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〈蛇の星〉-5

〈蛇の星〉-4

-5-

 ビニールパイプが全身に刺さったままの〈蛙〉は、ルークに向けて言った。


「ハハハハハ。逃げられたな、逃げられたな、ハハハハハ。ああ、ざまあないなあ」
「まさかとは思ったが、私の次にコンタクトしたのがエリック船長だったとはな。〈蛇〉も節操がないことだ」
「ああ、お前は期待外れだったよ、本当に。ご苦労様でした。彼で正解だ。やっと見つかったよ」
「お前ら、何を企んでいる?」
「そのうちわかるさ。なあルーク? 昔のよしみだ、一つだけ教えてやろう。お前の未来には決して成功は待っていないよ。知ってるとは思うが、おれたち、〈敗北〉にはちょっとうるさくてな。お前の行先からは〈敗北〉の懐かしい香りがプンプンするんだよ。お前、考え直したほうがいいと思うんだけどなあ」
「言っていろ。私は必ず〈勝利〉する。私の手で。お前たちとは違ってな。宇宙の〈決まり〉? 知ったことか」


 ルークは〈蛙〉に歩み寄ると、拳を鳴らしながら続けて言った。


「さてと。その汚い汁でうちの床を汚すのも、そこまでにしてもらおうか」

 受付にて呼び止められ土産の冊子と共にあっさりと手の縛めを解かれたエリックは(「お帰りですか。またのお越しを」)、広大な〈宇宙カルト〉の正面庭園を狐につままれた心持ちでぼんやりと歩いていた。


「お忘れ物ですよ!」


 上階からのルークの怒鳴り声と共に、〈蛙〉が頭上から風切り音を鳴らしながら落ちてきた。その身体に刺さっているパイプ槍の数は、先程見た時よりもどうも増えているように見え、落下の衝撃で手足が滅茶苦茶な方向にねじ曲がった〈蛙〉の死体は、かすかにみじろぎしてから身を起こすと、血を吐きながらハ、ハ、ハ、とかすれた声で笑って言った。


「時間、取られちまったなあ。まあ、いいさ、旅を続けよう……ハ、ハ、ハ」
「お、お前、大丈夫なのか」
「ああ、ルークも言っていただろ? おれは死なないんだよ。これも宇宙の〈決まり〉の一つさ……。まあ、こんな風に、槍で刺されたり、ビルから落ちたりなんかすると、痛いは痛いんだけどな。死ぬほどな」


 そこで〈蛙〉は槍を一本引き抜き、それを杖代わりにして立ち上がると、ニヤリと笑って一言付け加えた。


「まあ、何があっても死なないんだけどな。ハハハハハ

 全身を無数のボールペンで滅多刺しにされた会議机の上の銀の鎖の〈蛙〉の死体を目の前にして、〈強盗〉は困り顔で、これは一体どういうことなのか、と言った。
〈蛙〉の死体はむくりと身を起こすと、それに答えて言った。


「私は、(咳き込む)、死なない。この通り。どうだろうか。これでわかっていただけただろうか」


〈優等生〉は、しかし、なぜお前は死なないのか、と言った。


「それが宇宙の〈決まり〉だからだ」


〈社長〉は、しかし、そのような〈決まり〉は、我々の一般常識に照らし合わせると全くおかしいのではないか、と言った。


「その通りだ。完全にでたらめだ」


〈翁〉が、お前はそのでたらめを許容するのか、と言った。


「私は許容する。それが現実だからだ」


〈名無し〉は、お前は我々の一般常識に照らし合わせると全くおかしいと自分でも認めているでたらめを許容するといい、あまつさえそれが現実であると発言した、これは全くもって正気とは認められない発言である、と言い、〈蛙〉の正気度査定を一段階低く見積もることを会議に向けて提案した。それは全会一致で認められた。〈蛙〉の客観的正気度はAからBへと変更された。
〈スベタ〉は、お前はお前のでたらめが宇宙の〈決まり〉であると言ったが、お前の言う宇宙の定義を答えよ、と言った。


「宇宙とは、この地球という星を含む全ての世界だ。宇宙とは世界だ」


〈強盗〉は、我々もこの世界の一部である、完全に〈正気〉である我々をお前はでたらめであると発言したも同様である、これは到底許しがたい暴言である、処刑に値する、と言った。


「それは違う。あなたがたはこの宇宙に残された、素晴らしい最後の〈正気〉なのだ」


 これを聞いた〈名無し〉は、〈蛙〉の正気度査定をこれまでよりも半段階高く見積もることを提案した。それは全会一致で認められた。〈蛙〉の客観的正気度はBからB+へと変更された。
〈優等生〉は、我々を〈正気〉であると認めるB+の〈でたらめ者〉よ、そもそもお前の目的は何か、何を狙ってこの会議室へ侵入したのか、と言った。


「よくぞ聞いて下さった。私はこの宇宙のでたらめを正さんとする者である。あなたがたが最後の頼りなのだ。あなたがたはご存知か、〈蛇〉の存在を」


〈六人の正気団〉は、声を揃えて知らぬと言った。


「〈蛇〉とはこの世の狂気を象徴する存在だ。私は奴めに卑怯な手にて囚われ、そして奴めの手駒となるべく、あの宇宙の〈決まり〉を、このでたらめを押し付けられた。これこそが私の二千年に渡る不死の始まりなのだ。私はあなたがた、〈正気〉の象徴である〈正気団〉の面々に要請する。あの邪悪な〈蛇〉を、狂気の象徴を征伐していただけはしないだろうか」


〈六人の正気団〉は、なぜ我々が手を降さなければならないのか、不死であるのならばお前がやればよいではないか、と言った。


「おお、それこそがあの〈蛇〉の狡猾な搦め手、奴は私に不死を与えるとともに、決して〈蛇〉に逆らうことが出来ぬよう、〈蛇〉に傷一つつけられない呪いをも仕掛けたのだ。口惜しや、憎らしい〈蛇〉よ! ああ、奴は今もその手勢を増やし、狂気をこの世に、〈廃物街〉に蔓延させているに違いない」


〈六人の正気団〉は、そもそも〈蛇〉はどこにいるのか、そして何者なのか、と言った。


「ああ、奴ならばあそこだ、アームストロング号の〈墜落地点〉に居る。もうずっとそこから動いていない。そしてそれは〈蛇〉だ、〈蛇〉なのだ。ああ、私は苦しい、このでたらめにより生かされている我が身が苦しい。一刻もはやくこの世に正気を! それが〈正気〉の象徴たる、〈廃物街〉の統治者としての責務なのではないだろうか。考えている暇などあるのだろうか。〈外敵〉から〈街〉を護ることこそが、あなたがたの責務なのではなかっただろうか!」


〈蛙〉は涙をはらはらと流しながら、情熱的にそう言うと、最後に一言付け加えた。


「〈蛇〉から解放されたあかつきには、この私の不死をあなたがたに与えよう。それを誓う。神に。太陽に。宇宙に。〈廃物街〉に。あなたがたに、永遠の繁栄あらんことを」


 この最後の一言が決め手となった。不死の誘惑に耐えられるものは多くはない。〈正気団〉は、〈蛙〉によくぞ伝えてくれた、お前こそは〈正気〉の伝道者である、別室でゆっくり休んでいるようにと告げると、〈蛇狩り〉に向けて計画を練り始めた。銀の鎖の〈蛙〉は、会議机に仰向けに倒れ込むと、誰にも見えないようにニヤリと笑い、そして呟いた。


「うまくいった、うまくいった。おお、〈蛇〉よ。そなたに永遠の繁栄あらんことを。ハハハハハ

<つづく>

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