星食いリアロー 5

第5話 黄金のプリンセス

 四時間目の授業が終わると、僕は走って学校を飛び出した。

(黄金のプリンセス、東京に。黄金のプリンセス、東京に)

 僕は忘れないように心の中で何回もつぶやいた。家に帰ったらすぐにインターネットで調べるんだ。学校から帰る途中、長い坂の上の歩道には、いつも通り、おじいちゃんが待っていた。

「どうした、今日はえらく急いでるな」

 おじいちゃんは、おどろいた顔を見せたけど、説明はできない。

「いいから、早く帰ろうよ」

 僕はおじいちゃんの手を引っ張って走り出した。

「こらこら、待ちなさい、危ないから」

 おじいちゃんはそう言ったけど、僕は待たなかった。待ってなどいられなかったんだ。

 竜姫丸という船がある。風の力で動く帆船だ。帆を張った姿がとても美しいので、海のプリンセスと呼ばれている。その竜姫丸の模型もけいが作られた。模型と言ってもプラモデルじゃない。端から端まで、すべて純金で作られた、全長30センチの7千万円もする模型だ。それが東京のデパートに飾られるというニュースがあった。それも台の上にのっけて飾られるんじゃなく、大きな水槽を置いて、そこに浮かべて展示するらしい。

 インターネットで調べられたのはそこまで。でもこれだけわかれば充分。あとはヤトウクジラのみんなにまかせればいい。あのとき、ドロボウになりたいって言った僕にパパンヤはこう言ったんだ。

「われらの代わりに宝物のある場所を調べてもらうというのはどうでしょう。人間はそういう作業が得意だと聞きます。キミヒコが探し、われらが盗む。それならジュツの使えないキミヒコと仲間になっても良いのではありませんか」

 だから僕は探した。探し当てたんだ。リアローたちはよろこぶかな。おどろくかな。土曜日の午後は長い。僕はお風呂が沸くのが待ちどおしくて待ちどおしくてたまらなかった。

「30センチってどのくらいだ」

 話を聞いたリアローは、まずそう言った。

「このくらいかな」

 僕は手を広げて見せた。おじいちゃんに買ってもらった定規が30センチだから、だいたいの大きさはわかる。けどリアローはいまいち乗り気じゃないように見えた。

「小さいな」

「でも7千万円するんだよ」

「そのナナセンマンエンってすごいのかい?」

 ニキニキは首をかしげた。

「そりゃすごいよ、だって」

 だって……困った、どう説明しよう。どう言えばわかってもらえるんだろうか。僕のおこづかい何年分になるんだろう。だめだ、クジラにおこづかいなんて言っても、きっとわかってもらえない。と、僕が悩んでいると。

「つまりお金がものすごくたくさん必要だということですね」

 そう言ってくれたのは、パパンヤだった。

「お金ってなんだ」

「おいらも知らないんだぜ」

 リアローとニキニキが首をかしげる。パパンヤは胸のひれで床をなでた。すると金貨が舞い上がる。

「そうだ、これ。これだよ、お金」

 洞窟の底に敷き詰められた金貨を指さす僕に、リアローはたずねた。

「その金色の丸いのが、どうしたんだ」

「どうしてこれを盗んできたの」

「どうしてって、キラキラしててキレイだろ」

「これがお金って言うんだ。人間の世界では、すっごく大切な物なんだよ」

 自分たちの盗んできた物が大切な物と言われてうれしかったのだろう、リアローは自慢げな顔を見せた。

「へえ、そいつは知らなかった」

「でも金でできた船は、これよりももっと値打ちがあるんだ」

「なんだと」

「だからその金でできた船を手に入れようと思ったら、普通はこのお金がたくさんいるんだよ」

 リアローとニキニキは顔を見合わせた。おどろいたようだった。

「たくさんってどのくらいだ。3枚か、5枚か」

 リアローの言葉に、僕は首をふった。

「そんなの、全然足りないよ」

「それじゃ10枚、20枚」

 ニキニキの真剣な顔に、僕はまた首をふった。

「まだまだ、もっともっと」

「ひええ、そいつはすげえんだぜ」

 ニキニキは目を丸くした。でも本当は、この金貨がどのくらいの価値があって、何枚で7千万円になるのかは僕にもわからない。けれど、ここはちょっとオーバーに言ってでも、みんなを納得させなきゃいけないんだ、と僕は思っていた。

