で、話は戻って、『フランクリード・ライブラリー』の作者は、当時最も注目されていた蒸気機関の応用という技術の進歩(それも一分野)にだけ着目してしまいました。社会システムや政治、経済、家庭、生活様式の変化といったその他の要素を一切考慮に入れませんでした。
でもよく考えたら、蒸気機関でロボットが作れる時代に、騎兵隊や幌馬車キャンプ(すでに当時の西部でも過去のものになりつつあった)が存在しているはずがないですよね。
「夢の機械化住宅」に関しては、もう少し説明が複雑になってしまいます。なぜかというと、これは、今の私たち自身の価値観が変わりつつあることを示しているからなのです。
ここに書かれている価値観は、「力強く、巨大なエンジンに象徴される科学技術は素晴らしくて、私たちを幸せにしてくれる」というものです。

しかし、私たち自身の価値観はこの数十年で大きく変わりつつあります。
中世の人々はルネサンス時代の進行につれて、無条件には「キリスト教会は、私たちを幸せにしてくれる」と考えられなくなりました。
同じように私たちも「科学技術は、私たちを幸せにしてくれる」とは感じられなくなってしまっているのです。
マルチメディア本を読むと感じる違和感。それは今現在、私たちの価値観が変わりつつある証明なのです。
で、それこそ私が、この1章で言いたいことです。
つまり??
私たちは今、「科学の死」に立ち会っているのです。

支援していただけるなんてチョー嬉しいんですけど^^笑