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日立台

何でレイソルを好きになったの?って聞かれる事が割と良くある。
クラスメイトに北嶋秀朗さんの事を凄く好きな子がいて、その子と当時特段仲が良かった訳では無かったけれど、校外学習の班が一緒になって、長時間一緒に過ごす時間があった。
ひたすらにただただひたすら永遠に、北嶋秀朗というサッカー選手の素晴らしさを、一緒にいる間ずっと熱弁された。
彼が選手権でどれだけの結果を残して栄光を掴んだのか、その選手が所属している柏レイソルが1999年にナビスコカップでタイトルを取り、2000年当時も優勝争いをするクラブである事、について物凄く熱量のあるプレゼンを受けた。
そしてその柏レイソルには翌年、中澤聡太と永井俊太という市船からの入団が決まっている事も教えてもらった。
そんな中澤聡太選手を初めてテレビで見た時に、物凄くキラキラと輝いていて、こんな格好良い選手が入団するのか!と。この人を見に行く事が出来るのかと胸が高なって、これはレイソルを見に行かねば、行かなきゃ後悔するって、興奮したし、悪く言えば完全に洗脳されていたんだと思う。笑
当時から我ながらミーハーだと思うけど、最初は試合では無く練習見学に行ってみた。
高校時代部活に明け暮れ、バイトなどする時間も無いバリバリの体育会系だった私には、試合に行くチケット代を捻出するのには、時間が掛かったのもある。

初めての日立台、練習見学。
晴れた空の下、画面越しにしか雑誌でしか見た事の無かったサッカー選手がそこにいた。
自分より年上のお兄さん達が必死で汗を流して、でもとても楽しそうにプレーしている姿にあっさりと心を奪われた。
誰かの頑張る姿というのは、とても元気をパワーと笑顔を貰えるのだとその時初めて知った。
それから少し経って、試合を見に行って日立台の雰囲気に圧倒されて、直ぐに虜になった。
日立台のゴール裏で観戦する事は、楽しくて最高の時間だった。アドレナリンが出るってこういう事なんだって。
大学生になってからは他のクラブを好きな友達が同級生にいて、誘われて色んなクラブの試合を見に行った。
それはそれでとても楽しかった。
その影響で色んなクラブのチャント歌えるし、コロナ禍前は対戦相手のチャントを聞くのもとても好きな時間だったな。
色んなクラブの応援に触れる事でより一層レイソルが好きになった。
それをどう思うかは色んな意見があるとは思うけど、私は皆が黄色のユニやコンフィットを着て真っ黄色に染まる日立台が好きだ。
アウェイ側以外コの字に染まった黄色が、ゴールが決まった瞬間に、どん!って揺れる瞬間がとても好きだ。
古くて壊れそうな日立台は、批判されたり文句を言われたりする事があるけれど、それでも私は日立台が好きだ

2年越しに戻った年チケの席。
気付けばもう10年を越えた。
左隣の高校時代のクラスメイトは産休育休で年チケでは無くなったけれど、右隣はずっと変わらない。
2022年日立台開幕戦、右隣が知らない人になってたらと緊張しながら席に向かったら、変わらない顔ぶれがそこにあった。
お久しぶりです~!!!って。
皆居なかったらどうしようかと思ってって言ったら、俺の隣は絶対変わらないと思ってたって。
私もですって答えて笑いあった。
名前も知らないけど、日立台でもアウェイでも顔を合わせれば挨拶したりレイソルの話をして。
それじゃまた来週!って挨拶出来るそんな時間が私は堪らなく大切で大好きな時間だ。
私をレイソルという沼に引き摺りこんだ張本人は、そんな事あったっけー?っていつも言う。笑
一緒に試合を見れる機会は減ってしまったけれど、今でも彼女とは親友でとても大切な友達。レイソルの話をする時間は減っても、こんな風に卒業してからもずっと友達でいられるのは、そこにレイソルがあったからだよね、って話になるとそもそもキタジがレイソルに入ったからだよねってなって、となると北嶋秀朗さんがサッカー選手になってくれて良かった…最終的にはキタジの両親ありがとう、なんて話まで広がって笑い合える友達とはこれから先もずっと友達でいたいなと思ってる。

いつか好きに動けなくなる、その時その日まで私は日立台に通う人生を送りたい。
その為にも健康一番。酒は飲んでも飲まれるな。健康診断の結果は放置するな。
話が逸れたけど、そんな感じでこれから先も日立台で晴れた空の下飲む、美味しいビールを楽しめます様に。

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