなきゃいけないのが我慢ならない。
その場で僕はブルートゥースイヤホンのフタを開けた。

選んだのは以前から観よう観ようと思いつつ後回しにしていたNetflixオリジナルのドラマ。字幕だと間もよく分からない気がしたので日本の作品。
初めて倍速のボタン押してみたけど倍速って2倍じゃないのね。
1.25倍と1.5倍があったのでせっかくなので(せっかくなので?)1.5倍の方で。
実際やってみると思いのほか抵抗もなく全然おもしろさに影響はなかったように思う。
だから個人的には”間が悪くなる”という観点からの否定はできないなと思った。

ではアイツの言う”クリエイターに失礼”という観点はどうだろうか。
自分に置き換えてみる。
芸人がクリエイターだなんてそんな仰々しいものではないと思いつつ、お笑いだって作ってお客さんに提供してる時点で作品なのだからきっとその端くれにはいるのだろう。
ネタを倍速視聴されたらどう思うだろう?
おそらくおもしろさは格段に減るだろう。映画やドラマも間が大事なのは間違いないが若手なら3分、売れまくったベテランでも10分強なのがネタの世界だ。
単純に情報の詰め込み方に違いがありすぎる。処理しきれずに進んでしまうだろう。

じゃあ倍速視聴されたら憤りを感じるかと聞かれるとそうでもない。
なんというか、作り手としては「イヤ!」というより「キモ!」の方が近い気がする。
これは売れてなさすぎるが故の考え方かもしれないが、見られないよりかは倍速だろうが観てもらった方がプラスやし、楽しみ方は提供し終わった時点でその人の自由やし。
感覚的には天ぷら提供して「塩でどうぞ」っていうたら持ち込みのジェノベーゼソースかけられたような。
「いや勝手にしたらええけど!キモイなぁ!」って感じ。
しかも目の前でやられるわけでもないし、テイクアウトで家でジェノられても別に腹は立たんなぁ。
”イヤ”とか”腹立つ”というより”キモイ”とか”悔しい”に近いかもしれない。
自分が牛丼屋の人やとしたら味わってくれても嬉しいけどただただカロリーとして胃にぶち込んでるだけの人が来てもイヤじゃない。けど回らないすし屋で寿司握っててかきこむヤツ来たらキモイし悔しい気がするなぁ。
牛丼のようなかきこむ需要があると思って出してるもん(平場トークとかYouTubeの類)はいいけど高級寿司になれるつもりで出してるもん(ネタとか)は倍速されたら悔しい。

図らずも”寿司とネタかけて上手い事言うた”みたいになってしまった(遺憾)ことはさておき、つまり何よりも問題なのは事前の評価で 倍速で観てもいいや と思われたところだ。
自分の提供するものが世間で良いものとされてたら最初からかきこまれることもない。そして世間で良いものとされてなくても、かきこむつもりで来てるヤツがいたとしても、一口目が美味かったら箸のペース落としてゆっくり食うてくれるやろし。結局は美味しいモン提供できるようにならねば。やるべきことは変わらない。

こんな事を考えていたらドラマを観終わってからさらに幾許かの時間が経っていた。
自分の中の考えもまとまって、気付けばしばらく耳につけっぱなしになっていたブルートゥースイヤホンを外しフタを閉める。
知らない間に隣のアイツは帰っていて、アイツきっかけでそがれたやる気もアイツきっかけで戻ってきた。
さぁやりますか。いいネタ用意して高級寿司屋さんになれるように!(遺憾)

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