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スケッチ3 - <管理組合>

 「野良に食料を盗まれた!」

 そこで<管理組合>だ。

 「ああ!発狂者が人を殺してまわっている!」

 そこで<管理組合>だ。

 <管理組合>とは<風の街>警察組織と協調関係にあるとされる自警団である。彼らの祖先はかつて地下に住んでいた武闘派の<もぐら>達のある一団だったと言われていて、そのせいか彼らの拠点は代々<風の街>警察ビルの地下一階から地下三階を占めており、彼らはそこで生活していた。鋼鉄で出来た甲虫を思わせる独特な防風外骨格を纏う彼らは日々<風の街>の各地を巡回するなどして治安維持に努めており、また様々な事件を極めて効率的に解決していた。

 彼らの活躍の一例を取り上げよう。かつて五十六丁目付近において、ある事件が発生したことがある。<風の街>中心部にそびえ立つ、人を狂わせる風の源である<芯>からの呼び声に従い、清らかな生贄を<芯>に捧げると主張する男が、路上で幼い少女を人質に取り錆びたナイフを片手に辻説法を行っていたのだ。彼は発狂していた。人質の少女も防風服を剥ぎ取られていたため、<芯>からの風に侵され気が狂いつつあった。

 男の説教の内容は支離滅裂であり、それに聞く価値はない。少女の正気も危ない。一報を受けた警察ビルの中を書類が駆け巡る。突き返される。再提出される。そしてまた突き返される。書類に意志はない。だがどうにもならないのだ。<甲冑の男達>は?気まぐれな彼らはあてにならない。ああ、誰かこの状況を解決してくれる勇気ある者はいないのか……。

 その時<風の街>警察のある男がふらりと地下に降りると、こう呟いた。

 「ああ、なんだか五十六丁目付近でとんでもないことが起こっているみたいだなあ。誰かなんとかしてくれないかなあ」

 それを聞き逃す<管理組合>員達では無い。彼らは常に荒事を求めてアンテナを張っているのである。彼らは一斉に、おう、と気合を入れるとその手に持っていたビールジョッキをテーブルに叩きつけ(<管理組合>員達のアジトは巨大な酒場である)、我先にと特製防風外骨格の装着室へ向かった。外骨格の数は限られているため早い者勝ちである。すぐさまいつものごとく乱闘騒ぎが始まった。飛び交う酒瓶が止んだ頃、ようやく外骨格を着込んだ彼らは出撃した。 

 現場に到着した<管理組合>員達が見たものは巨大なサバトであった。犯人の男の説教に感化され狂った野良達が男と少女を王と女王として崇めたてまつり、哀れな<風の街>住民達を殺してはその血や内臓で壁や道路に<芯>を讃える奇妙な紋様を描いていたのだ。人質の少女も風にやられて完璧に狂いきっており、野良達を指示してはより多くの、より美しい紋様を描くべく指導していた。その目は狂気に輝いていた。

 もはや単なる狂人の集まり……何人も救うこと能わず。決意の<管理組合>員達は狂風をものともせずこれに立ち向かう。こいつはタフな仕事になりそうだ。腕がなるぜ。運動の時間だ。彼らは外骨格の中でニヤリと笑った。<組合>員達を目にした狂人達が襲いかかる。そして彼らはすべてのそれを返り討ちにした。犯人も少女も野良も含めて皆殺しであった。加害者も被害者もいなくなれば事件は存在しない。これで事件解決だ。鮮やかな手並みであった。

 なぜこのような横暴が許されるのか?彼らは公式には<風の街>住民で無いからである。地下に住むものは<風の街>住民ではない。<風の街>警察が罰し、管理するのは地表に住む<風の街>住民だけである。<風の街>警察にとっては、<管理組合>は公式には存在しない集団として扱われているのだ。官僚組織には、存在しえないものを取り締まることは出来ないのである。

 時には彼らを<暴力もぐら>と蔑む者もいる。確かに彼らは礼節に欠け、裁判を知らず、また独善的である。だがしかし結局のところ、<風の街>のこの平和の一部分は、間違いなく彼ら<管理組合>の手によって保たれているのだ!

 ああ、素晴らしい<管理組合>よ。<管理組合>に栄光あれ!

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