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春のある夜のこと

帰りの電車、窓の外にふと目をやると、ビルの向こうが若干まだ薄い藍色の空だったことに少し衝撃を受けた。最近残業続きだったから気づいてなかったのかもしれない。季節は進んでいるんだなあ。ふっと、心に春風が舞い込んだ。

行き帰りの電車は、大抵いつも窓の外をすずろに眺めるか、眠いので目を瞑っている。少しその気があれば勉強したり、読書したり。今日は巾着からAirPods Proを取り出して耳にはめた。が、すぐに違和感を覚える。ノイキャンなのに右耳だけ車内の音が聞こえる笑 おかしいな、昼休みは普通だったのにな。機械がおかしくなったらまず試すこと、再起動……って、AirPods Proに再起動って概念あるんだろうか? とりあえず一度ケースにしまってもう一度取り出してみる。あ、直った、よかった。Apple Musicを起動して、歌詞付きの曲のアルバムを再生。イラストも曲も好きで、最近のお気に入り。

電車を降りると、すっかり夜を迎えた空には綺麗な三日月。ほんのりとした光を纏っていて、頭に「朧月夜」という言葉が浮かんだ。



家に着いて、ごはんを食べて、珈琲を淹れる。翌日が出勤日ならほぼ夜に珈琲は飲まないけれど、明日は休みなのでキニシナイ(そもそも私にカフェインはほぼ効かないけど)。背伸びして、戸棚からちょっと前にLoftで買ったドリップポットを取り出す。マグにドリッパーをセット。木のスプーンで、コーヒー粉を4杯。やかんのお湯が沸くまでの間に、チャチャッと皿洗いを終わらせる。

炊飯器を洗い終えて蛇口を閉めると、ちょうどお湯が沸く音が聞こえてきた。タイミングのよさにわずかに口元が緩む。火を止め、ドリップポットにやかんのお湯を投入したら、ゆっくり円を描くようにお湯を注いでいく。コーヒーフィルターにお湯が当たらないように。最近どこかで読んだ。コーヒーを抽出せず、お湯のまま下に落ちちゃうから、らしい。



マグを手に、自室へ戻る。なんだか部屋の空気が澱んでいたので、夜だけど窓を全開にした。心地よい風がカーテンの裾を揺らして、ジーーーという、夏の夜に耳にする虫の音がした。夏がこれくらいの気温だったらなぁ、とふと思う。ピアノの蓋をからからと開ける。ヘッドフォンをする。こくり。珈琲は冷めないうちがおいしい。1曲弾き終わる。こくり。次の曲を弾く。こくり。

私は、ピアノを弾きながらいろんなことを考える。私が曲に対して思い描く情景だったり、あ今のとこ左手うるさかったな、だったり、今ミスったな、だったり。仕事のことも考える。今日あの量のタスクであんだけ時間かけたのよくなかったな、とか、昨日上司から指摘された痛いミスを思い返したりだとか。本当は弾いている間は情景だけを考えたいけれど、私の脳みそは勝手にあっちへ行ったりこっちへ来たりと忙しい。



今日は久しぶりに「元気」だな、私、と思う。ちょうどさっき見た夜空のように、夜だから暗いけれど雲ひとつない快晴の空のような、そんな穏やかさがある。理由はよくわからないけれど、今夜はなぜかMPが0じゃない。こうして文章も書けているのもきっとそのせい。帰りの車内で吹いた春風も、AirPods Proを直してでも歌詞付きの曲が聴きたかったのも、帰り道に仰いだ空に浮かぶ月がぼんやりしていて綺麗だなぁと思ったのも、珈琲を淹れる気になったのも、幾日振りにピアノを弾こうと思ったのも、全部全部。




春になるとよく聴いている曲です。