クイズ界にも仲裁裁判所があればいいのに

このポストからインスピレーションを受けたことをつらつらと。

クイズ界を「施設」と捉えた場合、私は多分「周りに迷惑をかける利用者」と見られていると思うのですが、「手に負えない」と判断しているのが「スタッフ」ではなく「他の利用者」ということが問題なのであって。そもそもクイズ界には「施設のスタッフ」にあたる「協会」というものが存在せず、「利用者」の中で生まれた「施設利用者常連の中で育まれたコミュニティ」みたいなものがそれぞれに自治をしている状態と思っています。(一応、「協会」と名乗る団体はありますが、どちらかと「商事」という印象で、「統括団体」と呼ぶには程遠い状況に思えます。)「スタッフ」によって公平に「出禁」という判断をされたのであれば、まだ納得できるのですが、「施設利用者常連の中で育まれたコミュニティ」によって出禁と判断されている状態です。しかも、私が周りに迷惑をかける原因になったそもそもの根源となる人物(馬阿蘇)がその「施設利用者常連の中で育まれたコミュニティ」の中にいるという極めてアンフェアな状況です。スタッフがいれば「妥協点を探っての和解」。または「喧嘩両成敗で双方出禁」という判断がくだされるべき事案です。
実際のスタッフがいる「施設」で、「周りに迷惑をかける利用者」を出禁にするかどうかまでには、「施設利用者常連の中で育まれたコミュニティ」から「スタッフ」に訴えがあって、双方の意見を聞いた上で「スタッフ」が判断をするものと思うのですが、クイズ界にはその「スタッフ」がいないので、前述のようなアンフェアな状況が起こっています。クイズ界にそのような揉め事を仲裁するような機関があればよいのですが、一朝一夕には難しいでしょう。
「スタッフ」がいない場合、当人同士の話し合いで解決できるのが理想です。私の場合もそれを望んでいましたが、馬阿蘇はこちらからの呼びかけを一切無視。話し合いすら出来ない状況です。馬阿蘇はこれまでね何名の被害者にこのような対応をしてきたようです。このようなアンフェアな状況に心が折れ、多くの被害者が泣き寝入りしてきたと思います。

私はこのようなアンフェアな状況がどうしても納得できませんし、私が泣き寝入りしたらまた同じことが繰り返され、新たな被害者が出てしまうと危惧しています。そのため、このように声を上げています。もちろん、SNS上で声を上げるのは見苦しいと思います。しかし、相手は東京、私は青森。問題が起こった3年前はコロナ禍真っ只中で、直接会いに行くことはできませんでした。今会いに行こうと思えば、会いに行くことはできます。しかしこの間に相手への思いは、殺意を帯びた憎しみへと変貌しています。今、直接会ったら私は十中八九手をあげるでしょう。それはなんとかして避けなければならないので、必死に抑えています。そのため、これまで顔を出すことができていたクイズの場に顔を出すことができないでいます。さらに、声を上げ続けたことで、私の印象で気が悪くなり、これまで仲良くしてくださった方の多くが手のひらを返したように離れていきました。一方、馬阿蘇は何事もなかったかのように、クイズを楽しみ、仲間と旧交を温め、のうのうとクイズ人生を謳歌してい(るように見え)ます。私がこれだけ苦しんでいる一方で、相手はこれまで通りクイズ人生を過ごしている。悲しくてやりきれないです。
もちろん、私の声の上げ方が悪いことは一理あると思います。その点では自業自得の部分があるのは否めません。しかし、もう一方が何もお咎めなしというのは不公平ではないでしょうか?少なくとも、私が皆さんに迷惑をかけているのは、馬阿蘇が原因です。この人物にも責任の一端があると思うのです。

でも、多くの方は「自分には関係ない」「勝手にやっててくれ」「お前だけじゃない」「頼むから巻き込まないでくれ」「こっちは自分のことで精一杯なんだ」「クイズに集中させてくれ」と思っているんだろうなぁ。今回の件でいかに自分に人徳がないかを痛感しています。皆さんのところには届いていないかもしれませんが、25年間微力ながらもそれなりにクイズ界の身近なところでは頑張ってきたつもりです。まぁ、それが足りなかったんだろうなぁ。こんなに味方が少ないとは思わなかったなぁ。そんな中味方についてくれる皆さんにはもちろん感謝しているのですが。自分を高く見積もりすぎていたんだろうなぁ。そりゃ北広島のクイズ王に「傲慢」だと罵られるよなぁ・・・。

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