自己満足

●北海道から東北・北陸にかけ野生のクマの出没が増えており、特に秋田県では50名以上が襲われケガをしています。それもけっして人里離れた山奥に分け入っての被害ではなく、農作業や草刈り、散歩など日常生活を送るなかで襲われているのですから、当該地域に住んでいる人たちはとても他人事とは思えず、さぞかし不安な毎日でしょう。
それを受け秋田県は11月からクマの狩猟期間に入ることを踏まえ、駆除を担う猟友会が使用する弾丸の購入費用を県が負担する考えを表明するなど、住民の安全を確保するために積極的なクマ駆除の方針を示しています。わたしの住む地域でも野生動物を見かけることはありますが、それらはイタチやタヌキ、キジなどで、ほぼ襲われる心配はありません。しかし、もしそれらの動物の中にクマが含まれていたら怖くて散歩も出来ないでしょう。
ですから秋田県の姿勢は住民サービスとしていたって当然のものですが、なんにでもいちゃもんをつける人がいるのは困ったものです。10月4日に美郷町で野生のツキノワグマ3頭が作業小屋に立てこもり、地元の猟友会が駆除したと報じられると秋田県庁や美郷町役場に「クマがかわいそう」「なぜ殺すんだ」と抗議の電話が殺到したというのです。それもほとんどが自身を名乗らず一方的に喚き散らすばかりというのですから質の悪いことこの上ありません。
知事はそんな無礼な電話に対しては「『ガチャン』とすぐに切れ」と指示しているようですが、現場の担当者は「役所にかかってきた電話だけに一方的に切るわけにはいかない」と頭をかかえているそうです。実際にクマに襲われて九死に一生を得た人が言うのならまだ説得力もありますが、自身は安全な場所にいて「クマがかわいそう」なんてよく言えるものです。そんな人たちはもし、目の前にクマが現れ今まさに跳びかからんとしていても「クマを殺さないで」と言えるのでしょうか。きっと「早く撃って」と叫ぶに違いありません。
そもそも行政も喜んでクマを殺しているのではありません。ひとたび人里で食料を得た野生動物はその場所を覚えており、またいつやって来るかわかりません。そのたびに住民は危険にさらされるのです。人間とクマ、どちらの生活を優先すべきかは言うまでもありません。こんなことは少しばかりの想像力があればすぐにわかるはずですが、それを理解できない人が電話をかけているのです。
この苦情が殺到し、その対応で役所の業務が停滞していることが報じられると、今度は逆に「頑張ってください」や「気にしなくて大丈夫ですよ」といった電話がかかってくるというのですから“何か一言”言いたい人のなんと多いことか。こちらはいたずら電話にも似た苦情よりは随分マシですが、この電話もまたあまりに多いと業務に支障をきたします。
「わたしは動物愛護精神にあふれた優しい人」、「わたしは役所の職員を慮ることの出来る優しい人」と、どちらも当の本人は正義のつもりでやっているのでしょうが、周囲の迷惑となるその行為はただの自己満足でしかありません。

百田尚樹のニュースに一言 令和5年11月9日号より

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