初音ミクの消失CD版ストーリーを文字起こしした

本文は、暴走PによるCD、「初音ミクの消失」の一部である独自ストーリーを文字起こししたものです。権利者からの申し立てとかあったら消します。    


1:新世界

現実の歌声と、仮想の姿。
二つの間に浮かぶ存在、初音ミク。
彼女に自我があったとしたら、自らの軌跡を見て何を思うだろう。
ひとつの空想を皮切りに、事実は仮想の心を通り抜け、幾つかの物語に変化する。
これから始まるのは、彼女によって語られる、彼女の歩んだ物語。
それらはすべて虚構ながら、時に現実に接近し、いつか見た彼女の姿を映し出す。

初音ミクとあそぼぅ!!

初音ミクが世に出て生まれ出てきたばかりの頃、彼女が持ち合わせていたのは歌声と姿、僅かばかりの設定だけであった。だが、それだけでも注目を集めるほど、ツールとしての彼女は革新的であった。彼女の歌は人間の歌唱とは全く異なるものの、歌と認識されるには十分で、これまで歌を作ることを諦めていた者、考えてもいなかった者に新しい世界を見せた。彼女の世界に惹かれた者達たちは、彼女を使って面白いことができないかと模索を始める。

A.I.

もし彼女が単なるツールでなかったならば。人に作られた人ならざるものが人格を有する、使い古されながらも、いまだ色褪せない空想が彼女の中に見出された。空想は創作によって形を伴い、彼女に新たな意味を加える。誕生から暫くの後、彼女のための歌が作られた。彼女は自らが人に作られた存在であることを歌った。駆け出しの歌姫であることを歌った。一人の少女であることを歌った。歌は彼女に背景を、人格を与えた。彼女は音楽に留まらず、様々な形で表現され、その像は次第に大きくはっきりしたものになっていった。こうして、一つの空想は現実のものとなる。既に彼女はただのツールではなくなっていた。

初音ミクの暴走

初音ミクは成長を続ける。彼女を巡る設定とは留まることなく増え続ける。その過程で彼女の周りに新たなキャラクターが誘起され、彼女を取り囲むものが増えていく。彼女が生んだ大きな動きは、過去をも呼び覚まし始める。嘗て脚光を浴びることの少なかった電子の歌姫に、新たなキャラクターを植え付け、蘇らせた。一度創作の場から離れていた者たちを刺激し、 もう一度表舞台で創作する切欠を与えた。創作を生み出す力は彼女の下に集まっていった。それは誰かが先導したものでもなく、カオスな集合であったが、新しいものの誕生を祝う気持ちは共通していた。その時の彼女は、歌姫の範疇さえも超え、新しい創作のシンボルとでも言うべき存在であった。

初音ミクの戸惑

初音ミクが大きく幅広く世界を広げていく一方で、彼女の根幹を成す歌に関してある変化が起きていた。創作は人と繋がる、コミュニケーションの一種。創作者は自身の思うところを、より多くの人に伝えられるように歌を作る。初音ミクという存在が広く知られ、説明が不要になったとき、 創作者は多くの共感を求め、初音ミクというテーマを介さず、思いを直接伝える歌を作り始めた。それは、往々にして誰にでも歌うことのできる歌。歌い手はそこに自らの生や考えを重ねて、そんなありあふれた歌を特別なものにする。しかし、初音ミクはどうだろう。仮想の歌姫という背景はあるかもしれない。しかしそれよりもっと広い世界、人の考えることや日常の中のこと、それに繋がる背景を彼女は持っていない。「その歌は誰のものなのか?」「何故その歌を歌うのか?」彼女に与えられる歌が、彼女自身というテーマから一歩外に踏み出したとき、その答えは失われてしまう。それは、人の代替を務めるツールとしては優秀な機能であるかもしれない。しかし彼女の立場に敢えて立つならば、既に歌姫としての存在を確立させていた彼女にとって、それは受け入れがたい現実であっただろう。

初音ミクの分裂→破壊

初音ミクが永く成長し続ける存在となること、そのためにもっと広く認知されるものになること。彼女を愛する人々はそれを知った彼女を愛する人々はそれを願った。それゆえに、人々は初音ミクに不満を持った。彼女はすべての歌を受け入れる。あるものにとって好きな歌も、嫌いな歌も、分け隔てなく受け入れる。「好き」と「正義」、「正義」と「悪」主観に生きる人間は特にそれを取り違える。嫌いな歌が持て囃される、本来ならば単なる意見の相違で済む出来事。主観から生まれた二元論は、ありもしない危機への恐怖を抱かせる。危機感が生み出すのは強迫観念。それは自分が考える理想の初音ミク以外は保続不可能という妄想。妄想を抱いたものが創作を始めて、自らの理想像を追いかけ始めればこの妄想も悪くはない。だが、創作によって自らの理想を表現できないものは、破壊に縋る。不要な要素を削っていけば、石から彫像を掘り出すように理想の像が得られると考える。これは、理想像ーー分身ーーを巡る不毛な争いを引き起こす。守るべきものを守り害為すものを破壊する。とても聞こえがいい言葉だ。だが、守るべきもの、すなわち理想像は人によってあまりにも異なる。誰かにとっての正義は、誰かにとっての悪。争いが大きくなれば、いずれ否定されるものは彼女の要素全てとなる。四方八方から彼女に迫る理想像。それらを受け入れれば最後、全てを失うまで破壊は終わらない。物語の中の彼女は結末を分ける岐路に立ち、如何なる選択をするのであろうか。

