もう一度、他のマルチメディア本を見てみましょう。
「インターネットや3Dソフトを駆使したプレゼンテーション」
「コンピューター制御の家」
「バーチャルリアリティー・ショッピング」
どれも今の生活や価値観がいつまでも続くものと考えて、「マルチメディアの技術」のみが進んだ世界を書いています。
企業や営業活動がなくなってしまえば、プレゼンテーションも残りません。
家族制度が崩壊すれば、「家」の意味は変わるのです。
「ショッピング」という概念そのものが、高度消費社会とワンセットのものでしかありません。
だから、こういった本の未来予測は何かヘンなのです。
ところが十年以上も前に、「技術の変化による価値観の変化」を語る二冊の本が出版されていました。

一冊目の本は、アルビン・トフラーの『第三の波』(一九八〇年)。
高名な未来学者アルビン・トフラーは、この著作の中で次のように言っています。
「今まで、人類の歴史を変えてきた大きな変化を波にたとえる。第一の波は農業革命、第二の波は産業革命、そして第三の波は現在起こりつつある情報革命である。農業革命の時にも、産業革命の時にも、大きな価値観の変化が起きている。打ち寄せる第三の波、情報革命の中ですべては変化する」
トフラーは「農耕や産業革命によって社会のあらゆる部分が大きく変わったように、情報革命によって社会のあらゆる部分が変化する」と予言しました。
これは実にすばらしい画期的な着眼点で、世界中の人々が「あっ」と言いました。それほど、みんなにも思いあたることだったのです(これは2章で、ちゃんと説明します)。
しかし、残念ながらトフラーが実際に提示できた未来の情報化社会とは、結構ショボイものでした。
「出勤せずに、自宅にいながらパソコソ通信で仕事」
「学校へ行かなくても、パソコソ通信で勉強」
「買い物に行かなくても、すべて通販で生活がすむ」
これでは、まるでNTTのコマーシャルです。

しかし、トフラーのこの本は、すべてのマルチメディア本のお手本になりました。
確かにパソコンネットが整えば、自宅で仕事も勉強も買い物もすることは可能になります。しかし「できる」のと「したい」のとが全然違うことは、少し考えればだれにでもすぐ分かります。

確かに「ラッシュ通勤はイヤだ」と思っている人は多いでしょう。でも、在宅作業の仕事に人気が集中したという話は、聞いたことがありません。それよりも「設備の整った環境でバリバリ働いたあとは、自宅に帰ってのんびりしたい」と考えている人がほとんどではないでしょうか。
学校も、いじめや登校拒否の問題で揺れています。とはいえ、家に子供がいて朝から晩までパソコンと向かい合っていてほしい、と考えるお母さんがそんなにたくさんいるとは信じられません。
それよりも子供が喜んで行ってくれる、安心してまかせられる学校を望むお母さんがほとんどでしょう。
買い物も、確かに雨の日にスーパーに出かけるのはおっくうです。通信販売やテレホンショッピングに人気が集中するのも道理。が、それが原因でデパートや専門店にだれも行かなくなったという話も聞きません。
特に女性たちにとってショッピングは、いまだに「お茶を飲んで友達とおしゃべり」と並ぶ大きな楽しみなのですから。

さて、こういうわけで、アルビン・トフラーの『第三の波』は「画期的な着眼点」と「イージーで現実離れした予測」を私たちに提供してくれました。
そして、日本のマルチメディア本の作者たちは「画期的な着眼点」をきちんととらえずに、むしろ「イージーで現実離れした予測」の方を膨らませてしまったのです。
「コンピューターを駆使したマルチメディア・プレゼン」
「バーチャルリアリティー・ショッピング」
エトセトラ・エトセトラ。
これだけではあまりにもリアリティーがない、と感じた彼らはそこで、その予測に「ゴア副大統領が」とか「情報ハイウエーが」とか「カレイダ社の合弁が」とかを付け加えて体裁を整えたのです。
私たちも、自信がないリポートを書くときによくやる「アレ」ですよね。

支援していただけるなんてチョー嬉しいんですけど^^笑