◆西暦二〇〇一年のオフィス

商品の絵はきのうの夜、小型のディジタルテレビカメラで撮影した。
本当は芸術家気取りのケイに頼めば、動画で角度を変えながら撮ってくれるのだが、出張先の台風接近で飛行機が遅れて間にあわなかった。だから静止画主体に編集し直した。まったく二一世紀になっても天候だけはどうしようもない。
内部構造の説明は、結局、ありあわせの紹介ビデオをパソコンのディジタル・ビデオ編集ソフトで切り貼りして作った。本当は胃カメラを応用したグラスファイバー式のディジタルビデオカメラで機械の中を飛んでいる感じに編集したかったのだが、素人がやるとどうしても先がブレてしまう。それで諦めた。
(略)
最初の話題としてあたりさわりのないのはやはり天気の話だ。相手先の課長がディジタルテレビの気象チャンネルを選んで映像を映す。このチャンネルは衛星からの地球全体の実写が映るので、評判なのだ。
大画面で見ると自分が宇宙空間にいるようで、気持ちがやわらぐ。お互いの気持ちを解きほぐすには持ってこいの画像だ。商品紹介のプレゼンテーションが始まった。
(略)
さあ重役向けの商品紹介はケイをプロデューサーにして、バッチリしたものを作るぞ。
あの課長をギャフンといわせてやる、と自らを奮い立たせるのだった。
(『マルチメディアとは何か』生産性出版、江崎伴雄・金子章弘共著)

ここに引用したのは、近ごろ書店の本棚を大いににぎわしている、いわゆる「マルチメディア本」からの抜粋です。もし、さっきの『フランクリード・ライブラリー』や「夢の機械化住宅」を知らずに読めば、それなりに感心して読めてしまいます。
大学でマルチメディアの講義をしている関係上、私は一時期、表紙に「マルチメディア」と書かれた本はすべて買っていました。聞くところによると、九四年度だけでも百八十冊以上出版されたということです。そのうちの半分近くは読んだでしょう。
なにせ、買っても買っても、次の日には新しいマルチメディア本が出ているという悪夢の日々でした。一番すごかったのは、午前中に新宿で袋いっぱい買い込んだ日のことです。ひと休みして、喫茶店で買い込んだ本に目を通したら、帰りに同じ書店のカウンターにまた、新しい本が並んでいるのを発見。思わずめまいがしましたが、努力と根性で買って読みました。
で、そういう本の中には時たま「マルチメディア環境が実現した二〇〇一年のオフィス」なんていう短編小説みたいなのが、最初か最後に入っています。
私は、そんなオマケは大好きです。なにせ私の本職はSF映像やゲームなので、お手並み拝見という気分で楽しく読みました。
ここで抜粋した「二〇〇一年のオフィス」は、特にそれらの本の中でも技術的なバックボーンもしっかりし、主人公の行動の動機づけ(モチベーション、といいます)も定義されている、良質のものです。
しかし、何かヘンなのです。
ますます激しくなるプレゼン競争の時代。主人公は通信衛星からの情報で、お天気の話もしっかり押さえる、やり手の営業マン。彼は携帯コンピューターを片手に三次元ソフトで相手先の課長をうならせる。

技術的なデータの部分は、きちんと書かれています。
しかし、わずか六年先の世界の描写は何かヘンなのです。つまり、その中で描写されている人物たちの価値観が、今の私たちと(というより、数年前のバブル時代の「ヤンエグ」たちと)全く同じです。
ここで描写されている世界は、科学技術だけが先行して、登場人物の価値観には全く変化のない不思議な世界なのです。

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