「うーん、そんなにすごいものなら、ちょっと盗んでみるか」

 リアローがそう言うと、パパンヤとニキニキがうなずいた。やった、僕の初仕事だ。

「だったらさ、明日盗もうよ。時間も決めておいて」

 僕がそう言うと、リアローはニッと笑った。

「おう、いいぞ。仕事は早いに限るからな」そしてこう言った。「で、時間って何だ」

 ぐばあっ、僕は息をはきだした。お風呂から顔を上げて、何度も息を吸い込む。息も限界だったし、大事なことにも気がついた。そうだ、クジラは時計を見ないんだ。どうしよう。パパンヤなら時間のことも知ってるかなあ。でもリアローとニキニキは知らないだろうなあ。僕はしばらく考えた。そしてあることを思いつき、またお風呂にもぐった。左の耳をつまみ、右の目をあける。

「お、もどって来たな」

 歯を見せたリアローに僕は一度うなずき、おでこから声を出した。

「じゃあ、こうしようよ。明日、太陽が一番高いところにのぼったとき。それを盗む合図にしよう」

「なるほど、それならわかりやすいですね」

 パパンヤがうなずくと、リアローはもう一度ニッと笑った。

「いいぞ、それで決まりだ」

「それで、おいらたちが盗んだら、キミヒコにはすぐわかるのかい」

「うん、大丈夫。僕にはすぐにわかるはず」

 ニキニキにそう答えると、僕もニッと笑って見せた。

 土曜日の夜は過ぎ去り、日曜日の朝がやってきた。僕は朝五時に目がさめた。いつもなら日曜日は、おばあちゃんが起こしに来るまで寝ているのだけれど、今朝はもう楽しみで楽しみで、勝手に目があいてしまった。一階におりて行くと、朝ご飯のしたくをしていたおばあちゃんが、おどろいた顔で僕を見た。

「まあまあ、君彦くん、めずらしいこと」

 おじいちゃんも、仏壇に手を合わせながら目を丸くしている。

「どうした、何かあったのか」

「ううん、なんとなく目がさめちゃって。もう一回寝た方がいいかな」

 すると、おばあちゃんがエプロンで手をふきながら笑った。

「なに言ってるの、せっかく起きたのにもったいない。すぐご飯のしたくしますからね、すわって待ってて」

 僕はテーブルについて椅子にすわった。おじいちゃんもいつもの席につき、テレビのスイッチを入れた。おじいちゃんがチャンネルをいくつか変えて行くのを、僕はぼうっと見ていた。テレビの画面はニュース番組で止まった。おじいちゃんはテレビではニュースしか見ないんだ。するとそこに、見覚えのあるものが映っていた。

「ご覧ください、この船。まぶしいですね。なんと、純金でできています」

 アナウンサーが興奮したかのように声を張り上げている。テレビに映っていたのは、竜姫丸の純金模型。きらきらと光り輝き、大きな水槽の中で水に浮かんでいる。

「この船、お値段はいかほどに……」

 アナウンサーにマイクを向けられて、デパートの制服を着た女の人が答えた。

「はい、7千万円になります」

 アナウンサーは目を丸くして驚いているけど、わざとらしいな、と僕は思った。

「こちらのデパートでは、今回特別にこの純金の竜姫丸を展示しております。期間は今日より8月10日まで。お問い合わせはご覧のメールアドレスもしくはデパートのホームページよりお願いします、ということです」

 そしてテレビはCMに切り替わった。おばあちゃんは僕の前にご飯とハムエッグとお味噌汁を置きながら、感心したように言った。

「すごい船だったわね、売るのかしら、7千万円で」

「そりゃあデパートだからな。売るんだろう」

 おじいちゃんは老眼鏡をかけて新聞を広げた。チャンスだ。僕はドキドキしていた。昨日からずっと考えていたんだ。あの純金の竜姫丸の模型のことを、おじいちゃんにどう教えようかと。まさかテレビが教えてくれるなんて思ってもみなかった。でも今なら話せる。

「あの船だけどさ」僕はお茶碗を手に持った。「今日、盗まれるよ」

 僕がそう言うと、おじいちゃんとおばあちゃんは顔を見合わせた。おばあちゃんはクスリと笑った。

「どうして。なぜ盗まれると思ったの?」

「なんとなく。予感がしたんだ。僕、そういうのがわかるんだ」

 僕はハムエッグにソースをかけた。おじいちゃんとおばあちゃんはもう一度顔を見合わせる。おばあちゃんは笑い、おじいちゃんはむずかしい顔をした。

「馬鹿なこと言ってないで、ご飯を食べなさい」

 それだけ言うと、おじいちゃんの顔は広げた新聞で見えなくなってしまった。

 時間がなかなか過ぎない。テレビでアニメやヒーロー物を見ていても、全然頭に入ってこない。僕はテレビを消して、二階にあがった。リアローたちが船を盗むのは太陽が一番高くにあがったとき。夏の太陽が一番高くなるのは、理科の時間にならった通りなら、お昼前くらいのはずだ。

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