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ゆらり揺らぐ人生を

「ぼくは海賊の王になる男だ!」

どんなに激しい戦闘であっても、嵐の中でもしっかりと船の上で立っていられる抜群の平衡感覚を持っている。

次々と敵をなぎ倒し、ぼくは仲間たちとある場所を目指していた。
そこには一生遊んで暮らせるほどの財宝が眠っているらしい。

ほら、もうその財宝が眠っている島が見えてきた。
「あともう少しだ!」

シン……

「え?」

風が消えた。
船が止まった。
島が見えない。
仲間たちは…どこに行ったんだ?

ぼくは……ぼくは誰だ?



ガバッ!
「はぁ…はぁ…」

布団から飛び起きて、また現実を知る。
身体中冷や汗をかいている。

「くそ、気持ちわりぃな」

本当はすぐにでもタオルを取りに行って身体を拭きたい。
出来ればシャワーで洗い流したい。
でも、そんな簡単なことがぼくには難しい。

ぼくはまず上体を起こし、ベッド脇に置いている車椅子を引き寄せた。
両手を使って何とか自分の身体を車椅子に移動させる。
「はぁ…はぁ…ふぅー…」

ぼくにとってはこれも一苦労だ。
とりあえず車椅子に移れて一息つく。
「夢ではあんなに活躍していたのにな…」
そんなことを考えながら車椅子を漕ぎ出した。

川上裕太には生まれつき障害があった。
脳性マヒという障害だ。
この障害のおかげで歩くことは出来ず、車椅子での生活を強いられている。
手先も障害のない人ほどには器用に動かすことが出来ず、細かい作業は難しい。
大学を卒業するまでは友人の助けもあって大きな問題はなくいけた。
しかし、就職活動で躓いた。

車椅子であるぼくを雇ってくれる企業はなかなかなかった。
これまで大きな苦労もなく何とか学校生活を送ってきたぼくにとっては衝撃だった。
「こんなにも社会は厳しいのか…」

周りの友人はどんどん内定を獲得していき、焦りもあった。

途方に暮れ、ぼくは幼少期からお世話になっているソーシャルワーカーに相談することにした。
ソーシャルワーカーの三神さんは相談支援専門員として、ぼくの介助をしてくれているヘルパーの調整などをしてくれている。

「三神さん、ぼくの人生はもうグラグラなんですよ。今まで何とか安定していたのに、今までかつてないほどの壁にぶち当たってもう挫けそうなんですよ」
「裕太よ! なんて情けない! 海賊の王が聞いて呆れるわ。どんな困難があっても今まで乗り越えてきたじゃないか!」
「ふざけないでくださいよ~三神さん」
「いやいや、裕太くんから振ってきたやん?」

元々関西出身の三神さんはノリが良い。
そして長い付き合いであることも相まって、こうやってふざけ合うこともある。良い関係だと思う。

「まぁ真面目な話、一般では就職難しいかもしれへんな。資格とか特殊な技能があったら別やけど。裕太くんかて面接官やったら車椅子の人よりはそうじゃない人を取るやろ?」

確かにそうだ。
普通に考えれば間違いなくそうだった。
でも、そんな当たり前のことがぼくにはわかっていなかったんだ。

「でも障害者雇用やったら十分いけるんちゃう?」
「障害者雇用ってなんすか?」
「おいおい裕太くん、もう何年障害者やってんのよ」
「生まれてこの方ずっとですよ。で、障害者雇用って何なんですか?」
「一定規模以上の企業は一定数障害者のある人を雇用しなければいけないって法律で決まってるのよ。それを守らないとお国に罰金払わないとだから、企業からしたら障害者雇用としてなら、優秀な障害者は雇いたいわけよ。裕太くんみたいなね!」
「なるほど…でも障害者として働かなければいけないんですね…」
「そうなるな。給料だって一般雇用よりは安いことがほとんどやし、大変なこともあるやろうな。裕太くんにとっては今まで普通に大学まできてたから、尚更辛いよなぁ」

そう、きっとぼくは障害がありながらも恵まれていた。
理解のある両親や友人に囲まれて、そこまで不自由を感じることなく生きてきたものだから、自分が障害者だというレッテルを急に貼り付けられて、戸惑っていた。

「裕太くんはグラグラと揺れ動くことのない安定した人生の方がいいか?」
「当たり前じゃないですか。誰だって安定を求めるものでしょ?」
「せやなぁ。確かに安定を求める人は多いと思う。でも果たして人生は本当に揺らがないなんてことは可能だろうか?」
「んー…? どういうことですか?」
「公務員は安定しているなんて言われるけど、ほんまにそうか? これからはどんな仕事だってどうなるかわからんで。人生全般においても受験、進学、結婚、出産、子育て、死別…色んなことが起こる。果たして安定した人生なんて本当にあるんかな?」

確かに、そんなものはないのかもしれない。
だとしたら何て人生は過酷なんだろう…。

「裕太くん悲観することないで、人生は揺らいでいるからこそ楽しいんやで」
「全然そうは思えないんですけど…」
「ずーっと平坦なジェットコースターは楽しいか? 上がったり下がったり、時には捻ってみたりグルグル回ったり、だから楽しいんやん?」
「まあそうですね」
「裕太くんぼくはね、人生は船旅のようなものやと思っていてね。ゆらゆらと揺れているからこそ前に進めるんやと思うのよ。それが風が完全に止み凪の状態になってしまったら船は前に進むことはできへんのよ」
「まぁ理解は出来ます」
「うん、やから裕太くんもゆらゆらと揺れ動くことを楽しめたらいいんやで。今回は障害者雇用でないと厳しいかもしれへん。でもそれがずっと続くわけではないし、今は色んな選択肢がある。ぼくも一緒に考えるから、一緒に悩ませてくれへんかな?」

三神さんが真摯に相談にのってくれ、一緒に悩んで就職活動をしてくれた。
そして結局就職は一般雇用で在宅ワークの仕事をすることになった。
もちろん、全く会社に行かなくていいわけではないが、会社に行くのは月に1~2回程度だ。

これで良かったのかはわからない。
多分ぼくはこれからも悩むと思う。
でも、それでいいんだと今は思えている。

三神さんと話していて、実はちょっとだけやりたいことが見えかけている。
ぼくはきっと三神さんのように一緒に揺れ動いてくれる人、船旅を一緒に楽しんでくれる人、そんな人になりたいんだと思う。

こんなぼくでもきっと誰かのためになれる。
そう信じて、ぼくは今日も車椅子を漕ぎ出す。


あとがき

今回は「揺らぐ」というテーマで書いてみました。

ソーシャルワーカーは揺らぐことが大事だと言われることがしばしばあります。
一般的な視点で言うと「専門職なのに揺らいでいちゃ駄目でしょ」と思われるかもしれません。
しかし、人の生活・人生にフォーカスし、相談・支援していく専門職であるソーシャルワーカーにとっては「揺らぐ」ことは必要なことなのです。

何故なら人生はそもそも揺らいでいるものだからです。
ぼくたちソーシャルワーカーはその揺らぎを止めるのではなく、一緒に考え、悩んでいくことで共に揺らぐ必要があるのだと思います。

人は誰しも安定を求め、その結果答えを求めがちです。
我々対人援助職も答えを出してしまった方が本当は簡単なのです。
一緒に揺らぎ続けるというのは、その人の人生に向き合い続けるということ。
簡単なことではありません。


「〇〇だから、こうしなさい」

ではなくて

「そうなんだね」と共感し、「あなたは本当はどうしたい?」

と一緒に考えること


そんなソーシャルワーカーでありたいとぼくは思うのです。

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