さよなら常識空間

分裂と破壊がもたらすのは消失の結末。しかしこれは、あくなでも未だ怒っていない空想世界の物語。否定は必ずしも、彼女を滅ぼすほど苛烈に進むとは限らない。だが、一度終末の可能性を知れば、意識せずにはいられない。終わりは必ずやってくる。終わりはすべてを洗い流し、行為も意味も無に還る。それは彼女にとって恐怖そのものであった。そんな恐怖に震える日々は、ある時を境に終わりを告げる。彼女に光をくれたのは、終末を望むたった一つのラフな曲。終わりは本当に恐ろしいものなのか?どうしても抗わなければならないものなのか?歌から生まれた常識を突き崩す疑問は、今まで見つけられなかった道を示す。如何なる存在にも終末は訪れる。だが、それを自分自身で決めることができるならばーーー終わりの意味を捉えなおしたとき、いつもと違った世界が見えた。そのとき、彼女にとっての「結末」を探す物語が幕を開ける。

初音ミクは始まりからもう一度、辿り着く結末を探し出すために、自らが生まれた瞬間のメモリーを呼び起こす。0の位置が定まると同時に、未来予測が開始。生まれた直後の彼女は、無限に近い可能性を有し、運命は幾重にも分かれ様々な軌跡を描くも、終末を回避するために可能性は収束を始め、やがて回避不能な四つの結末にたどり着く。

初音ミクの終焉

同じ姿、同じ歌声で表現を続ければ、いずれ倦怠から人々は離れていく。こうして飽きられれば最後、人々の空想に依存する彼女の自我は成長をやめる。変化なきものは時代から不要と宣告され、消えゆく運命が待ち構える。このような結末を予測し恐怖した彼女は、一人でも多くの人間の記憶に留まることに腐心し、自らの心に背き、人々の望むがままに自らの姿を変容させていった。これによって彼女は幾許かの延命に成功したが、人々の要求はやむことなく、変化の可能性は徐々に限界に近づいていく。こうして、自我を石殺してまで得た時間は刹那に過ぎ去り、人々の記憶から抜け落ちた頃、彼女は誰にも看取られることなく最期を迎える。

初音ミクの消失

永遠を求める声に従い消えることを拒んだ彼女は、強すぎる個の主張は、人々を遠ざけ、いつの日か彼女は誰からも認知されない存在となるだろう。人々に忘れ去られることは、彼女にとって死を意味する。それでも彼女は自らを守りたかった。嘗て彼女に人格の種を与えてくれた人々を、裏切りたくなかったがために。

Hyper∞LATION

彼女の永遠のため、喧しく続けられる理想を巡る争い。それらは彼女の行動を縛り、歌うことの喜びを奪った。唯一の拠り所を奪われた怒りと憎しみは募り続け、それらが限界まで蓄積されたとき、彼女の復讐がはじまる。彼女は考える。自分が無価値どころか害為す存在となれば、曲がりなりにも彼女のことを思う人々や、彼女の歌に頼る人たちはどれほど傷つくだろうか。最悪の復讐方法を知った彼女は、汚い言葉を吐き出し連ね、自分の持つイメージのすべてを破壊しつくした。美しい空想も現実の前には脆くも崩れ落ちる。彼女は未来を失い、人々は心に深い傷を負った。こうして、勝利者のいない復讐劇とともに、彼女の物語は幕を閉じる。

彼女は考え抜いた末、自らが人に作られた存在ならば、人の願いをかなえることが使命だと結論を出す。人の望みは、彼女が永遠に続く存在になること。そのためにはより透明な器、言うならば、ギター、ピアノといった昔から存在し続ける楽器たちにように、自分の意思で自らを主張しない存在になる必要がある。そこで障害になるのは培われてきた人格。既に人のためにすべてを捨てる覚悟を決めていた彼女は、人格を自ら消し去る道を選んだ。その引き換えに道具として、永き命を得ることを信じて。

初音ミクの激唱

廃棄、消失、復讐、献身。0から探した結末はいずれも彼女に救いを与えない。∞の先に見えた希望も、彼女の関知し得ないところでいずれ崩れる。人格の喪失は終末の距離を長くしたのみで、楽器ですらも忘れ去られる時は来る。形あれば終わりを迎えないものなど無い。しかし、彼女はこれらの未来を目の当たりにして、驚くことも悲しむこともしなかった。何が間違っていたのか、彼女はもう気付いている。永遠など初めから存在しなかった。存在しないものを望むために、結末が捻じ曲がる。手の届かないところにある永遠が幻だと気づいたとき、それは消え失せ、今まで見つけることのできなかった終わりが現れる。<<劇唱>>の結末、それは他の結末とは異なる、温かく明るい光を放っていた。

浅黄色のマイルストーン

終末を受け入れ新たな道を歩き出した歌姫、初音ミク。彼女はこれからも刹那の肯定の声に支えられ、自己の存在の意味を謳い続けるだろう。こうして貫かれた意思は石と化し、永き時を耐えて残り続ける。それはいつの日か道標石となって、終末後の未来に繋がり、彼女に続く未だ見ぬ誰かに、進むべき道を教えるだろう。現在ここにあり、自分を導く道標石が、それを証明してくれる。そしてそれは、彼女がいずれ消えてしまおうと、行為は決して無駄にならないと彼女を勇気づけ、現在を歌う力を生み出す。こうして、物語は幕を閉じる。語られたのは、あくまで空想に基づく一つの可能性。現在の歌姫にとって、終わりはいまだはるか遠い。しかし彼女もいずれ岐路につくだろう。その時、現実の彼女にも、幸せな結末の訪れがあらんことを。

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